臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

一首を切り裂く(006:困・其のⅡ・決定版)

2011年04月29日 | 題詠blog短歌
(コバライチ*キコ)
○  困らせた記憶ばかりが蘇る夜は夢すら海に沈める

 「行く、行く」って彼が言うのに、「まだ、まだ」って「困らせた」のでありましょうか?
 「五十カラットでいいね」って彼が言うのに、「百カラット超でなければ」って困らせたのでありましょうか?
 「青森と岩手と宮城と福島と茨城に、それぞれ一万円ずつ」って彼が言うのに、「それぞれ百万円ずつで無ければキコの面子が立たないわ」って困らせたのでありましょうか?
 「君の面子は立つかも知れないけど、僕は面子どころかあそこも立たないぜ」って彼が言うのに、「あなたのあそこなんか立たなくても、私は何も不自由しないわ」って困らせたのでありましょうか?
 本作は、私に、このように「困らせた」理由をあれこれと考えさせるように、と仕組まれた罠なのでありましょうか?
 でも、そんな「記憶」ばかりではつまりませんから、そんな「記憶ばかりが蘇る夜」は「夢」もろとも身体全部をサモアの「海に沈める」ことですね。
 サモアに行くことが叶わなければ江ノ島の「海」でも宜しいですよ。
 〔返〕  お互いに困らせごっこの間柄 真夏の夜に見る夢は何   鳥羽省三
 

(ちょろ玉)
○  題詠のネタに困ったときとかに君の背中を思い出します

 “子は父親の背中を見て育つ”と言いますが、我らが希望の流れ星の“ちょろ玉”さんは、「題詠のネタに困ったときとかに君の背中を思い出します」とか?
 「君の背中」には、知恵授け観世音菩薩様の彫り物紛いのシールでも貼られているのでありましょうか?
 ところで、本作の作者・ちょろ玉さんは、本作をお詠みになられるに際しても、歌材即ち「ネタ」にお困りになられたのかと思われます。
 したがって、本作は歌人・ちょろ玉さんの一種の“逃げ”に他ならない、と思って鑑賞させていただきました。
 〔返〕  ちょろ玉はいつもちょろちょろ転がって逃げてるばかりまだ若いのに   鳥羽省三


(天野ねい)
○  困ったらすぐに話せる人なくすリスク負ってまで「好き」は言わない

 こちらはさすがにお“ねい”さんである。
 亀の甲より年の功、「リスク」を「負ってまで」「『好き』は言わない」とか。
 抜き差し成らぬ関係になった挙句に逃げられるよりは、「困ったらすぐに話せる」友達のままで居た方が宜しい、との計算尽くのことなのでありましょう。
 〔返〕  困ったら直ぐに金貸すお姉さん隙も見せぬが「好き」とも言わず   鳥羽省三


(雑食)
○  困惑がしつこくこびりついている君の残した合鍵の溝

 作中の「君」が、「合鍵」を雑食さんから預けられた時の「困惑」振りが、「合鍵の溝」に、手垢や退化した掌の皮膚と一緒に「しつこくこびりついている」のでありましょうか?
 なにしろ、お相手が宜しくない。
 名にし負う“雑食”さんのことですから、雑食・雑魚寝・相手構わずの遣り放題の地獄絵図の展開無しとしない有様でありましょうから?
 〔返〕 混交に疲労困憊コンドーさん裂けて破れて困惑至極   鳥羽省三


(千束)
○  困ってる顔が見たくて押し付けた 抱えきれない花束とうそ

 百万本の薔薇の花束を「押し付け」られたら、どんな女性だって本当に「困って」しまうことでしょう。
 しかも、「うそ」見え見えのメッセージなど添えられていたならば、尚更でありましょう。
 〔返〕  困ってる顔を見せたく貰っちゃう百万本の薔薇の花束   鳥羽省三


(鈴麗)
○  沸々と煮える困惑見ないふり「コーヒーメーカーつけっぱなしよ」

 「沸々と煮え」滾っていたとしても、「コーヒーメーカー」は格別に「困惑」しないはずである。
 したがって、「つけっぱなし」で「沸々と煮え」滾っている「コーヒーメーカー」を「見ないふり」して、煙草をふかしている男性に「困惑」どころか激怒なさっているのは、「コーヒーメーカー」では無くて、本作の作者・鈴麗さんでありましょう。
 〔返〕  言う前に自ら消そうそうすればコーヒーメーカー壊れないはず   鳥羽省三


(砂乃)
○  貧困は理由になるのか少年は穴開き靴下そのままで履く

 このケースでは、「貧困が理由になる」のでありましょう。
 「少年」が「穴開き靴下」を「そのままで履く」のは、「靴下」を買うお金が無い程に「貧困」だというよりも、その「少年」の属する家庭が、もっと根本的な本質的な部分で「貧困」状態に陥っているからでありましょう。
 〔返〕  貧困は金のみならず根本は精神に在り親の心に   鳥羽省三  


(那緒)
○  困惑の表情浮かべるあなたから「めんどくさい」を受信しました

 「困惑の表情」を「浮かべる」理由もさまざまでありましょうが、その根本に在るのは、やはり「めんどくさい」から、ということでありましょう。
 本作の作者・那緒さんの心のアンテナは、感度がかなり宜しいのかも?
 〔返〕  お互いに相手を知ってて黙ってる今更別離も「めんどくさい」か   鳥羽省三
 

(峰月 京)
○  そそるなあ 惚れた弱みかなんなのか困った顔の憎い女め

 こちらのカップルも、お互いにお相手のお手の内を十分にご承知なさって居られるのでありましょうが、その知悉の度合いは、どちらかと言うと、お相手よりも本作の作者の方がかなり低いと思われる。
 したがって、「そそるなあ 惚れた弱みかなんなのか」という三句は、決して“音数合わせ”では無い、と思われますが、初稿では「なんなのか」が欠けておりました。
 〔返〕  憎いなあ 惚れた弱みを知っててか困り顔して入って来ぬぞ   鳥羽省三 


(稲生あきら)
○  いつだって自分の都合で困っている困らせている困ったやつだ

 「いつだって自分の都合」を優先させているのだから、「困っている」ことや「困らせている」ことがあっても、“困らせられている”ことは無いから、「困ったやつだ」ということになるのである。
 他人と自分との関係が、一方的に“困らせられる”だけの関係になるのは、「困らせて」やろうとする相手の意志を優先させなければならない。
 然るに「やつ」は、「自分の都合」ばかりを優先させるから、「やつ」と他人との間は、永久に“困らせられる”関係にはならないのである。
 〔返〕  いつだって作者に譲って書いている困ったことにお人好しなのだ   鳥羽省三


(アンタレス)
○  見舞うとを断りいれば沙汰もなく友等来れリ嬉し困惑

 先方から「見舞う」との申し出があったのにも関わらず自分が断わった、ということも言いたい。
 先方からの「見舞う」との申し出を断わったにも関わらず、連絡も無しに、突然見舞い客がやって来た、ということも言いたい。
 突然の見舞い客なので「嬉し」かった、とも言いたい。
 だが、その反面、突然の見舞い客なので「困惑」した、とも言いたい。
 わずか三十一音の中に、あれも言いたい、これも言いたい、この言葉も使いたい、あの言葉も使いたい、と欲張るから、こんな始末になってしまったのである。
 「見舞うとを断りいれば」なんて表現は、あまりしませんよ。
 また、“連絡も無く”とか“無断で”とか言えばいいのに「沙汰もなく」などと四角張った言い方をする人も、あんまりいませんよ。
 〔返〕  突然のお見舞いだから嬉しいが素顔見せちゃい恥ずかしかった   鳥羽省三


(砺波湊)
○  犬だろうけど気になっている表札の「谷本 悟 喜久江 困惑」

 「困惑」という名の「犬」が居るとは思えませんが、もしも、居たとしたらご近所の人たちが、大いに「困惑」するに違いありません。
 〔返〕 「悟るのか悟らぬのかと妻に聞くえ」「訊かれた妻は困惑するえ」   鳥羽省三


(花夢)
○  猫に似てきてるわたしを恋人は困惑するどころか喜ぶ

 今から三十年ほど前のことですが、東北地方一帯から一斉に野良猫が消えた、という不思議な出来事がありました。
 また、その一年前には、北関東一帯から野良猫ばかりでは無く、飼い猫も一斉に姿を消し、猫好きの間で、「関西方面で三味線の皮が不足している為に、猫泥棒たちが徒党を組んで関東以北に猫狩りにやって来たそうだ」という、嘘か本当か判らないような噂が飛んだものでした。
 察するに、花夢さんの「恋人」は、その猫泥棒の末裔であり、「猫に似てきてる」花夢さんの化けの皮を剥ごうとなさっているのでありましょう。
 したがって、花夢さんは、ゆめゆめその「恋人」に心を開いたり肌を許したりなさってはいけませんよ。
 〔返〕  花夢の皮を張ったる三味線で『花街の母』の伴奏をする   鳥羽省三