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埼玉県比企郡嵐山町の記録アーカイブ

よりよい村にする為の具体的方策(根岸・根岸茂夫) 1951年11月

2008年09月13日 | 報道・よりよい村にするために 1951年
 私の考を一、二記してみたいと思ひます。
 一、自己の完成 終戦後あらゆることにつきまして民主主義自由主義といふ言葉は種々の人々の間に流行語の様に使はれて居りますが、果して民主主義自由主義の真の意義を理解し、己の為すべきこと義務責任を果して居るものが幾人居ることでせうか。只々自己の権利のみを主張し他人を批評し己の行動責任をかへりみない所謂自己主義、斯様な人の我が村に存する限り我が村は明朗なる楽しい村としてまだまだ程遠いのではないかと思ひます。互に社会道義自分一人だけの村ではないと云ふことを深く反省自覚し自己の完成に努めませう。
 一、婦人会に望む こヽに菅谷村婦人会が結成され過去種々なることにつきまして活動してきた様でありますが、今後一つこういったことを考へて貰へなからうかと思って居ります。それは現在に於ける青年層は何と云っても時代の波に乗って居り新しき社会、新しき生活へと邁進して居ります。しかし乍ら過去長年月に亘り斯の封建的社会、独裁的環境にあった所の老壮年層この方々に対しての現代民主社会自由社会の認識徹底であります。よく聞く言葉ですが「婦人会なんて若い者が入れば良い、もう年寄はそういった会には意味がないから」といふことを言って居る様でありますが、これは大きな誤りであります。一家の運営は老壮年層によって八、九割は支配されて居ります。この年輩の者の若い者に対する所の理解これが無い限り新時代に芽生へんとする青年は知らず知らず萎縮してしまい、文化国家建設どころか、昔乍らの理想主義に染まって自然と消極的になってしまふではないでせうか。先づ婦人会は青年層に呼びかける前に斯様なることを一考せられまして老壮年お互に時代時代を良く認識し共に歩調を合はせて進めます様、御努力御尽力をお願ひ致し度いと思って居るものであります(26歳)。
     『菅谷村報道』17号(1951年11月10日)掲載


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