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沙門の法話

一僧侶の日常の思いを語る

野心

2025-02-24 20:36:01 | 日記

昨日、地元のマラソン大会で力走。部門3位でした。

トロフィーと景品。だんだんと家族にも喜ばれるようになりました。

それでも今回は気持ちよくなかったというのが本音です。うまく走れなかったというか。昨年のこの大会での成績では間違いなく35秒も更新しているので喜んでいいのですがもっと走れたのではないかと思うのです。

出だしは順調でしたがなんだか最初の一キロで気持ちがのらなくて、そこからはようやく調子が出てきたのですが最後の一キロももう少しスパートができたのではないかと。

しかし私の後ろの5秒のうちに4位、5位の方がいたのでまあ、よかったかな。

スパートで高校生の女の子に負けました。最後に抜かれたのが悔しいです。

また同じくらいの記録と同じくらいの年齢の人と仲良くなりました。

実際、練習した人しか結果が生まれない世界なのでそこの部分で認め合っているというか。

ただ自分よりも速く、若い人にはどこか認め合ってもらえないようなところも感じます。

やはり実力主義なので仕方ありません。ただ野心は捨てたわけではありません。

いつかワンランク上の彼らに追いつきたいと思っています。


神様と仏様

2025-02-23 12:52:46 | 日記

この前、芸人の狩野英孝さんが神様と仏様の違いを何百回と聞かれると話していました。彼は実家が神社で神主の資格も持っているからだと思います。

それでたどり着いた一番の返答は「はじまりと終わり」だそうです。つまり神社は安産祈願やお宮参り、七五三と人生のはじめによく参拝することになります。お寺はご存じのようにお葬儀、お墓と人生の終わりによくかかわるから終わりだと。

正直、お寺でもお宮参りはするし、神主さんもお葬式はおつとめします。しかしこのくらい極端に言わないと一般人には理解しにくいみたいです。

他の芸人さんたちの言葉を聞いてもいかに一般の人が神様と仏様の違いが理解できていないかがわかります。

狩野さんは神社は大自然を信仰の対象にすると述べていました。石や山、木や森。しかし大自然や大宇宙は仏教の思想の中でも同じように信仰の対象になっています。

根本、仏教は実際にこの世に生をなしたお釈迦さまが説いた法です。それがお釈迦様以前のインドのバラモン教。以後の仏教思想の変遷を体系化して完成されたものなのです。

お釈迦様が説いた法以外のものの仏教になっているし、まして小乗仏教と大乗仏教という、ざっくり己れの修行中心の仏教、大衆に目をむけた仏教も総合しての仏教ですからいったい何が本当のお釈迦さまが述べたかったことなのかは後世の仏教徒らの想像でしかわからない状態になっています。

この前、妻がふとこんなことを言いました。

なんで宗派があるの。もともと仏教はひとつではないの。

当たり前すぎて皆が疑問に思わなかったことです。

私も思います。戒名はお釈迦様はつけたほうがいいと言ったのか。妻帯をしていいと言ったのか。

本当は疑問だらけです。お経には法力があります。しかしそれによって高額のお布施を要求するのは仏教の思想なのか。

また寺院護持のために高額なお布施は必要であるというのならお寺はもっと人々に開かれた場所であるべきではないのか。

檀家さんたちが足しげく通っている場所になっているのだろうか。

疑問です。だれがお戒名の良しあしであの世に行ったときの場所が違うみたいなことを言ったのか。

たぶん、常識がある僧侶ならば誰もそう思わないはず。

生きていたころのその生き方であの世に行く場所がきまる。

神様も仏様も人々を導いてくださる大いなる存在です。神様は私たち日本人のもとのもと。そしてこの日本を御守りしていただいている神霊。

仏教はインドに発祥して中国にわたり、そこから日本に伝来した体系化された大いなる法です。

私たちの祖先はその二つの教えをうまく融合させることによってこの日本に住む人々の宗教性を養ってきました。

ただ悲しいかな。時代は今まで以上の何かをもとめているような気がします。

なんとなくでしか神様と仏様の違いがわからない世の中は少し残念なような気がします。

もう少しふかく人々の心に入り込む教えであるべきです。

触らぬ神にたたりなしみたいな時代は終わったのだと思います。

 


山越え

2025-02-22 19:22:11 | 日記

今日は法事が止まらなくて、その上お葬儀の担当がかかって一日中衣を着ながら仕事をしていました。

確かに衣だと動きずらいし、フットワークがいまいちになります。しかし時間きざみで法事が入っていたので終わったのが夕方でした。

今までのお位牌をお焚き上げして過去帳にうつしてほしいという依頼でした。

何だか先祖代々の位牌をお焚き上げする時は寂しい気持ちになります。時代の流れだから仕方ないのかもしれませんが。

お墓も仏壇も少しづつ簡略化されてきています。最近は大きな仏壇を収めることがほとんどなくなりました。

お墓も合同墓に納骨する人が沢山います。

私は自分の身体が続く限りは僧侶として管理していこうと思います。

すべてがきれいごとでは済まされない世の中になってきました。

久しからず

私はそんな中を自分のもてる力をフル活用して乗り越えていこうと思います。


現世の罪

2025-02-21 17:48:07 | 日記

私は願いが叶うのなら生き返ってほしい人が何人もいます。その人たちは若くしてこの世を去っていきました。

もう一度やり直してほしい。もう一度あの笑顔が見たい。

でもそれは不可能なこと。悔しいけれど悲しいけれど、今世では会うことができないのです。

それにしてもこの世の中はどうして神はお創りになったのでしょう。

地球という場所でいかに神様からわかれた魂をもつ私達が成長していくかを確かめているのでしょうか。

でも人間は神が望むような社会を本当につくりあげているのだろうか。

 

現代社会では自ら命を絶ってしまう若者が多くいます。

しかしこれは個人だけの責任なのでしょうか。

私には社会の粗い波動にも要因があるように思えてなりません。もしひと昔前にうまれていたら人生を無事全う出来た人は沢山いるのではないでしょうか。

この世は生き残り選手権ではありません。自分の心を曲げても生き残る選択は純粋な魂には難しいのかもしれません。

はやく価値観が大きく変わり、嘘のない世の中になってほしいものです。


風穴

2025-02-20 19:03:59 | 日記

トランプ大統領がウクライナのゼレンスキー大統領を批判しています。そしてロシアのプーチン大統領に近づいて。

アメリカの大統領が変わるだけでこれだけ世界の構図が変化するのです。

いったいどこに正義があるのでしょう。人間社会の価値観は権力のある人間によって決められるのでしょうか。

どの世界も同じです。相手が気に入らなければ自分が有利になることをそろえて周りを誘導する。

そんなことはどこの会社でも行われていることです。

出る杭は打たれる

面白くなければ相手の弱みをみつけて集中砲火する。一番の大元はかくれて違う人をつかって貶める。

世の中の価値観がこのように人間欲で成り立っているのなら、いつまでたっても人類は二流以下の文明だといえるでしょう。

こんな鬱積した世の中に風穴をあけてみたい。清らかな風をふかせてみたい。

これが小さな私の大きな願いです。