いとゆうの読書日記

本の感想を中心に、日々の雑感、その他をつづります。

「母への詫び状」 藤原咲子著 を読んで

2007年06月07日 | その他
 この世に生まれてきて母への感謝の気持ちのない人はほとんどいないと思います。でも人は人生の荒波に揉まれながら容赦なく襲いかかる外海の嵐の中で母への思いも大きく揺れ動くこともあるでしょう。嵐の去った後、静けさが訪れて静かに自分を見つめる時、この世に生を受けた感謝の気持ちと真っ先に結びつくのは(もちろん父の存在も重要ですが)母と答える人は多いかと思います。

 今回読んだ「母への詫び状」は、作家 新田次郎、藤原てい 氏の長女、そしてこのブログの以前の記事で紹介した「国家の品格」の著者藤原正彦氏の妹藤原咲子氏の著書です。

 何故この本を読んだかというと著者の名前と題名から受けた印象の強さからです。私の記憶の中には咲子さんのお母様の著書で敗戦下の満州から苦難の引揚げの様子を書かれた戦後の大ベストセラー「流れる星は生きている」を読んだ時の感動が今でも深く残っていたのが理由です。

 「流れる星は生きている」は今も全国各地の大きな本屋の文庫本のコーナーの片隅で目にすることが多いように思います。私がこれを初めて読んだのは、子育ての真っ最中で苦悩していた20年近く前のことです。当時私は8年半の海外生活に終止符を打って日本での生活を始めて間もない頃でした。日本の小学校に馴染めずストレスのためか慢性疾患に苦しむわが子と共に不安の日々を送っていました。

 満州で夫と引き裂かれた妻は三人の幼子(当時5歳、2歳、1ヶ月)を連れてまさに想像を絶する逃避行の末日本に生還します。その様子が、「流れる星は生きている」には克明に書かれていました。 本を読んでこれ以上涙が出た本は他にあるかしらと思えるほど、涙が止まらなかったのをよく覚えています。と同時に母として逞しく生きてきた姿にどれぼど感動し勇気づけられたことでしょう。

 その本の中に登場する「奇跡の赤ん坊」の咲子さんの半世紀を経た今の気持ちをちょっとのぞいてみたい衝動に駆られたというのも咲子さんの著書を読み始めた動機のひとつです。その反面藤原家の一面を覗くようで少し怖い気もしました。
 「流れる星は生きている」の中の「背中の咲子を犠牲にして二人の兄を生かす」「咲子はまだ生きている」という母の記述を読んだ12歳の咲子さんの心の葛藤があまりに大きかったと知ってしばらくの間私の気持ちは複雑でした。
 最後まで読み進むと心の軌跡を辿りながら今静かに老いたお母様と向き合う咲子さんの姿が目に浮かびます。
 
 私の母は今はもういません。20年前、癌と放射線治療の副作用の苦しみと戦いながらこの世を去っていきました。20年後の今の医学なら母の癌は救えたかもしれない・・・。母は娘の私に繰り返し繰り返し戦争の話を聞かせました。今思うと戦争を風化させてはいけないという母の必死の想いがあったのかもしれません。今はわずかな思い出をつなぎとめるために時折父に質問してもその頃はまだ母と出会ってもいなかった父の答えは頼りないものばかりです。

 たまに友人とのつかの間の贅沢なおしゃべりの時間を楽しむために銀座や表参道などのちょっとおしゃれな喫茶店に入った時など、中年の女性がひと目でお母様とわかる八十代九十代と思われる女性をいたわりながら昼下がりのひとときを静かに過ごされている光景を見かけます。そんな時、友人には申し訳ないのですがどうしても一瞬そんな母娘の姿に心を奪われてしまいます。


 
 


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2 コメント

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好きな本 (今日の薬売り)
2007-08-12 22:45:31
「流れる星は生きている」大好きな本です。文章に力があってその引き起こすイメージは今でも時々脳裏をよぎります。大豆をかんで赤ん坊にたべさせたーその咲子さんのことを随筆で夫の大事な恋人と書いておられたのでほほえましく思っていました。朝日の書評に出たとき読んでみたいと思っていたのですがー早速読みたくなりました。言葉や家族につぃて母と娘につぃてまた子を持つ母としていささかなりとも考えるヒントがありそうですね。
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今日の薬売りさんへ (いとゆう)
2007-08-21 21:58:44
 コメントありがとうございます。お盆の時期の一週間は京都で過ごし、東京へ戻ってきました。今回はほとんどPCを見ずに過ごしましたので、なんだか昔へ戻ったような気分でした。大文字の送り火と共に暑さも送り出したいところでしたがそうはいかなかったようで連日の暑さに閉口しています。
 
 この本は家族を考える意味では興味深い本だと思います。次は咲子さんがお父さんの新田次郎氏について書かれた本を読んでみたいと思っています。
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