5月10日(火)
テロップが流れる度に、熊本の地震の何時迄も止まない酷さを考える。
家を壊された人々は、どう復興させるか、宛てのない悩みを抱えておられるのだろうと思う。
先日、車で都心へ向かった。
すっかり、街はおそろしく背の高いビルが立て込んでいて、かつての街の様相ではなくなっている。
道路も建物も、以前、私が知っていた(熟知していた?)姿とはすっかり変わってしまったのだ。
その事は良いが、熊本の地震の激しさを考えると、あのような地震が東京で起こったらどうなるだろうかと、急に恐ろしくなった。
地震がきたら、まず、自分の家で様子を見ようと思っていたが、さて、どうなる事かわからなくなっている。
まず、足腰がまともでない体で、区が指定する場所へ避難するのは不可能に近い。
都が配布した災害時のハンドブックがある。
一応、目を通しているが、なかなか良く出来ている。
しかし、実際にその地で生活をしている者の判断や行動に必ずしも即したものではないと見た。
『他人に頼らず自分の判断を冷静に巡らす』事が大切だと思う。
車の中から見た街中は、ニョキニョキと寄り添うようにして立つ様々なビル群が続き、あのビルの中でどれほどの建物が頑丈に残る事が出来るかな?と、ふと、恐ろしくなった。
幸いと、まだ、我が家の近所にはそのような馬鹿でかい?建物はない。
しかし、倒壊はするだろうな?
ところで、我が家の向かい側にあるマンションは一軒一軒がコンクリートの箱で積まれたようなものである。
この構造法は、多分、古くても大丈夫だろうな?と思った。
しかし、災害ばかりは安心出来ない。
備えあれば憂い無しである。
~~~~~~~~~~~~
我が家の庭は、車がなくなって、すっかり広くなった。
コンクリートの駐車スペースは日当たりが良く、鳥や蝶たちの楽園である。
もったいないから、野菜でも育てようと思った。
だが、そう思うだけで、未だに実行されていない。
理由は園芸用の必需品を買いに行く機会がない事である。
もっと大きい訳は、足腰の所為である。
先日、書いた『ダイシンデパート』が頼みの綱だった。
しかし、残念ながらこのデパートは閉店してしまった。詳しい事は昨日だったかのテレビで話題になっていた。
園芸に必要な物を家まで運んでもらおうと考えていたのだ。
ああ、残念!
少しぐらい観賞用だけで無しに食用にも使えたのに……である。
しかし、一つだけ、良い事があった。
大型のスーパーへ出かけた時に、山椒の鉢植えを見つけた。
以前は、我が家にも山椒の木があったが、枯れてしまった。また、弟の家の庭にあった大きい山椒の木は嫌われて、切られてしまったのだ。
折角の筍も山椒がないと何となく寂しい。
山椒の葉はどこのスーパーにも売っていなかったので、今度、富士山へ行ったらなんとか見つけようと思っていた。
ところが、なんと、筍のそばに山椒の鉢植えが並んでいるのを見つけたのだ。
ステッキをつきながら鉢植えを持ち歩くのは、少しばかり考えものだったが、山椒の木を見つけた嬉しさの方が勝っていた。
500mほどの道のりを、鉢植えを下げ、ステッキをつきながら帰宅。
お陰で、疲れなかった。
好きな物事には文句が出てこない!現金なものである。
今、玄関のそばに置いてある山椒は水をしっかり吸って、若々しい葉が盛んに出ている。
そうだ!もう一度、筍を食べようっと!!
テロップが流れる度に、熊本の地震の何時迄も止まない酷さを考える。
家を壊された人々は、どう復興させるか、宛てのない悩みを抱えておられるのだろうと思う。
先日、車で都心へ向かった。
すっかり、街はおそろしく背の高いビルが立て込んでいて、かつての街の様相ではなくなっている。
道路も建物も、以前、私が知っていた(熟知していた?)姿とはすっかり変わってしまったのだ。
その事は良いが、熊本の地震の激しさを考えると、あのような地震が東京で起こったらどうなるだろうかと、急に恐ろしくなった。
地震がきたら、まず、自分の家で様子を見ようと思っていたが、さて、どうなる事かわからなくなっている。
まず、足腰がまともでない体で、区が指定する場所へ避難するのは不可能に近い。
都が配布した災害時のハンドブックがある。
一応、目を通しているが、なかなか良く出来ている。
しかし、実際にその地で生活をしている者の判断や行動に必ずしも即したものではないと見た。
『他人に頼らず自分の判断を冷静に巡らす』事が大切だと思う。
車の中から見た街中は、ニョキニョキと寄り添うようにして立つ様々なビル群が続き、あのビルの中でどれほどの建物が頑丈に残る事が出来るかな?と、ふと、恐ろしくなった。
幸いと、まだ、我が家の近所にはそのような馬鹿でかい?建物はない。
しかし、倒壊はするだろうな?
ところで、我が家の向かい側にあるマンションは一軒一軒がコンクリートの箱で積まれたようなものである。
この構造法は、多分、古くても大丈夫だろうな?と思った。
しかし、災害ばかりは安心出来ない。
備えあれば憂い無しである。
~~~~~~~~~~~~
我が家の庭は、車がなくなって、すっかり広くなった。
コンクリートの駐車スペースは日当たりが良く、鳥や蝶たちの楽園である。
もったいないから、野菜でも育てようと思った。
だが、そう思うだけで、未だに実行されていない。
理由は園芸用の必需品を買いに行く機会がない事である。
もっと大きい訳は、足腰の所為である。
先日、書いた『ダイシンデパート』が頼みの綱だった。
しかし、残念ながらこのデパートは閉店してしまった。詳しい事は昨日だったかのテレビで話題になっていた。
園芸に必要な物を家まで運んでもらおうと考えていたのだ。
ああ、残念!
少しぐらい観賞用だけで無しに食用にも使えたのに……である。
しかし、一つだけ、良い事があった。
大型のスーパーへ出かけた時に、山椒の鉢植えを見つけた。
以前は、我が家にも山椒の木があったが、枯れてしまった。また、弟の家の庭にあった大きい山椒の木は嫌われて、切られてしまったのだ。
折角の筍も山椒がないと何となく寂しい。
山椒の葉はどこのスーパーにも売っていなかったので、今度、富士山へ行ったらなんとか見つけようと思っていた。
ところが、なんと、筍のそばに山椒の鉢植えが並んでいるのを見つけたのだ。
ステッキをつきながら鉢植えを持ち歩くのは、少しばかり考えものだったが、山椒の木を見つけた嬉しさの方が勝っていた。
500mほどの道のりを、鉢植えを下げ、ステッキをつきながら帰宅。
お陰で、疲れなかった。
好きな物事には文句が出てこない!現金なものである。
今、玄関のそばに置いてある山椒は水をしっかり吸って、若々しい葉が盛んに出ている。
そうだ!もう一度、筍を食べようっと!!