2020年8月1日 <母>
7月19日に須玉に向かう途中、寄り道して
信玄堤に行きました。
大雨の後で、川の水はまだ濁っていました。
甲府盆地でたびたび氾濫をしていた釜無川を
武田信玄が20年以上に渡り堤防工事をして
洪水を緩和したと言われています。
その時考案されたのがこの聖牛と言われる物です。
正面には、左、櫛形山から、鳳凰三山、右甲斐駒ヶ岳まで
2000mを超える山々が見えるのですが、この日は雲の中でした。
ここはちょっとした桜の名所でもあります。
春には、ライトアップされた夜桜の下、地元の方が(多分)
静かに桜を楽しんでおられました。
梅雨の合間の晴れ間、土手を歩く人も無く、のどかな公園でした。
たった今、東海、関東も梅雨明けしたとラジオが報じていました。
7月19日に須玉に向かう途中、寄り道して
信玄堤に行きました。
大雨の後で、川の水はまだ濁っていました。
甲府盆地でたびたび氾濫をしていた釜無川を
武田信玄が20年以上に渡り堤防工事をして
洪水を緩和したと言われています。
その時考案されたのがこの聖牛と言われる物です。
正面には、左、櫛形山から、鳳凰三山、右甲斐駒ヶ岳まで
2000mを超える山々が見えるのですが、この日は雲の中でした。
ここはちょっとした桜の名所でもあります。
春には、ライトアップされた夜桜の下、地元の方が(多分)
静かに桜を楽しんでおられました。
梅雨の合間の晴れ間、土手を歩く人も無く、のどかな公園でした。
たった今、東海、関東も梅雨明けしたとラジオが報じていました。