2020@TOKYO

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誕生日おめでとう!

2008-07-15 | ■エッセイ
  今日は長男の28回目の誕生日だ。タックさん誕生日おめでとう!今から35年くらい前、ヨーロッパを彷徨っていたときに、コペンハーゲンの友だちから、世界のどこへ行っても、その土地の言葉で「ありがとう」が言えれば生きていける…と聞かされたことがある。そこで覚えたのがデンマーク語のタックという言葉。この言葉はいつも心の中にあった。生まれてくれてありがとう!という意味をこめて、長男の名前はタック=拓になった。

  本日=長男の誕生日、当の親父はといえば、解決すべき仕事上の問題が多すぎて朝から東奔西走していた。午後5時過ぎ、ようやく諸々が一段落して同僚とバーのカウンターに座り苦いビールを飲んだ。少しホッとした後に、馴染みのバーテンダーとニューヨークのドライマティニーの話になり、それはやがて私たちにとって忘れることのできない酒体験という話に発展した。

  私は同僚とバーテンダーの会話を遠くに聞きながら、28年前の7月15日のことを思い出していた。あの夜、私は今日とはちがって新宿にいた。西口にあるジャズバーのカウンターに座っていたのだ。そろそろ子供が生まれるかもしれない、などという話を呑気に交わしながら、私は英会話のアメリカ人教師とビールを飲んでいた。

  何しろ携帯電話など無い時代のこと、夜もふけてから、何となく気になって店の公衆電話から実家に連絡したところ、母から、とっくに子供が生まれていたことを聞かされた。どうやら家族中で私のことを探していたらしいのだが、私は、そうとは知らずに、マイルスやコルトレーンを聞きながらビールの海を泳いでいたのだ。

  受話器を置いて、「子供が生まれたぞー!」と叫んだとたん、店の中は一気に誕生祝賀パーティーになだれ込んだ。そこでアメリカ人教師から飲まされたのが、ジャック・ダニエルのビール割りという凄まじい飲み物。

  ジャック・ダニエルが入っている大き目のジョッキに、ビールを勢いよく注ぎ込む。それをググっと飲み干すのだ。28年前の7月15日、公衆電話で長男の誕生を知ったあとのことは、まるで覚えていない。これも、私にとって忘れることのできない酒体験のひとつだ。

  先週、新宿で飲むことがあって、帰路、久しぶりにこの店に立ち寄った。もちろん、28年ぶりというほどではないにしろ、ここ数ヶ月はご無沙汰していたものだ。店主は私より少し若いのだが、私の長男と彼の3番目の息子が同じ歳という間柄。子供たちのことを話しつつ、私の視線は彼の目の前に置かれている一升瓶に移った。

  「それ、焼酎?」
  「そうだよ」
  「何だかいろいろ書いてあるけど…」
  「ああ、これ?オレの誕生日に子供らがプレゼントしてくれた一升瓶なのさ」
  「へえ、それ何て書いてあるの?」

  彼は黙って一升瓶の向きを変えて私の目の前に置いた。そこにはフリーハンドの筆跡で、『お父さんでありがとう』という言葉が書き付けられていた。お父さんでありがとう。何度も声に出して読んでみた。お父さんでありがとう。

  店主が微笑みながら、「龍一、これ飲んでみるか?」と一升瓶を取り上げた。「いいのか?」と聞くと、「もちろんだよ。一緒に飲もう」とこたえて、グラスになみなみと注いだ。一口飲んでから、「お父さんでありがとう…か」と私は呟いた。彼は大きな声で笑いながら、「お父さんでありがとう、だぜ。すごいだろ!何たって、お父さんでありがとう、だぜ」と叫んだ。そして、私たちはぷっつりと沈黙した。二人とも、ただ下を向いて、鼻をずるずるさせながら、黙って酒を飲みつづけた。

  

  

  

  

  

  
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2 コメント

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Unknown (drumすこ)
2008-07-16 02:35:35
ありがとう
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極上の酒! (ともだっちー)
2008-07-17 09:52:27
文字から情景が浮かんで映画のワンシーンを見ているようです!極上のお酒の味は最高だったでしょうね・・・
返信する

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