臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日歌壇から(4月18日掲載・其のⅡ・決定版)

2011年04月22日 | 今週の朝日歌壇から
[高野公彦選]


○  わが町はチェルノブイリとなり果てし帰るあてなき避難民となる  (福島県) 半杭螢子

 「復興は必ずやなる」などという根拠の無い楽観主義と「わが町はチェルノブイリとなり果てし帰るあてなき避難民となる」などという極端な悲観主義とが同居しているのが、昨今の我が国の現状と申せましょう、と申すのも、何を根拠にしての言説では無く、その実情は全く混迷の至りとしか申し上げようもございません。
 このようなことを記していても、私の胸底を支配しているのは、あの大震災の再来への恐れと原発という悪魔の火を手にしてしまったことへの悔恨でしか無く、パソコンのキーを叩くスピードも鈍るばかりなのであります。
 で、せめてもの気休めにと、下記のような返歌をさせていただきます。

 〔返〕  孫も居るタイガーマスクも菅も居る罹災者住宅続々完成   鳥羽省三
 作中の「孫」とは、私の二人の孫娘のことでは無く、百億円をご寄付なさった太っ腹のあの社長様のことであり、「タイガーマスク」と「菅」については、説明を要さないと思われます。
 〔返〕  あの菅がタイガーマスクに化ける日が必ず来るぞ希望もて待て   鳥羽省三
      孫二人蝶と翔び立つ日もあらむ希望捨てずに我も生きなむ      々


○  背に肩に両手に喰い込む荷をさげて難民となる放射能避け  (枚方市) 澤 正宏

 本作の作者・澤正宏さんが被災地の居住者で無いだけに、「テレビ画面から巧みに拾うことが出来たな」という気持ちになってしまうことも否めないのである。

 〔返〕  肩に背に食い込む荷物捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ祖国日本   鳥羽省三
 この際は、国連への分担金も値切りましょう。
 膨大な額に達する、ODA給付も止めましょう。
 我が日本は、この大震災が無くても世界一の財政赤字国であり、今また、この大震災に見舞われて、膨大な財政支出を余儀なくされているのですから、何の恥じらいも無く、「肩に背」に「食い込む」荷物を捨てて、私たち国民は一介の難民国民として暮らしましょう。
 事の序でに書き記しますが、これをチャンスとして捉え、米露中の宇宙乱開発に手を貸すことは止めましょう。
 また、電源を原発に頼ることも止めましょう。
 今日からの日本のやるべきことは、効率良き太陽光発電、風力発電、地熱発電、及び燃料電池の開発に、国民の叡智を傾けることだと思います。


○  海寄せて海引きて後黒々と人の歴史は引きめくられぬ  (北本市) 左近弌弍

 “開けてびっくり玉手箱”といった感じでしたね。
 まさに「引きめくられぬ」という感じでしたね。
 防災体制の脆さのみならず、国家存立の脆さがあからさまに「引きめくられ」たという感じでした。
 まさかこれほど酷いとは思わなかったのですが。
 大震災そのものもさること乍ら、なにしろ東電福島第一原発の爆発の事後処理が厄介ですからね。
 いつか誰かが、この地球の何処かで必ず仕出かすであろうへまを、事もあろうに、この我が国が選ばれて仕出かしたという感じのへまでしたね。
 〔返〕  引き寄せて万葉集を読みなおす防人の歌心に沁みる   鳥羽省三  


○  「海なんかなければいい」とふ被災者の心のうろの深さおもはむ  (那覇市) 長田紀和

 まさに「心のうろ」でございましょう。
 後出しじゃんけんで、今更嘆いて居ても仕方がありませんが、この度の件が、「被災者」の方々を初めとした、私たち日本人に与えた「心のうろの深さ」は、真に底知れません。
 私たちは、その底知れなく暗い「心のうろ」にじっと耐えているしか無いのかも知れません。

 〔返〕  「海なんかなければいい」と言う海を汚してしまった人類の罪   鳥羽省三
 返歌の五句目を「東電の罪」とする手も在り得ましょうが、ここはやはり「人類の罪」としか言えませんでしょう。
 でも、そんな些細なことは、この際はどうでも宜しい、といったやけくそ的な気分にもなってしまいます。


