この前、芸人の狩野英孝さんが神様と仏様の違いを何百回と聞かれると話していました。彼は実家が神社で神主の資格も持っているからだと思います。
それでたどり着いた一番の返答は「はじまりと終わり」だそうです。つまり神社は安産祈願やお宮参り、七五三と人生のはじめによく参拝することになります。お寺はご存じのようにお葬儀、お墓と人生の終わりによくかかわるから終わりだと。
正直、お寺でもお宮参りはするし、神主さんもお葬式はおつとめします。しかしこのくらい極端に言わないと一般人には理解しにくいみたいです。
他の芸人さんたちの言葉を聞いてもいかに一般の人が神様と仏様の違いが理解できていないかがわかります。
狩野さんは神社は大自然を信仰の対象にすると述べていました。石や山、木や森。しかし大自然や大宇宙は仏教の思想の中でも同じように信仰の対象になっています。
根本、仏教は実際にこの世に生をなしたお釈迦さまが説いた法です。それがお釈迦様以前のインドのバラモン教。以後の仏教思想の変遷を体系化して完成されたものなのです。
お釈迦様が説いた法以外のものの仏教になっているし、まして小乗仏教と大乗仏教という、ざっくり己れの修行中心の仏教、大衆に目をむけた仏教も総合しての仏教ですからいったい何が本当のお釈迦さまが述べたかったことなのかは後世の仏教徒らの想像でしかわからない状態になっています。
この前、妻がふとこんなことを言いました。
なんで宗派があるの。もともと仏教はひとつではないの。
当たり前すぎて皆が疑問に思わなかったことです。
私も思います。戒名はお釈迦様はつけたほうがいいと言ったのか。妻帯をしていいと言ったのか。
本当は疑問だらけです。お経には法力があります。しかしそれによって高額のお布施を要求するのは仏教の思想なのか。
また寺院護持のために高額なお布施は必要であるというのならお寺はもっと人々に開かれた場所であるべきではないのか。
檀家さんたちが足しげく通っている場所になっているのだろうか。
疑問です。だれがお戒名の良しあしであの世に行ったときの場所が違うみたいなことを言ったのか。
たぶん、常識がある僧侶ならば誰もそう思わないはず。
生きていたころのその生き方であの世に行く場所がきまる。
神様も仏様も人々を導いてくださる大いなる存在です。神様は私たち日本人のもとのもと。そしてこの日本を御守りしていただいている神霊。
仏教はインドに発祥して中国にわたり、そこから日本に伝来した体系化された大いなる法です。
私たちの祖先はその二つの教えをうまく融合させることによってこの日本に住む人々の宗教性を養ってきました。
ただ悲しいかな。時代は今まで以上の何かをもとめているような気がします。
なんとなくでしか神様と仏様の違いがわからない世の中は少し残念なような気がします。
もう少しふかく人々の心に入り込む教えであるべきです。
触らぬ神にたたりなしみたいな時代は終わったのだと思います。