いとゆうの読書日記

本の感想を中心に、日々の雑感、その他をつづります。

ダイヤモンドダスト 南木佳士著

2009年02月03日 | 小説
ダイヤモンドダストは平成元年の芥川賞の受賞作だそうですが、この文庫本には、他3編の短編小説がありました。著者の南木氏は医師だそうですが、これら4編のいずれも医療関係者が主人公です。厳しい寒さと美しい自然、そして生と死。3月うさぎさんに教えていただ南木さんの小説に何だかはまりそうな感じがしてきました。


「冬への順応」
カンボジアから帰国した医師である「ぼく」は山の診療所へ行って生き返ります。ワカサギを釣って家に帰った時、電話でかつての恋人の死を知らされます。「来てごらんなさい。氷がとけたら生き返って泳いでいるのがいるわよ。」そう言う妻の声を聞いた瞬間の主人公の怒りが涙に変わる・・・・・私にとってはびっくりするような共感の一行です。もう20年以上前、癌と闘っていた母が死を迎えた時のことが記憶の底から甦ってくるような瞬間でした。


「長い影」
事実は小説より奇なり・・嘘の話でもやはりどこかにありそうなでも現実離れした話ですが、悪酔いのお酒は、時には心優しい薬にも変身。
主人公のぼくは一番賢明な方法を選んだのでしょう。

「ワカサギを釣る」
看護士の種村とカンボジア難民のミンがワカサギを釣りながら過去と現実が交錯します。ここでもまた政権に翻弄された人々の人生のひとコマを見る思いがしてかつてオーストラリアでであったカンボジア難民の人々のことが思い出されました。前向きなミンとちょっと読者を不安にさせるこれからの種村の結婚・・・。でも「まあでも人間なんてこんなもんさ」という現実に引き戻されるような結末でした。

「ダイヤモンドダスト」
なんともいえない切なさが余韻となって残ります。
母と妻を亡くし幼い息子と老いた父との3人暮らしという和夫の不幸な身の上もその生活ぶりはとても暗いというわけもなく、かといって明るくもありません。時折陽が射すような幸福感が訪れてもそれを捕まえることはできない不器用な男が田舎で一生懸命生きている姿は、生きることとは何かということを改めて問いかけているような気がします。

南木さんの小説は大自然の中にこだまするような静けさと爽やかさと不安のスバイラルが後に残りますね。それはまさにこの世に生きている証拠なのさと言わんばかりの・・・。

これらの小説で直接投げかけられている問いではないのですが・・・。
南木さんの小説を読むうちに私の周りで癌などの難病と闘いながらなくなった人々のことが思い出されて最近いろいろ言われている延命治療や安楽死の問題が浮かんできました。

人間一人ひとり、個人の考え方や生き方によってたいへんな違いがあるように思われるので安楽死を法律で規制するのは非常に難しいことだと思います。

安楽死は言い変えれば尊厳死。患者からそれを頼まれた医師が実行したら犯罪というのはどうなんでしょう?尊厳死はもし私自身が患者なら選択肢としてあって欲しいと思います。患者にとって苦しい延命治療は医師にとっては医学の進歩への挑戦と功績なのかもしれませんが・・・。