[特選一席]
○ すきとおる日差しに春の匂いして今日より化粧は薄くして出づ (横浜市) 樋口美智子
詠い出しに「すきとおる日差しに春の匂いして」とある。
これは、それまでのどんよりと曇った冬空から打って変わってくっきりと晴れ上がった春先の空や空気の印象を感覚的に述べたのでありましょう。
また、そうした「春の匂い」のする季節に巡り会ったならば、どんな女性だって歌舞伎役者のような厚「化粧」を止め、「すきとおる」ような薄い「化粧」をして、何処かに外出したくなるものでありましょう。
人間は誰しも季節に応じて心を動かして行くものである。
本作の作者・樋口美智子さんもまた人間であり、しかもその人間中の選ばれたる存在の女性でありますから、その例外ではありません。
この日、樋口美智子さんは持ち前の美肌に「すきとおる」ような薄化粧を施してズーラシアにお出掛けになったのでありましょうか?
だとすれば、ズーラシアでは並み居る動物たちが一斉に彼女を振り向き、彼女の折からの水仙の花にも似た美しさに驚嘆の声を上げたに違いありません。
〔返〕 ナーシサスさえも顔負け美智子さん肌も芳し顔も麗し 鳥羽省三
北極熊さえも負けちゃう美肌にて園内歩めばオカピイも笑む 々
[同二席]
○ わが影は座りたるまま動きゆく椅子の形の影を伴ひ (小松島市) 関 政明
お身体が不自由な歌人・関政明さんは、久しぶりに晴れ上がったこの日、車椅子で外出なさったのでありましょう。
関政明さんの介助の方が車椅子を押せば、「椅子の形の影を伴ひ」関政明さんの「影」は座ったまま、すっかり春らしくなった街路を動いて行くのでありましょう。
関政明さんご自身が「動きゆく」のではなく、関政明さんの「影」が「座りたるまま動くゆく」のである。
自分の「影」が「椅子の形の影を伴ひ」ひとりでに「動きゆく」ことの不思議さ。
その不思議さにうっとりとなさって居る関政明さんの姿が彷彿とされる佳作でありましょう。
〔返〕 我が手にて廻せば動く車椅子自分の影を自分で送る 鳥羽省三
[同三席]
○ 祖母、母と継ぐ漬菜桶とり出だし洗ひしばらく日に当てており (岩国市) 森田アヤ子
「祖母」から「母」へ、「母」から本作の作者・森田アヤ子さんへと受け継がれた「漬菜桶」。
その「漬菜桶」を漬物小屋から「とり出だし」、森田アヤ子さんは「水洗ひ」し、「日に当てて」いるのでありましょう。
毎日のように晴れ上がるしかない瀬戸内地方の冬空。
その冬空へと、祖母以来の「漬菜桶」からほのぼのと高菜漬けの残り香が立ち昇って行くのである。
表現上の問題について一言申し上げれば、「洗ひしばらく」という四句目を、「洗ひてしばし」とする手もありましょうか?
〔返〕 がたが来た箍を繕ひまだ使ふ祖母伝来の漬菜の桶よ 鳥羽省三
[入選]
○ 水色をかすかに帯びる濡れ雪を双手に丸め春の水抱く (青森市) 蝦名洋子
「水色をかすかに帯びる濡れ雪」という表現に、作者・蝦名洋子さんの観察眼の確かさと表現の適切さが窺われる。
その「濡れ雪を双手に丸め春の水抱く」とありますが、冬の終りの「濡れ雪」は、その言葉通り「濡れ」ていて、水分を多く含んでおりますから、「双手」で以って「丸め」て雪玉を作ろうとすれば、逸早く「春の水」を「抱く」結果となるのである。
間も無く訪れようとしている、北国・青森の春。
その青森の春を先取りして、本作の作者・蛯名洋子さんは「春の水」を抱いたのである。
〔返〕 逸早く春の水抱きその夜は夫に抱かれしとどに濡れる 鳥羽省三
○ ゴミ出しの日より大きな丸つけて母は待ってるわれの訪う日を (仙台市) 村岡美知子
高齢者家庭のカレンダーの「ゴミ出しの日」には、赤いマジックで「大きな丸」が付いているものである。
お茶の間のカレンダーに、その「ゴミ出しの日より」も、もっともっと「大きな丸」を「つけて」、本作の作者・村岡美知子さんのお母様は、娘・美知子さんの「訪う日」を、一日も早くと待ち焦がれているのである。
〔返〕 震災の被害はいかがお母さん一人暮らしはさぞ辛からむ 鳥羽省三
