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HIROの のはらうた

2012/7/31からブログを始めました。

2/2/16 翔ぶが如く【六】📕司馬遼太郎

2025-02-16 | 本・映画・能楽・美術館など
台湾撤兵以後、全国的に慢性化している士族の反乱気分を、政府は抑えかねていた。…

明治九年、新風連ノ乱まで。

流説の巷
野党の色合いには、封建党もあれば民権党もある。また肥後の学校党のような国権党もあれば、同じく肥後の新風連のような国粋党もある。それらの背景には、封建的特権をうばわれた士族の不満が、全国の各県各郡に充満している。

明治八年九月、江華島事件
明治九年二月、朝鮮にとっての不平等条約…朝鮮が各国に対して門戸をひらくもとにはなった。

鹿児島へ
維新というのは一面において強烈な復古的性格をもっていたが、ひとつには幕末に平田国学系の志士が小さいながらも討幕の努力をなし、それが維新政府に入って神祇官を構成したということもあったであろう。かれらは、仏教をも外来宗教であるとし、鳥羽伏見ノ戦いが終わって二ヶ月後に、政府命令として廃仏毀釈を推進した。
平田国学…復古神道を唱えた思想

蜂起
新風連ノ乱は日本における思想現象のなかで、思想が暴発したという点では明治後最初のものであった。

維新は士族だけでなく「庶人」とよばれる農商階級にも多くの不満をもたらしたが、そのなかでもっとも大きい不満は徴兵令であった。

いろんな出来事や人が、横にも縦にも広がりつながっていくのが面白いです。

25/2/12 翔ぶが如く【五】📕司馬遼太郎

2025-02-12 | 本・映画・能楽・美術館など
台湾出兵の後始末をするために明治七年、大久保利通は北京へ。

北京の日々
他国の領土の島に、他国の人民を懲らしめるべく、その国の了解も得ず、いきなり軍隊を派遣しているのである。それをその国に謝りにゆくのでなく、逆に抗議にゆき、さらにこの出兵につかった金を賠償せよ、というのは虫がよすぎるであろう。海賊行為である。…

壮士
維新の成立は、外圧による。まわりが海である日本は、ちょうど砂漠の真っ只中にある都市国家に似ている。それを、敵が包囲した。敵は欧米勢力という巨大なもので、ひたひたと城壁のそとをかこんだとき、市民に防衛上の大緊張(攘夷熱)がうまれ、これによって防御の担当能力を欠いた幕府が倒された。代わって太政官政府が成立した。
要するに、この革命は、外圧を撥ねかえそうとするきわめて武断的なエネルギーによって成立したものであった。

明治八年・東京
もし、幕末にルソーの思想が入っていたとすれば、その革命像はもっと明快なものになっていたにちがいない。中江兆民という存在が、十五年前に出ていれば、明治維新という革命に、おそらく世界に共通する普遍性か付与されたに違いない…。

「人間は、原始時代には自由で平等だった」という、ルソーの巨大な前提を兆民はくりかえし話した、…
その人間固有の権利を回復する方法が『民約論』の本旨である。

勉強になりました。。

25/2/8 翔ぶが如く【四】📕司馬遼太郎

2025-02-08 | 本・映画・能楽・美術館など
朝は雪が積もっていました❄️❄️❄️
日向ぼっこしながら、読書。

佐賀ノ乱から征台論、台湾出兵まで。

私学校
…いざ革命に成功してみれば、…西郷にとっては化物のような資本主義だったということが、西郷の無知というものだったし、悲劇であったといっていい。

長崎・台湾
維新前の西郷は革命の主勢力である薩摩藩の陰の指導者であった。それが、維新後、藩というわくをのりこえて、日本を覆うほどの巨大な像になった。

征台の一件は日本史上の最大の珍事件といっていい。
兵力三千余という遠征軍を出すのに、在外公館に報せないというのはまだいいとして、国民にも公示せずに夜盗のように船を仕立ててこっそり出てゆくなど、近代国家としてありうるべきことではない。

官製の倭寇といっていい。
この種の軍隊使用のやりかたは、のちに体質的なものとして日本国家にあらわれる。…陸軍参謀本部は統帥系という奇妙なものを常時「勅令」として保有し、軍隊使用は内閣と相談せずにできるという妄断をもってたとえば満州事変をおこし、日華事変をおこし、かたわらノモンハン事変をおこしてそのつど内閣に事後承認させ、ついには太平洋戦争をおこす道をひらいて国家を滅亡させた。

征台論、台湾出兵は初めて知りました。
西郷と薩摩藩がいかに新政府から恐れられていたのか、がよくわかりました。

25/2/5 翔ぶが如く【三】📕司馬遼太郎

2025-02-05 | 本・映画・能楽・美術館など
明治六年の廟議は、征韓論をめぐって激しく火花を散らした。そして西郷は敗れた。薩摩へ帰る彼を慕い、薩摩系の士官たちは陸続として東京を去ってゆく。
内戦の不安は、いまや現実となった。

右大臣
西郷の考えが正論ならば熟するまで待つはずであり、かれがそれをせずにあくまでも息せき切るようにして事を急いでいるのは、公人としての理性ではなく、私人としての事情や感情によるとみた。

西郷はじつはこの玄関を出たとき、自分の政治的敗北を心中認め、すべてをすてて故郷に帰ることを決意していたのである。その決意の中で岩倉の踏ン張りを劇中の人のように鑑賞してほめあげたという点はいかにも西郷の香気がある。西郷はその香気でもってその追随者を魅了してきた人である。

25/2/3 五葉のまつり📕今村翔吾

2025-02-03 | 本・映画・能楽・美術館など
この本もいつ予約したのか、順番がくるのを楽しみにしていました。 

戦だけが闘いの場じゃない。命と矜持を賭けた任務への挑戦が今、始まる。
五奉行と呼ばれた石田三成、増田長盛、浅野長政、中長束正家、前田玄以の物語。


北野大茶会、刀狩り、太閤検地、大瓜畑遊び、醍醐の花見を五奉行がどのようにして成し遂げたのか、が興味深く描かれていました。
ドラマで見る奉行のお仕事とは違う苦労や知恵、行動力に驚きました。

刀狩り
刀を狩るためには、心を狩るか。…
「刀狩り」は反乱の防止という意味もあるが、きたる泰平に向けてどうしてもやらなければならなかったのだ。

醍醐の花見
「葉…か」
花を愛でる人は多いが、葉を眺めようとする人は少ない。だが誰が見ずとも葉は生い茂り、やがてひっそりと身を引き、再び花が咲き誇るのだ。人々の笑いを咲かせるため、誰に顧みられずとも働き続ける。
「奉行とはかようなものかと」

…成すべきことの為に出逢う。これもまた人というものではないか。

25/1/30 クスノキの女神📕東野圭吾

2025-01-30 | 本・映画・能楽・美術館など
予約してから半年は過ぎるでしょうか。
やっと順番がきました。
「翔ぶが如く」を読み始めているので、どうしようか、と迷いましたが、「翔ぶが如く」を一旦おいて読んでみました。

良かったです。

クスノキの女神が少年にどんな未来を見せるのか…

未来を知ることよりも大事なこと、それは、今がどうかということです。
 
「…お袋、今日、生きているだけで十分に幸せなんだよってな。本人に伝わるかどうかはわからんが」
 
千舟さん、あなたの物語です…。

大切なのは今。
涙がこぼれました。

25/1/29 翔ぶが如く【二】📕司馬遼太郎

2025-01-29 | 本・映画・能楽・美術館など
西郷=征韓論派、大久保=反征韓論派、木戸、さらには板垣、副島も反征韓論側に…

好転
かれ(西郷)はこの当時における征韓論の代表的人物とされていながら、かれ自身、征韓とか征韓論とかいう時代の流行語を一度もつかったことがなかった。「遣韓」と、かれはいった。

「朝鮮の頑迷を洞開せねばならぬ」というのが西郷の遣韓大使としてゆこうとする理由であった。朝鮮がロシア領になってしまえば地理的に近い日本は軽くてもその准属邦の位置に堕ちこむおそれがある…

日本に貴族をつくって維新を逆行せしめ、天皇を皇帝のごとく荘厳し、軍隊を天皇の私兵であるがごとき存在にし、明治憲法を事実上破壊するにいたるのは、山県であった。

廟堂
西郷のもくろみはまず渡韓して自分が死ぬ、…

秋の霜
西郷の征韓論の巨視的展望には、朝鮮そのものに最終目標はなかった。それはロシアにあった。ロシアの南下策のすさまじさを見ていて、早晩、これが日本の独立をおびやかすことを西郷は予見していた。

西郷が新政府内で征韓論をめぐり、対立し孤立していく様子が描かれていました。

25/1/24 翔ぶが如く【一】📕司馬遼太郎

2025-01-24 | 本・映画・能楽・美術館など
歴史の勉強のつもりで「翔ぶが如く」を読んでみることにしました。

征韓論から、西南戦争の結末まで新生日本を根底からゆさぶった、激動の時代を描く長篇小説全十冊。


明治初年の一年間は、古今、この国が経てきたいかなる時間よりも変化が激しく、洪水と大火と地震が一時に襲ってきたような観さえある。

桐野は、征韓論がいかに正義論であるかを語り、さらには天下の不平武士たちが、汚辱にまみれたいまの東京政府をいかに激しく呪っているかを説き、政府に対してもはや蜂起寸前の情勢にある、といった。それを征韓によって一挙に解決しようというのが桐野の意見である。…

そういう民族的情熱の維新後最初の戦慄が、征韓論であった。

…スイスは日本の九州ほどの一小国であるが、大国の間にあって確固たる独立をとなえている…「なぜといえば、ただ国人(スイス人)の勉強にあり…」ここでいう勉強とは、国防と外交についての国を挙げての懸命さという意味である…
こういう大山が、対アジア戦を展開しようという征韓論に加担しなかったのは当然だったかもしれない。

西郷隆盛、島津斉彬、、登場人物がとても興味深く描かれています。

25/1/21 鴎外・ドイツみやげ三部作📕森鴎外

2025-01-21 | 本・映画・能楽・美術館など
現代語訳:萩原雄一

最初に「舞姫」を原文で読んでもういいかな、と思っていたのですが、現代語訳で「うたかたの記」と「文づかい」を読んでみました。
読んで良かったです。
うたかたの記
うたかたの恋を、美しい文章で悲しい結末を幻想的に描いたお話でした。

文づかい
三部作の最後の作品は、貴族社会の女性が自分の生き方を貫くお話。

三部作を読んでみて、鴎外が何をテーマに書いたのか、少しわかった気がしました。

25/1/20 最後の一句・山椒大夫・高瀬舟ほか📕森鴎外

2025-01-20 | 本・映画・能楽・美術館など
森鴎外の歴史小説。
良かったです。

…平安や江戸の昔を描く中で、時代を超えて変わらぬ人間のありようを浮かび上がらせてくれます。一方でまた、過去の時代の価値観の中に生きる人々の姿を描くことで、人間の生き方には、現代人が通常思い描くのとは異なる形がありうるのだ、ということも示してくれます。
解説
最後の一句…いちの献身」の思いを

山椒大夫…安寿の「決意」と「知恵」を。

高瀬舟…安楽死は殺人か、罪なのかという疑問。…遠島刑が、極貧の生活しか知らず居場所もなかった喜助には、むしろ喜びであるという逆転。
実家に帰ったときにタクシーの運転手さんが、町の中にある小さな刑務所の前を走りながら「この刑務所に入りたくて罪を犯す人が多くて困っているみたいですよ…」と言われていたのを思い出しました。
江戸時代後半のお話ですが、今も同じです。

25/1/19 ひゃっか!📕今村翔吾

2025-01-19 | 本・映画・能楽・美術館など
歴史小説だと思って借りたら、青春小説でした。

「全国高校生花いけバトル」。即興で花をいける、5分の勝負。二人一組でエントリー。花をいける所作も審査対象。

以前、この大会をテレビで見たことがあったのを思い出しながら読みました。
高校生たちの純粋な思いが、テンポ良く描かれていました。
エピローグも爽やか。

青春小説も書かれるのだ、と驚きました💐

25/1/16 舞姫・阿部一族他📕森鴎外

2025-01-16 | 本・映画・能楽・美術館など
「舞姫」を読んでみたくて借りました。

題名の「舞姫」から想像して美しい話かと思っていたのですが…
高校の教科書で取り上げられることがあるようですが、何を伝えどう教えるのか、と思いました。

「阿部一族」は歴史小説、悲劇的な最後を迎えました。
殉死、今では考えられない…

25/1/10 坂の上の雲【六】完📕司馬遼太郎

2025-01-10 | 本・映画・能楽・美術館など
黒溝台の戦闘、バルチック艦隊の極東遠征からロシア降伏後まで。

退却
新聞が連戦連勝をたたえ、国民が奉天の大勝に酔い、国力がすでに尽きようとしていることも知らず、…政治家までがそういう大衆の気分に賛同している…

日本は、道具にすぎない。
ルーズベルトはその世界政策からいって日本が大きく勝ちすぎることを望んではいなかった。…

艦影
「自分のみが天才だと信じ、他の者はすべて愚人だと考えている自己肥大的性格」

死闘
真之はこの光景をみたとき、…
(どうせ、やめる。坊主になる)
…かれは戦後、実際に僧になるつもりで行動を開始した。

雨の坂
好古は…故郷の松山にもどり、無名の中学の校長をつとめた。

あとがき
この作品は、執筆時間が四年と三ヶ月かかった。…
小説とは要するに人間と人生につき、印刷するに足りるだけの何事かを書くというだけのもので、それ以外の文学理論は私にはない。

日露戦争は終わったのに、文庫本の【七】と【八】はどんな展開になるのだろう、と思いながら目次をみたら、単行本の【六】とほぼ同じ内容で、読了だと気づきました。
【八】は、巻末にあとがき集が収まっています。
読了できるとは思ってなかったのですが、思いがけず読了、司馬遼太郎氏の小説の素晴らしさのおかげだと思いました。

ロシアとウクライナの戦争が一日も早く終わることを願います。

25/1/7 坂の上の雲【五】📕司馬遼太郎

2025-01-07 | 本・映画・能楽・美術館など
黄色い煙突
「ロシアはなぜ負けるのか」
ということが、世界中の関心のまとになっていることも、艦隊のひとびとは新聞によって知った。そのことについて論評する新聞は、多くは、
「この災害(ロシアにとっての)は、その専制政治と専制政治につきものの属領政治にある」
ということを結論にした。これは世界的常識になった。
ロシアは憲法をもたず、国会をもたず、その専制皇帝は中世そのままの帝権をもち、国内にいかなる合法的批判機関ももたなかった。
「専制国家はほろびる」
大諜報
戦後も、日本の新聞は、
ロシアはなぜ負けたか。
という冷静な分析を一行たりとものせなかった。…
…「ロシア帝国は日本に負けたというよりみずからの悪体制にみずから負けた」…
…そういう冷静な分析がおこなわれて国民に知らしめるとすれば、…神秘主義的国家観からきた日本軍隊の絶対的優越性といった迷信が発生せずに済んだか、発生しても神秘主義に対して国民は多少なりとも免疫性をもちえたかもしれない。…

鎮海湾
この時期、ロシアに、革命前夜を思わせる重大な社会不安がおこっていた…
…ロシア皇帝の立場になって考えるに、…
革命さわぎによって戦争どころではなくなっており、帝政の寿命をのばそうとおもえばここで戦争を打ち切るほうがよく、そういう意見はすでに外国においても出ていた。…

あとがき
…子規はごくふつうの人であった。明治期には子規のような一種人生の達人といった感じの風韻のもちぬしは、どの町内にも村にも、あふれて存在していたようにおもわれる。…日露戦争期の明治というのはそういうものの上に成立している。

…真之にすればそのこと(授業料のいらない海軍兵学校に転ずること)が子規への裏切りになると大まじめにおもい、「生涯会えないかもしれない」とわび状を書いて出てゆく…
私はこの心情風景をいつか書きたいとおもっていた。それが、自分の中でいろいろなかたちにひろがって、おもわぬ書きものになった。…