1964(昭和39年)
暢子は、美味しいものが、大好き。
私と同じです。
毎朝、お祈りする父と暢子たち。
父は、お願いしたいことと謝らなければならないことを祈っていると言います。
豆腐屋の砂川智。
母が病弱で、二人の弟と妹がいます。
今で言うヤングケアラーでしょうか。
豆腐屋へ豆腐を買いにいく暢子。
お人好しの母は、もらった滅多に食べられないごちそうを砂川家に持っていこうと言い出します。
それはないですよ。
我が子が一番では、ないでしょうか。けっして豊かではない暮らしの中で、他人に対して、ごちそうをあげるなんて。
『マー姉ちゃん』の母親を思い出しました。
青柳親子が、比嘉家を訪ねてきます。
東京のお菓子をもって。
東京のお菓子を美味しそうに食べる暢子。「ちむどんどんする。」
そして、青柳父と比嘉夫婦とは、戦争中の話になります。
この頃は、まだ戦争の傷跡、残っていたでしょう。
特に沖縄ですから。まだ、日本に返還されていません。
青柳父は、「子どもにそのまた子どもに、沖縄のことを語り継いでいくのが、生き残った者の役目。」といいます。
那覇出身の母は、何か大きな戦争の傷を抱えているようです。
朝ドラなので、あまり暗い話にはならないと思いますが。
※次回への期待度○○○○○○○(7点)