いとゆうの読書日記

本の感想を中心に、日々の雑感、その他をつづります。

舟を編む  三浦しをん 著

2015年05月08日 | 小説
目の回るような忙しさだったGWも終わって、ほっと一息、気がつくといつの間にか爽やかな新緑の季節です。今年の春先は寒暖の差が激しく、桜の季節に風邪をひいて寝込んでしまった所為か、春を堪能することなく、冬から急に夏になってしまったような気分です。
先月、京都で友人との待ち合わせ時刻より早く到着したので目の前の書店にふらっと入ってみました。最近、小説などは、ネットで購入するかダウンロードするばかりなので、久しぶりに入った書店は何だか新鮮でもあり、カラフルな分類表示やベストセラーコーナーの案内板に誘われるように歩いて行くとベストセラー1位と本屋大賞の文字が目にとまりました。「舟を編む」?あまり聞き慣れない日本語のような気がしましたが、辞書という言葉が説明文の中にあったので何となく興味が湧いてきて思わず衝動買いをしたのがこの本です。辞書とは言葉を探す舟ということなのですね。

ところで、辞書と言えば私が学生のころはまだインターネットや電子辞書などありませんでしたから、本棚に何種類か並べていました。高校時代、授業のある日は、古語辞典や英和辞典は重くてもいつもカバンに入れて持ち歩いていました。10年ほど前、甥が高校生になった時は、国語や英語、広辞苑など辞書が何種類も入った電子辞書を入学祝にプレゼントした記憶があります。私自身も10年以上前から紙の辞書はほとんど使わず、電子辞書かネットで検索するばかりです。1970年代に購入した百科事典はついに邪魔になって、2,3年前に捨てました。分厚い広辞苑や90年代の現代用語の基礎知識なども本棚の端の方で廃棄処分になるのを待っているような状態です。未だにかろうじて紙の本を使うのは書道で仮名を書くときに時々見ている古語辞典くらいでしょうか。何故かこれだけは30年以上前に購入したものをずっと使い続けています。古語は現代国語のように変化しませんから、使い慣れた紙の本が落ち着くからなのと、ここ数年、電子辞書を買い替えていないので電子版の古語辞典は初期のものは使いにくいからです。

さて、話は横道に反れましたが、何となく、辞書という響きには人生を丸ごと振り返りたくなるような思い入れもあり、「いったいどんな人が作っているのだろう」と以前から時々、漠然と考えていました。「きっとまじめで几帳面な人なのかなあ」小説やエッセイとは違いますから、大変な時間と労力が必要だということは想像できたのですが・・・。時代ごとに言葉が少しずつ変化していっているように、編集者の生活スタイルも当然変化しているものと思いながら、なんとなく初めて出会った辞書作りをする人々を描いた小説に興味が湧いてきました。もちろん、これは紙の辞書の話です。

「難しい言葉がたくさん出てくるのかなあ」なんて思いながら読み始めると案外読みやすく、「なるほど、本屋大賞というのは読みやすさが大事なのかな?」と思いたくなるほどでした。

辞書が作られていく過程を興味深く読みました。まじめくんの恋物語はこの小説を面白くするための演出ですね。15年という時間をかけて「大渡海」完成に向けて編集に関わった人々の一人ひとりの言葉に関する感受性の違いがわかりやすく描かれていて、それをまとめていく頼もしい人間に成長していったまじめ(馬締光也)くん。馬締という登場人物の名前は何だか洒落っぽい感じもしましたが・・・実は、もう少しずっしりくるものを期待していたのですが、ちょっと軽いノリもあるなあという印象で・・・最後は無難にハッピーエンド。読者に安心感を持たせて終わります。
巻末の馬締くんの恋文はなかなか面白かったです。
後で、映画にもなっていることを知りました。まだ見ていませんが、これならきっと、若い人々には受けるのかな?という気がします。21世紀、私たちが本当に大切にしなければならないのは物質的な豊かさではなく、精神的な豊かさだと思います。歳を重ねた私にはちょっと物足りなさを感じるところもありましたが、これは人がやさしい気持ちになれる小説だと思いました。