錆鉄人と天女の感動人生

幸福度日本一の福井で一番幸せな夫婦の登山や温泉旅行、ガーデニング・Doit等の楽しい日々の記録です。

われ泣きぬれて 結末

2015-08-13 14:03:07 | 登山
素足に登山靴をはいて山に登ろうとは
それも往復40000歩近い涸沢岳に登ろうとは・・・
まともな人は考えないはずですが、
錆鉄人はやってしまったのです。

まずはいつものように大またでドカドカ歩かずに
歩幅を出来るだけせばめてストレスのない歩き方に努めました。

という事で、バスターミナルまで靴摺れの兆候はありませんでした。
その後の林道歩きはすり足気味に歩き、靴と足の相対的な位置変動を防ぎました。
少しでも歩数を少なくする為に当然近道を選択し、穂高平避難小屋に着いた時も靴摺れの兆候はなし。
その後も林道はすり足気味に歩き、1時間10分位で白出沢小屋跡に到着。
このあたりで、ターミネーターの皮膚は超耐摩耗性スキンである事を確信しましたが、
その後も慎重に歩き、靴摺れになる事もなく穂高岳山荘に到着。

涸沢岳に登ってから白出沢を下っている時もほとんど問題はなかったのですが、
徐々に足指の付け根やカカトに痛みが発生してきました。
特に林道歩きになってからはかなりの痛みになりました。
錆鉄人は痛みは無視すれば良いと思っているのですが
思う通りにはいかないもので、林道を痛みを堪えながらヨタヨタ歩いて下りました。

という事で、
マメが潰れてカワがむけて・・・という恐ろしい想像に反して
マメが出来る寸前で車に戻る事が出来ました。
歩数は39000歩、片足ならその半分ですが、
1歩ごとに靴の中で足が往復するのでやはり39000回摺れた訳ですが
超高性能スキンのおかげで無事に戻る事が出来ました。

しかし、穂高岳山荘に到着してからマメが潰れカワがむけていたら・・・
それでも帰ってくるしかないのですから
帰ってきたと思います。(泣きながら・・・)

これも天女の加護のおかげに違いありません。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

槍穂縦走計画

2015-08-13 08:33:49 | 登山
愛妻家の錆鉄人は、数年前から天女と一緒に槍穂の縦走をしたいなぁと思っていました。

錆鉄人単独では34年前のお盆休みに槍ヶ岳山荘、岳沢避難小屋に素泊まりし
翌日上高地から新穂高に抜けて帰宅しているんですが、
当時よりはルートも整備されてリスクも少なくなっているのだろうなぁ
と考えながら縦走記を見ていました。

当初の計画では
早朝に出発し北穂高小屋まで行って豪勢に2食付で宿泊し
2日目は吊尾根経由で上高地に下り、バスで新穂高に戻り、帰宅する
という錆鉄人らしいコストパフォーマンスとタイムパフォーマンス抜群の計画でした。

が、そのうちに
天女の体力が低下し、錆鉄人の体力も低下してきたので
南岳避難小屋と穂高岳山荘に豪勢に2泊する案を考えていたのですが・・・

今年になって
天女の指の変調が悪化し、握力が低下してきているので
愛妻家の錆鉄人は岩場の上り下りは危ないかも・・・と思うようになっていました。

という事で、先日も無理のない涸沢岳日帰りにしたのですが、
実は涸沢岳に登ったのは、大キレットよりも危険かも?
と言われる北穂~涸沢岳のコースを天女に見せて反応を見ようと思っていたのでした。


靴下をはいていないのが分かりますね・・・

という事で、北穂のほうを眺めると・・・



エー?
34年前って、こんなにアップダウンが激しかったっけ?
と感じるほど、しかも見えちないけれど飛騨泣きの急所まであって・・・
天のには無理っぽいなぁ・・・
行くと言ったら天女は来てくれるだろうけれど・・・



槍はあんなに遠かったけ?


という事で、
愛妻家の錆鉄人は
もう天女に無理をさせるのは止めようと決心し、槍穂の縦走は封印しました。


白出沢を登っていて休憩した時
天女がぽつりと言いました。
「私、おとうさんが登ると言わなければ山には登らないわ・・・」
「僕はおかあさんが登らないなら山には登らないよ!」
「本当?」
天女はうれしそうな顔で言いました。

という事で、
もう一度一人で槍穂の縦走をしようとは思いません。
でも、天女の若さを保つため、山には登り続けたいと思っています。
(錆鉄人が登ると言えば登ってくれるのですから)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする