発展した時代、昭和に生きた若者の徒歩+ヨット旅日記
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世界徒歩大旅行記3万4千キロを終え、追加編:ヨット
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日本、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの約15,000kmを歩き終わり、1983年10月10日から1985年9月27日まで約2年間シンガポールからポルトガルのヨーロッパ大陸最西端であるリスボン近くのロコ岬まで約19,000km徒歩で横断。
その後、ポルトガルからヨットに乗るストーリー
14、ヨットに乗る-648
その5
カナリア諸島でヨットを降りた。
アレンとデンマークのカップル2人に別れを告げてヨットを離れた。
その時にアレンに「ありがとう」一言、言うことが出来なかった。
これは僕がまだ、未熟だからであろう。この時に言わなかったことを今でも後悔している。
カナリア諸島の町の様子。
カナリア諸島の海岸。
この後は日本に帰るとなると何だか居ても立ってもいられず、非常に早く帰りたくなってしまった。
それで、先ずヨーロッパでの安チケットの拠点であるアテネに行くチケットを買った。
この時は世界的に、アジアではバンコクと香港、アフリカではケニアのナイロビそしてヨーロッパではアテネが安チケットを手に入れる拠点であった。
カナリア諸島ではそれほど観光をすることもなく、ただ日本に帰る準備をしただけで、飛行機を持つ間、海岸などに行っただけであった。
カナリア諸島からスペインのバルセロナを経由してアテネに行く飛行機に乗って行ったのであるが、ここで一つの事件である。
バルセロナに着いたのが遅れてしまい、飛行機の連絡がうまく行かなかった。
バルセロナで一泊することになった。もちろん航空会社の問題だったので、僕がホテルにとまる宿泊料を出すこともなかった。
ただ、この3年以上オーストラリアからニュージーランド、ヨーロッパまで泊まった中で一番良いホテルであった。
飛行機会社が準備してくれたホテルは一流のホテルであった。よく言う5つ星のホテルであった。
こんな所にこの何年間は泊まったことがなかったのであった。
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筆者は現在、韓国に在住して、以下の様な韓国ビジネスサポートをしています。韓国に関して聞きたいことがあれば、そのホームページをご覧になり、お聞きください。
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