○  地震にてとまりし電車十日経てまだとまりゐる菜の花のなか  (ひたちなか市) 篠原克彦

 本来ならば、“牧歌的風景”とでも評する場面でありましょうが、とてもそんな気にはなりません。
 それとは別に、あれだけの大きな地震に見舞われた結果として止まった「電車」が、その後「十日」を「経て」も「まだ」「菜の花」畑の「なか」に止まっていることに対する驚きと感激とをお詠みになられたこの歌は、これ自体、人間の“増上慢”の証しなのかも知れません。
 と申しても、この弁は、何も本作の作者・篠原克彦に向けてのものでは決してありません。
 「人間の叡智を以ってすればどんな自然でも屈服させ得るし、どんな自然災害をも克服出来る。したがって、地震の結果『菜の花』畑の中に止まった『電車』が、震災後『十日』を『経て』も止まったままであることは在り得ないことであり、そうであるが故に、もしも、そんなことが現実に起きたとしたら、それは大きな驚きでもあり、微笑ましさでもある」といったご発想をなさった方は、他でも無く、本作の作者・篠原克彦さんであることは、間違い無い事実でありましょう。
 だが、篠原克彦さんのそうしたご発想は、ご本人のみならず、人間一般に共通した発想であり、心理であると思われます。
 人間の叡智の表れの一つである『電車』という文明の利器が、大自然そのものである『菜の花』の中に『十日』も止まっていることを驚きや喜びや感激の対象にしている、人間一般の心理に対して、私は“増上慢”を感じた次第でありました。
 となると、その“増上慢”とは、大自然の為す事象を言葉で以って写し取ろうなどとする愚かな企みを持っている、私たち歌詠みに備わっている“増上慢”なのかも知れません。
 何が何だか全く分からなくなってしまいましたから、この“増上慢”論議はもう止めましょう。
 〔返〕  震災の直後に買った米一斗いまだ食さず袋のままで   鳥羽省三  


○  震災で節電となる電車内くつきり光る(NEXT CHOFU)  (調布市) 水上香葉

 “大震災を楽しむ”などと申したら、大きな語弊が生じるかとも存じます。
 だが、今回の東日本大震災の直後から、これに関わる投稿や短歌・俳句などが朝日新聞などの紙上に大量に掲載され、週刊誌などには、民主党政府の対応の不味さを強調するなど、徒に国民の不安を煽るような記事が満載されているのである。
 したがって、それらを見聞するに及んでは、大変不謹慎ながら、私は、「国民の多くは大震災の余韻を楽しんでいるのに違いない」との思いを抱くに至ったのでありますから、恥ずかし乍ら、此処にこうした形で告白させていただきます。
 ところで、歌詠みの皆さんの、今回の震災に対する対処の仕方も、いろいろ様々ではありますが、私は、本作に接することに拠って、「電車内」に「くつきり光る」「(NEXT CHOFU)」という電光板の文字で以って、「震災」の結果としての「節電」を改めて知り、大震災の被害の深刻さをも知る、といった形の対処の仕方もあったのかと思い、真実感激致しました。
 自己の被災体験を相手構わずに真剣に克明に語る。
 被災者たる他人から聞いた話を得難い情報として感激的に語る。
 テレビ画面で見た光景や新聞などで得た情報に対する驚きを声高に語る。
 今回の東日本大震災に関する短歌を大別すれば、およそ上記のような三種類の作品に分類出来ると思われます。
 そうした作品群(まさに作品群そのものである)の中に在って、本作は、また一段と精彩を放っております。
 被災の凄惨な現状を直接的に述べていない。
 作者ご自身が大きく心を動かしたり、感激の言葉を声高に述べたりしない。
 それでいながら、今回の大震災の惨状の始末が未だに終わって居ないことに気付かせられる。
 本作の優れた特徴を列挙すれば、以上の三点が上げられるかと思われます。
 「(NEXT CHOFU)」という英文の引用もなかなか効果的と思われます。
 〔返〕  震災で休日ダイヤの東急バス“たまプラ行き”は一時間後である   鳥羽省三


○  モスレムの子供が歩くカバンには日本に援助をと貼り紙つけて  (アメリカ) ダンバー悦子
                    [注]  日本に援助を=サポートジャパン

