昨日(5月8日)夜、NHKでミッタル・スチールの買収に対抗策を講じる新日鉄の姿を報じているのを見た。この5月からいわゆる三角合併が解禁されるのでタイミングの良い番組かもしれないが、三角合併のハードル等の説明がなかったため(あるいは私がウトウトしていて見落としたのかもしれないが)、視聴者は過度の不安や期待を覚えたかもしれない。そこで「外資による買収」の意味や三角合併の税制上の問題などを考えてみた。
まずファイナンシャルタイムズの記事「日本はゆっくりながら企業買収に親近感を持ち始めている」Japan (slowly) warms to buyoutのポイントを紹介しよう。
- 2000年にリップルウッドが長銀を買収した最初のプライベート・エクイティによるディールから、プライベート・エクイティに対する日本人の印象は変わっている。つまりほとんど外国人嫌いともいうべき感情的な反応が後退し、プライベート・エクイティによる企業再生面を受け入れる様になってきた。
- しかし日本企業は未だ投資ファンドに買収されるという考えには抵抗しているので、東京に上陸した大手プライベート・エクイティが参加できるディールは欠乏している。
- にもかかわらず日本企業は徐々にではあるが、プライベート・エクイティと共同作業をすることのメリットを理解し始めた。それはプライベート・エクイティが資金とともに専門的な経営スキルを提供するからである。
その後サーベラスによる西武ホールディングへの投資等の実例が紹介されているが、知っている人は知っているし、しらない人には関心が薄いだろうから省略しよう。
それにしてもサーベラスCerberusとは凄い名前を付けたものだ。これはギリシア神話に出てくる頭が三つの黄泉(よみ)の国の番犬のことだ。
- 5月から三角合併Triangular mergerを可能にする会社法が施行されることになった。三角合併とは日本企業を買収する外資企業が日本に設立した100%子会社を被買収会社と合併させ、その株主に親会社の株式を交付するというものだ。
これは平成19年5月から会社法における「合併等対価の柔軟化」の施行により、合併に際して合併法人の株式以外の財産(現金、社債、親会社株式等)を交付することが認められたことによる。
- 理論的には新しい法律のもとでも、敵対的買収は簡単ではない。何故なら三角合併では被買収会社の合併決議が前提になるからだ。しかしもし買収を狙う海外企業がTOB(株式公開買付)を仕掛けて、多数株主となり友好的な経営陣を選び、株主総会で合併決議を得て三角合併にこぎつけるというチャンスは拡大する。しかしコスト面でこの方法が魅力的かどうかは良く見る必要がある。
ファイナンシャルタイムズが説明していないところを、補足するとTOBを成立させるには発行済株式の3分の2以上を買い付ける必要があるが、金融商品取引法の規定で残りの株式の買付義務が生じる。この部分は親会社の株式を交付ではなく現金支払の必要があるということだ。
次に税金のことだが、企業が合併や会社分割、株式交換、株式移転などの組織再編行為を行なうと課税の対象になる。合併には「税制適格」合併と「税制不適格」合併がある。A社がB社を吸収合併して消滅会社のB社の株主に存続会社のA社の株式を交付する場合、この合併が税制不適格の場合はB社株は時価評価され、含み益があれば、A社株が交付された時点で譲渡益が発生したと見なされ株主に課税される。なお税制適格の場合は課税は株主がA社株を売却するまで繰り延べられる。
三角合併もこの組織再編税制の対象である。ここで大切な税制適格要件は日本に実態のある「子会社(合併準備会社)」を新設(あるいは保有している)するという点だ。西村ときわ法律事務所の岩倉弁護士によると「三角合併を助言する専門家の立場からすると、この合併準備会社は実際に事業を展開しているのと同程度の内容を有している必要があるとアドバイスせざるを得ないと考えられる」ということだ。つまり税制適格な三角合併を行なうハードルは相当高いのである。
以上のような点から見ると、三角合併の解禁で外資企業による敵対的買収が急増すると考えるのは誤りだということが理解できる。しかしファイナンシャルタイムズが言う様に経済合理性の高い外資や日系の投資ファンド等による買収は今後も着実に増えていくだろう。企業買収に関する報道番組も増えるだろうが、モノゴトの裏表を正しく視聴者に伝えて欲しいものであると思う。