Dr.keiの研究室2-Contemplation of the B.L.U.E-

■河合隼雄先生■「こころ」の学問を目指して

今日、臨床心理学の礎を築いた河合隼雄先生がお亡くなりになった。まずはご冥福をお祈りいたします。

元文化庁長官で臨床心理学者の河合隼雄(かわい・はやお)氏が19日午後2時27分、脳梗塞(こうそく)のため、入院中の奈良県天理市の病院で死去した。79歳だった。兵庫県篠山市出身。本人、遺族の希望により密葬を行い、後日、お別れの会を開く。(引用元

河合先生とは一度お会いしている。ある学会でお話することができた。今から10年前、1997年のことだった。河合先生の本は当時大好きで、そのほとんどを読み漁っていた。『子どもの宇宙』と『コンプレックス』は大学一年のときに読んだ。その後、『ユング心理学入門』、『影の現象学』、『無意識の構造』、『大人になることの難しさ』、『箱庭療法入門』などなど、読める限りにおいて読んできた。

 この宇宙の中に子どもたちがいる。これは誰でも知っている。しかし、ひとりひとりの子どものなかに宇宙があることを、誰もが知っているだろうか。それは無限の広がりをもって存在している。大人たちは、子どもの姿の小ささに惑わされて、ついその広大な宇宙の存在を忘れてしまう。大人たちは小さい子どもを早く大きくしようと焦るあまり、子どもたちのなかにある広大な宇宙を歪曲してしまったり、回復困難なほどに破壊したりする。[・・・中略・・・]

 私は心理療法という仕事を通じて、多くの子どもにも大人にも会ってきたし、そのようなことについて報告を受けたり、指導をしたりすることを長年にわたって続けてきた。そして、私は実に多くの子どもたちが、その宇宙を圧殺されるときに発する悲痛な叫びを聞いた。あるいは、大人の人たちの話は、彼らが子どものときにどれほどの破壊を蒙ったか、そしてその修復がいかに困難なものであるか、ということに満ちていた。(「子どもの宇宙」(岩波新書)より)

この箇所は僕がいつも心に置いてある考え方だ。でも、彼の言葉で一番大好きな言葉は、どの本にも載っていない。当時会った時にこっそり教えてもらったある言葉こそが、僕の人生を変えた。河合先生の本の中で一番大好きな本である『心理療法序説』という本の背表紙に、彼の字で、僕のために、その言葉を書いてくれた。それが僕の心の中の座右の銘となった。もちろん「心の中」の言葉なので、この言葉を外に出そうとは思っていない。ある意味、「人間関係の極意」ともいえる一文は、僕の生き方を変えるだけの力と説得力があった。

僕にとって、河合先生は、「心理」ではない「こころ」と徹底的に向き合い、「こころ」と対話し、「こころ」を追い続けた「こころの探求者」だった。マテリアリズムやプラグマティズムが横行する中で、ひたすら形而上的な存在を追い続けた。もちろん『臨床心理学』の存立に大きく関わった人でよく知られているが、僕としては、それよりも、「こころ」という形而上学的テーマを、物質主義的世界の中で問い続けたことの方が偉大だと思う。

僕自身、なんの研究者なんだか、時々分からなくなる。教育、福祉、心理、解釈学、ラーメン学、ヴィジュアル系論・・・ でも、僕にとって一番問題なのは、「こころ」という化け物であり、「こころ」というマンモスである。物理に対応する心理じゃない。感覚や知覚も実際どうでもいい。僕はやっぱり「こころ」を追い続けたいと思う。僕は、この「こころ(Seele)」を、「精神(Geist)」とあえて同じものと考えたい。こころという精神をどこまでも追い続けたいと思っている。

河合先生から直接的に教育を受けたことはない。けれど、彼の言葉から多くのことを学んだ。「こころ」についての考え方、捉え方を学んだ。そして、彼の「精神」を彼の言葉から盗んでいった。先生が僕を知る必要などなく、ただ僕が先生から何かを感じ、何かを得て、何かが変わればそれでいいのである。

小此木先生に続いて、河合先生も亡くなられた。一つの時代が終わった、という寂しさを感じてやまない。ますます「こころ」が乏しくなっていく時代で、今日も僕らは生き続ける。世の中は、これまで以上に「合理化」、「資本主義化」、「環境破壊」、「人間破壊」が加速していくだろう。お金持ちと貧困の間の溝はもう修正不可能なところまで来ているようにも思う。現代の哲学や心理学でも、「こころ」を打ち出すことに強い抵抗を示している。今後、僕ら世代がどういう方向に日本を向けていくのか、「こころ」か、「モノ」か。「保護」か、「破壊」か。「対話」か、「商談」か。。。

「臨床心理士」という「資格」ではなく、彼の精神(である「こころ」)をしっかりと会得したいと切に思う。

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