 作中の「モスレム」とは、「神に帰依・服従した者」の意であり、即ち“イスラム教徒”のことである。
 本作は、このところ何かと話題に事欠かない“イスラム教徒”の間にも、大震災に見舞われた日本を救済しようとする運動が展開されていることを告げているのでありましょうか?
 それとも、「モスレムの子供」が「カバン」に「日本に援助を」との「貼り紙つけて」「歩く」のは、丁度、渋谷界隈に屯している少年少女たちがファッションとして十字架などの宗教のシンボル的なものを身につけているのと同様に、一種の風俗現象なのでありましょうか?
 〔返〕  駅前の震災募金の人らにも猫ババするやつ必ずいるさ   鳥羽省三


○  こんなにも人間たちをよろこばせそのこと知らず白もくれん咲く  (垂水市) 岩元秀人

 この度の東日本大震災とは直接関わりが無いような内容のこの一首の成立にも、そのことが密接に関わっているのでありましょう。
 人間という者は、苦境に陥っている時にも、何か些細なものに救いを見出したりするものであり、作中の「白もくれん」が咲いたのは、そうした人間が見出したささやかな救いであったに違いありません。
 〔返〕  陋屋を見下ろす欅も萌えました垂水の早蕨そろそろですね   鳥羽省三


○  出産の痛みも知らず老いゆくか一筆書きのこの生涯を  (神戸市) 野中智永子

 「一筆書き」の「生涯」などという単純にして明解かつ詰まらない「生涯」は決して在り得ません。
 一例を以って説明すれば、本作の作者・野中智永子さんが、「出産の痛みも知らず老いゆく」過程に於いても、人を好きになったり、嫌いになったり、捨てたり、捨てられたり、騙したり、騙されたり、産む産まぬで恋人と喧嘩したり、産めないと判ってがっかりしたり、一首の歌に喜びを感じたり、一切れの筋子に舌鼓を打ったりと、いろいろさまざまなドラマが在ったことでありましょう。
 それ即ち、野中智永子の「生涯」が、決して「一筆書き」の「生涯」で無かったことの証明に他なりませんよ。
 これからだっていろいろなことがありますよ。
 こんなことを書いている最中に、私の連れ合いの翔子が、突然、私に語り掛けて来ました。
 「ねえ、田中好子さん。あのキャンディーズのスーちゃんが亡くなったのよ。乳癌が再発したんだって」と。
 田中好子さんと言えば、往年のキャンディーズの三人娘の中で、一番地味で目立たなく、歌も格別上手では無かったように記憶して居ります。
 その目立たないスーちゃんが、あの素朴そのもののお名前の田中好子さんが、キャンディーズ解散後、カッコ良い他の二人を措いて一躍スターダムにのし上がり、映画『黒い雨』に主演して人気女優となり、そしてこの度、黒い雨の降る最中に、二十年前に患った乳癌が再発してお亡くなりになるに至る過程には、どんな激しいドラマが在り、彼女の55年の「生涯」は、何度も何度も書き直しを強いられた「生涯」だったと思われます。
 そうした悲しいニュースを耳にしては、非情を以って非難の対象とされているこの鳥羽省三さえ、密かに涙したことでありました。

 〔返〕  ミキちゃんはお嬢様めいて大嫌い。スーちゃんランちゃん私大好き。   鳥羽省三 
 “スーちゃん”こと田中好子さんは、東京都足立区の釣具屋さんの娘でありましたとか。
 私も、一年間だけですが、足立区の隣の埼玉県川口市の住人でありましたから、彼女の家の近くの川で、船遊びをしたことがあります。


○  わが家では停電訓練五回目だろうそくともしてカレーを食べる  (横浜市) 高橋理沙子

 「カレー」は、飯盒炊爨の定番であると同時に、日持ちのいいことから非常食の定番ともなっているのでありましょう。
 「わが家では停電訓練五回目だろうそくともしてカレーを食べる」とお詠みになったからには、本作の作者・高橋理沙子も亦、この度の東日本大震災の余波としての“計画停電”の憂き目に遭われることを危惧され、その「訓練」を「五回」も行い、その度ごとに、「ろうそく」の灯の下で「カレー」を食べたのでありましょう。
 「なんだか嬉しそうですね」なんちゃったりしたら、作者様から叱られましょうか?
 でも、どんなに叱られようとも、本作の周辺からそのような感じが漂っていることは、否定出来ないのである。
 短歌の鑑賞は、世間様に迎合して、心にも無いようなことを言うことではありません。
 〔返〕  我が家でも停電訓練二回やり結局本番無かったみたい   鳥羽省三



