いとゆうの読書日記

本の感想を中心に、日々の雑感、その他をつづります。

輝く日の宮   丸谷才一 著

2011年06月27日 | 小説
以前、このブログで瀬戸内寂聴氏の「藤壺」について記事にしたことがありましたが、この時、丸谷才一氏の「輝く日の宮」についての存在を知りました。「かがやく日の宮」というのは源氏物語に最初はあったかもしれないと言われている幻の巻です。

実はこの本を購入して以来、3年近く家の中で行方不明になっていました。思い当たるところを探してもどうしても出てこなかったので諦めていたのですが、先日処分しようと思って倉庫から出したキャリーバックのポケットの中に入れっぱなしになっていたのを見つけて、まるで宝物を探し当てたような気分で読み始めました。

源氏物語ファンの友人の一人のお薦めの一冊で、「文学的知識がないとしんどいかも」と警告されていた本でもありましたが・・・。


確かに展開が少し複雑なのと旧かなづかいで書かれている上、内容もボリュームを感じましたが主人公の国文学者杉安佐子が語る文学論は興味深いものでした。

前半の芭蕉論・・・私が中高で受けた国語教育の過程で感じた疑問がそのまま展開されていくような文章をこの歳になって読んでいる自分自身にちょっと苦笑しながら・・・「へえ・・国文学の研究会ってこんな感じなのかしら?」と思いたくなるような心境でもありました。

私が寂聴さんの藤壺を読んだころは感覚的に定家の「かかやく日の宮 このまきもとよりなし」を真に受けたい気持ちが強く、紫式部は敢えて書かなかったと思いたかったのですが、杉安佐子(丸谷氏)の倫理展開を読むうちに少し考え方が変わりました。丸谷氏の論理の方が寂聴さんより説得力があるように思います。

またこの物語には安佐子の恋愛が組み込まれていますが、解説にもある通り、藤原道長と紫式部、安佐子と恋人の長良豊、紫式部の父藤原為時と安佐子の学者である父の関係が照応して展開します。安佐子が長良豊に語る源氏物語の解説は読者への解説でもあり、源氏物語の魅力がわかりやすく書かれています。唯、主人公の安佐子は女性ですが、私にはこの論理展開は男性の視点のように思えました。

安佐子は源氏物語について研究していきながら幻の「かがやく日の宮」を書いていきます。

結末はオープンエンド。若い作家さんの作品などでは一生懸命読み進めた読者をしばしば欲求不満に陥らせることがある形態です。しかし、そこはさすが丸谷氏、「かがやく日の宮」で終わる静かな余韻と読者をそっともう一度最初のページに誘うソフトエンディングといったところでしょうか。

日の名残り   カズオ・イシグロ 著  土屋政雄 訳

2011年06月07日 | 小説
 久しぶりの更新となってしまいましたが、謹んで地震災害のお見舞いを申し上げます。

あれほどの災害が起きたというのに、うんざりするような永田町の喧嘩による政局の混乱にはかなり苛立ちを感じておりますが、この3ヶ月は私もより慌ただしい日々を送っておりました。ようやくわずかですがPCに向かってキーポードを打てる時間が持てるようになったところです。

さて、今回は以前の記事に書いた「わたしを離さないで」の作者カズオ・イシグロ氏の作品です。

整然として地味な印象の内容なのですが、物静かに実に深く心の中に浸透していくような感覚に陥るような展開でした。

英国のダーリントン・ホールというお屋敷で長年執事として働いていたスティーブンスは、雇い主(ダーリントン卿)の亡き後、引き続き新しく屋敷の持ち主となったアメリカ人のファラディ氏に仕えます。

物語は、スティーブンスが数日間の旅に出るところから始まります。旅は1956年の設定です。旅の途中、何十年も仕えたダーリントン卿やスティーブンスの心の中に深く刻まれていた女中頭ミスケントンとの思い出を辿ります。同時に過去と現在が複雑に交錯しながら展開する心の旅でもあります。

執事は雇い主に忠実でなければなりません。偉大な執事とは何か。偉大な執事を目指して職務遂行する・・・・しかし、それは雇い主の人間的価値に大きく左右されます。

スティーブンスにとって英国の政界の名士であるダーリントン卿は尊敬すべき雇い主でした。彼は2つの大戦の間にダーリントン・ホールで繰り広げられた大変重要な国際会議に直面します。このとき同時に起きた彼の個人的な人生の展開を黙殺し、自他とも認められる有能な執事として職務に専念します。

回想録の中で繰り広げられる彼の生真面目さは滑稽なほどなのですが、それがまた物悲しさを誘います。生真面目さが有能な執事を作り、一方で恋愛を認めようとしなかったのです。

彼が黙殺した…あるいは気づこうとしなかったずっと昔の恋に老境に入ってから気づいて涙する姿は彼の中に見た人間的な温かみを感じる側面でした。

そしてまた、微妙に物語の中に組み込まれている20世紀の英国の歴史がもう一つのメッセージのようにも感じました。

訳者の邦題も訳もとてもしっくりしています。