ひろむしの知りたがり日記

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「ロングストリート」実戦ジークンドー講座 (完) ─ 哲学編

2014年08月03日 | 日記
ジム・ボルトとの決闘を明日に控え、いまだ闘い方を頭で覚えようとする姿勢が抜けきれないマイク・ロングストリートに、リー・チョンは武術の真髄を水にたとえて説明します。
これは、ロングストリートが最初にジークンドーを教えてほしいとリーに頼んで断られた時に、「役に立つのは空のカップだ」と言われたこととも呼応しています。

「心を空っぽにするんだ。型や形のない水のようになることだ。カップに入れれば、水はカップの形になる。ティーポットに入れれば、ティーポットの形になる。水は流れたり、広がったり、滴り落ちたり、または怒涛となることもできる。友よ、水になるんだ」
ロングストリートは「僕が水になったら、ボルトは溺れ死ぬかな?」と皮肉混じりにつぶやきます。まだ十分に準備ができていないロングストリートに、リーは静かな口調で最後のアドバイスを送ります。
「皆と同じで、君は勝つ方法のみを覚えようとし、負けることを受け入れようとしない。敗北を認めて死ぬことを学べば、それから解放されるんだ。明日までに、(勝とうという)野心を捨て去り、死の技術を見出せ」


ブルースが書き遺した武術に関する膨大な量の記述を4巻本にまとめた『ブルース・リー格闘術』

翌日の正午、約束通り埠頭に現れたロングストリートとボルトの闘いが始まり、ロングストリートは倒された時に相手の足に強烈な蹴りを一発入れることができただけで、後は一方的に殴りつけられます。窮地に陥った彼の脳裏に浮かんだのは、リーの言葉の数々でした。
「まだ心と体がバラバラだ」「目のせいにするな、耳で聞け」「集中して合わせろ、心を開け」「風を感じろ」「野心を捨て去り、死の技術を見出せ」
次から次へとトレーニングのシーンが心に甦り、ロングストリートはリーの声に導かれるかのように、自らの感覚を研ぎ澄ませます。そして、油断しきって無警戒にロングストリートに近づいてきたボルトに、渾身の力を込めて攻撃を仕かけました。これを契機に、攻守の立場は逆転します。

このシーンも、「燃えよドラゴン」でリーがラスボス、ハンとの鏡の部屋での対決において、少林寺で教えを受けた高僧の「敵は真の姿を覆い隠し、幻惑しようとする。それに惑わされなければ、相手を倒すことができるのだ」という言葉に導かれて、勝利への突破口を開くことができたのを連想させます。
残念ながら、劇場公開時はリーが高僧と語り合うシーンも、鏡の部屋で彼の心に浮かぶ高僧の言葉もカットされていましたが、これらもブルース・リーの武術観を知る上で、たいへん重要なシーンです(これらは最新のDVDやブルーレイには収録されており、7月28日にNHKのBSプレミアムで放映された際もこのバージョンが使われていました)。

思わぬ反撃に形勢不利となったボルトは、今度は用心深くジリジリと迫ります。
「心を空っぽにするんだ。型や形のない水のように」
リーの言葉を思い出し、全身を耳にして気配をうかがうロングストリート。もはや必死となったボルトの猛攻を迎え撃ち、最後は寝技で完全に彼をノックアウトしてしまいました。
自身も満身創痍となりながら、対決の場を後にするロングストリートに刑事が、「あんな闘い方をどうやって学んだんだ?」と訊ねます。するとロングストリートは一言、
「空のカップからお茶を飲んだのさ」
とだけ答えました。それは、彼が水になれというリーの教えを、頭で理解するのではなく、自らのものとして体得できたことを物語っています。
こうして、ブルースがジークンドーのテクニックと哲学を盛り込んだ「ロングストリート」のエピソードは、稀に見る武術ドラマの傑作となりました。

この作品は、1971年6月21日から3日間がリハーサルに当てられ、24日から7月1日まで本撮影が行われました。ブルースはその間の6月28日に香港のゴールデンハーベスト社と正式契約を交わし、12日には「ドラゴン危機一発(唐山大兄)」の撮影のためにタイのパクチョンへと旅立ちます。
ブルースの出演したエピソードは多くの関係者や視聴者のハートを捉えました。その反響は大きく、製作元のパラマウント社はさらなる出演を希望します。それを受けて、「ドラゴン危機一発」の撮影を終えるとブルースは、新たにシリーズ中の3エピソードに出演しました。
すでに脚本が出来上がっていたところに無理やり彼のシーンを入れたので、たいして重要な役を演じることはできませんでしたが、その時ブルースは「ロングストリート」の評判に頼るまでもなく、すでに成功への鍵をつかんでいたのです。クンフー映画初主演作の「ドラゴン危機一発」が記録破りの興行成績を上げ、彼は一気にスターダムへと駆け上がっていきます。

「ドラゴン危機一発」で遂に運が開ける

しかしもう彼には、あまり時間が残されていませんでした。1973年7月20日、ブルース・リーは突然の死を迎えます。念願だったハリウッド主演作「燃えよドラゴン」の世界的な大ヒットも知らずに・・・。

「ロングストリート」は、ブルースが自ら持ち込んだ「サイレント・フルート」の企画が潰れ、自分以外に主役を演じる人間はいないと信じた「燃えよカンフー」から下ろされてハリウッドへの夢に見切りをつけるか否かの決断を迫られていた時に、スターリング・シリファントの温情から最後の望みを託して出演したドラマでした。
「グリーンホーネット」が香港でブレイクするという予想もしていなかった展開で、ようやく積年の努力が報われたブルース。彼の新たな出発のはずのその時が、奇しくも人生のゴール地点となってしまったのです。
それは「ロングストリート」への出演から、わずか2年後のことでした。


【参考文献】
ブルース・リー/M・ウエハラ著、松宮康生訳『ブルース・リー格闘術』vol.1~4 フォレスト出版、1997年
ブルース・トーマス著、横山文子訳『BRUCE LEE:Fighting Spirit』PARCO、1998年
中村頼永著『世紀のブルース・リー』ベースボール・マガジン社、2000年