[永田和宏選]


○  柩なく花なき日々を思い出すこの震災を神戸に重ね  (西宮市) 戸田章子

 「柩」とは、棺桶そのものでは無く、棺桶に亡骸の入った状態を指していうのでありますから、本作を杓子定規に捉えて評すると、あの震災時の「神戸」に於いては、死者も無く、死者に供える為の「花」も無かった、ということになりますが、短歌を鑑賞するくらいの人は、決して馬鹿ではありませんから、そんな重箱の隅を突っつくような真似はしませんよね。
 〔返〕 妻が病み二児を抱へし頃思ふ田中好子の逝く日に重ね   鳥羽省三


○  友の名のないこと祈り新聞の犠牲者欄にその名を探す  (新潟市) 伊藤 敏

 またまた重箱の隅を突っつくような真似をして言えば「友の名のないこと祈り」ながら「新聞の犠牲者欄にその名を探す」というのも、何やら矛盾した話ですね。
 でも、世の中の大抵の人は、そんな矛盾したことを矛盾しているとも思わないでやっていますね。
 人間というものは、凡そそうした者でありましょう。
 〔返〕  しこりの無いこと祈りつつ胸と腹など擦りつつしこりを探す   鳥羽省三


○  三陸の友を案じる案じるという行為の無力さ知らされながら  (東京都) 平井節子

 本作の作者も亦、人間であり、人間である証しとして、空しい行為を為しているのでありましょう。
 〔返〕  “気仙沼ちゃん”と呼ばれし乙女あり旅館の女将となれると聴くも   鳥羽省三


○  災害時与党も野党もないだろうこの国民に選ばれたのだ  (枚方市) 鍵山奈美江

 評者も亦、そのように思いましたが、人さまざま、政治家もさまざまでありますから、非常時と言えども、党利党略というものをお持ちなのでありましょうか?

 〔返〕  翼賛と言えば言えよう大連立但し翼があればの話   鳥羽省三
 今回、民主党が自民党に大連立を提案して復興への協力を求めたのに、自民党総裁の某氏がそれを拒否した件については、賛否両論がありましたが、その中で特に目立ったのは、民主と自民との大連立は、戦中の翼賛国会に通じるから危険であるという、一応は筋道の通った論でありました。
 でも、それは、我が国が頼りになる“翼”を持っていると仮定すればの話として、私は受け取りました。
 〔返〕  翼無く燃料も無き我が祖国何処を彷徨い何処に行くやら    鳥羽省三


○  安置所と避難所を結ぶバス出来てそれにて母を捜しに行くと  (水戸市) 檜山佳与子
○  穏やかな春の日射しにヘリコプターの音のみ聞こゆ震災の街  (いわき市) 影山ふさ
○  においだつ春のけはいのたゆたいて震災の町に梅の花咲く  (仙台市) 下斗米康平
○  三十キロ遠くに写り危うげに蜃気楼のごとき白き原子炉  (高松市) 菰渕 昭

 被災地にお住いの人。
 被災地以外の土地にお住いの人。
 こんな話、あんな話といろいろお有りのようでございますが、取り敢えずは、お話だけを承っておくと致しましょうか?
 ところで、我が家の近くにも、小型ながら確かに原子炉が在った筈です。
 その当時の武蔵工業大学、今の東京都市大学の実験用小型原子炉。
 教員当時の私も見学させていただきましたが、あの原子炉は、今、どうなっているのでありましょうか?
 コンクリートと鉄と耐熱ガラスみたいなもので囲われた水槽状の入れ物の底にエメラルド色をして燃えている核の火は、今でもまだ私の眼に焼きついているのでありますが、なにしろ年季が入っているものだけに、いささか心配にもなってきました。

 〔返〕  読み厭きた食べ厭きました非常食どんこ鍋でも食べたい気持ち   鳥羽省三
 雨後の筍のように押し寄せる震災関係の歌は、私にとっては買い漁った“非常食”のようにも思われ、大変失礼ながら食傷気味なのです。
 朝日歌壇に、震災関係の歌が掲載されない日が、一日も早く来るように願っている毎日なのです。
 画一化された表現の大震災の歌が大量に生産され、大量に消費されることは、短歌の発展にとっても決して望ましいとばかりは言えないことでありましょう。