日々史跡めぐり

日本のあちこちの史跡、神社仏閣を巡っています

常光寺(3)八尾別当顕幸の墓

2016-08-19 | 仏閣
楠正成の家臣・八尾別当顕幸が、当寺にあって大いに南朝のために尽したそうです。

その顕幸の墓は、現在も本堂横の墓地に残っています。




寺伝によると、

多田満伸の子・賢快が初め、八尾別当職に任じられ、八尾僧正に称された。顕幸はその十世の孫で、八尾城主として権勢を持ち、後に楠木正成公の八臣の一の家来となり、大いに南朝方に尽した武士であり、権僧正でもあった。
正成の湊川戦死の後、顕幸は和田・恩智両氏と共に正成の子正行を助けたが、延元三年(1338)八尾城で病死し、この地に葬られたと伝えられている。



にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへにほんブログ村

神社・仏閣 ブログランキングへ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする