これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

リングは自宅

2008年08月12日 20時40分23秒 | エッセイ
 この4月から、夫が定年退職し家にいるせいで、ものが壊れて困る。
「家のことはできる限りやるから、ゆっくり仕事してきていいよ」
 夫の言葉に甘えたものの、今までろくに家にいなかった彼には、力加減がわからないようだ。しかも元体育教師だけあって、一般の男性より力が強いときているから、余計にたちが悪い。
 帰宅した私が見たものは、ダラリとだらしなく垂れ下がったカーテンだった。
「部屋を掃除しようと思ってカーテンを開けたら、フックが取れちゃったよ」
 そりゃそうだろう。彼がときおり、ガシャガシャガシャーンと激しい音を立ててカーテンを開ける現場を見たことがある。「そんなに力を入れたら壊れるよ」とたしなめても、一向に改善されることはなかった。夫にとっては、十分力加減をしたつもりだったのかもしれないが。
 哀れなカーテンを見ると、プラスチックのフックが根元からポキリと折れていた。

 米をとぎ味噌汁を作る程度ならば、夫も食事の準備を手伝ってくれる。
「今日は茄子の味噌汁にしたよ」
 夫は得意気に言うと、まな板を拭いたふきんを絞った。「フン」という気合いが聞こえたと思ったら、ビリビリビリッという不吉な音がとどろいた。
 私も娘のミキも、びっくりして夫を振り返った。
「あ~あ、破けちゃったよ」
 彼はふきんを広げて、裂けてしまった無残な姿を確認していた。

 洗濯物もたたんでくれるのだが、やはり配慮が足りない。
 ミキの体操着を巾着袋に入れたときだ。袋の口を閉めようと、彼は両脇の紐を引っ張った。ブチッと鈍い音がした途端、ミキが怒り出した。
「ひどい! 体操袋の紐が切れちゃったよぅ!」
 掃除機をかけてくれるのはよいが、きれい好きの彼は最大出力で吸い込ませないと不満らしい。強引に手動でパワーMAXにし、さんざん酷使した結果、うんともすんとも言わなくなってしまった。
 一事が万事、こんな様子だ。
 1993年に引退した元プロレス選手、『ザ・デストロイヤー』をご存じだろうか。
 ジャイアント馬場やアブドーラ・ザ・ブッチャーとも戦った、かの有名な覆面レスラーである。物心ついた頃には彼はすでに大スターで、ほとんどテレビを見ない私でも知っていた。
『デストロイヤー』とは英語で『破壊する人』を意味する。
 夫はまさに、我が家のデストロイヤーだ。わざとでなくても、自宅をリングに活躍している。まさか、掃除機に4の字固めをかけてはいないだろうが、ヘッドバッドくらいは炸裂したかもしれない。フライング・ボディーシザース・ドロップやモンキーフリップまで繰り出された日には、我が家は瓦礫の山と化す。
 ふと、小学生のときの出来事を思い出し、彼の怪力を逆手に取ったイタズラをしたくなった。

 私が小学生のとき、瞬間接着剤『アロンアルファ』のコマーシャルが話題になったことがある。その威力を試そうと、私は真っ二つに折れた定規を貼り付けてみた。
 すごい、本当にピッタリくっついて、元通りになっちゃった!
 感動して、その定規を学校に持っていった。何日かして、隣の席の男子がその定規を貸してほしいと言った。もちろん貸してあげたが、彼は使っているときにうっかり定規を落としてしまった。床に叩きつけられた衝撃で、定規はまた分解した。
「あっ、ゴメン! 折れちゃったよ!」
 彼は、私の定規を壊したと思い込んで平謝りだった。まさか、アロンアルファでくっつけていたとは打ち明けられず、私は「気にしなくていいよ」と答えるにとどめた。
 翌日、彼から小さな紙袋をもらった。中に入っていたのは新しい定規だった……。

 食器棚の取り出しやすい場所に、ウェッジウッドの皿を入れておくのだ。残念ながら、この皿にはヒビが入ってしまったので最近使っていない。彼は何の疑いもなくそれを使い、すぐに割ってしまうだろう。しまったと焦って、新しい皿を買ってくれるかもしれない。
 そんなストーリーを考えて、ニヤニヤしながら棚を探した。が、いくら探しても皿は見つからない。
 おかしいな……。たしか、このあたりにしまったはずなんだけれど。
 すると、ウェッジウッドだけでなく、全体的に食器の数が減っていることに気づいた。たとえば、5枚セットの皿が4枚に、5個あったはずのコーヒーカップが3個になっているのだ。
 何が起きたのか容易に推測でき、ただでさえ低い血圧が一気に最低レベルまで下がった。
 ここにないものは、ぜ~んぶ割られちゃった、ってことかぁ……。
 せっかくイタズラを思いついたのに、先に割られていてはどうしようもない。よくもまあ、次から次へと破壊するものだと私は呆れた。

 ザ・デストロイヤーが使用していた覆面は、夫人のお手製だったという。
 今年のクリスマスは、彼に目出し帽でも贈ってみるか。



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2 コメント

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よく… (サオリ)
2008-08-13 19:01:30
我慢できますね
私だったら『触らないで』とか言ってしまいそうです
まぁ自分も全然完璧でないので人のコト言えませんが
そうは言っても (砂希)
2008-08-13 19:54:31
彼に何も触らせないわけにはいかず、触ったものがすべて壊れるわけでもないので、やられてから「しまった」となるんですよね
予知能力があれば、「壊すことになるから触れるな」と言えるんだけど。
知人の男性は、グラスを磨いているうちに割ってしまったとか……
我が夫だけでなく、男性にはそういう人が多いと覚悟しておいたほうがいいみたい。

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