○ 突然に君が差し出す小さき箱を疑っている四月一日(えいぷりるふーる) (かすみがうら市) 高橋悦子
作中の「君」は、フレゼントなど貰いつけないことでもあり、また、当日は生憎「四月一日」でもあったから、「まさか私に」とお思いになったのでありましょう。
普段からプレゼント攻めに悩まされている評者なら、「またか」と思ったことでありましょう。
あの“バレンタインディー”の日に貰ったチョコが、未だに我が家の冷凍庫の中に山成して居りますよ。
本当に困ったもんです。
〔返〕 箱の中につぎつぎ箱が入ってて最後は空気エイプリルフール 鳥羽省三
○ 忘れ得ぬ一日ひとひの抽斗を開けてまた閉づ音のなき夜に (枚方市) 三上 昇
我が家の李朝風薬箪笥には、大小取り混ぜ百余りの「抽斗」が在るのであり、天気予報が外れて早朝から生憎の花曇りとなってしまった今日は、妻の翔子が、その百余りの「抽斗」の一つ一つを布で磨いている様子である。
磨き終えたら、その一つ一つにダイヤモンドの指輪でも入れるつもりなのかしら。
冗談はこれくらいにして本論に入りましょう。
作中の「忘れ得ぬ一日ひとひの抽斗」とは架空の「抽斗」、即ち、本作の作者・三上昇さんの“過去の思い出”でありましょう。
また、作中の「音のなき夜」とは、ご家族の方々が寝静まり、来客は勿論、電話もメールも来ない深夜のことでありましょう。
そんな「音のなき夜」に、三上昇さんは眠れないままに、そうした「抽斗」の一つ一つを「開けてまた閉づ」という、空しい行いを繰り返していらっしゃるのでありましょう。
あっ、失礼致しました。
たった今、私は、ついうっかり「空しい行いを繰り返していらっしゃるのでありましょう」などと、大変失礼なことを口に出してしまいましたが、そうした“行い”が空しいか空しくないかは、ご当人でなければ判らないことでありましょう。
大変、大変失礼致しました。
幾重にもお詫び申し上げます。
〔返〕 熟慮してみれば益々虚しくて空の抽斗開けてまた閉づ 鳥羽省三
○ 日の当たる庭でままごとする子等の声にわたしの口癖を聞く (岡山市) 柴原佳子
「ままごとする子等の声にわたしの口癖を聞く」とは、全く傑作である。
〔返〕 「『勉強しろ、勉強しろ』だけなのよ。九官鳥みたくママ繰り返してる」 鳥羽省三
○ つとめより戻りては打つ庭畑日永となるを喜びとして (山口市) 國重歌子
本作の作者・國重歌子さんの勤め先は学校または市役所。
いずれにしても、公務員関係でありましょう。
〔返〕 先生のおかずはいつもプチトマト庭の畑に植えてたからね 鳥羽省三
○ すきとおる日差しに春の匂いして今日より化粧は薄くして出づ (横浜市) 樋口美智子
詠い出しに「すきとおる日差しに春の匂いして」とある。
これは、それまでのどんよりと曇った冬空から打って変わってくっきりと晴れ上がった春先の空や空気の印象を感覚的に述べたのでありましょう。
また、そうした「春の匂い」のする季節に巡り会ったならば、どんな女性だって歌舞伎役者のような厚「化粧」を止め、「すきとおる」ような薄い「化粧」をして、何処かに外出したくなるものでありましょう。
人間は誰しも季節に応じて心を動かして行くものである。
本作の作者・樋口美智子さんもまた人間であり、しかもその人間中の選ばれたる存在の女性でありますから、その例外ではありません。
この日、樋口美智子さんは持ち前の美肌に「すきとおる」ような薄化粧を施してズーラシアにお出掛けになったのでありましょうか?
だとすれば、ズーラシアでは並み居る動物たちが一斉に彼女を振り向き、彼女の折からの水仙の花にも似た美しさに驚嘆の声を上げたに違いありません。
〔返〕 ナーシサスさえも顔負け美智子さん肌も芳し顔も麗し 鳥羽省三
北極熊さえも負けちゃう美肌にて園内歩めばオカピイも笑む 々
[同二席]
○ わが影は座りたるまま動きゆく椅子の形の影を伴ひ (小松島市) 関 政明
お身体が不自由な歌人・関政明さんは、久しぶりに晴れ上がったこの日、車椅子で外出なさったのでありましょう。
関政明さんの介助の方が車椅子を押せば、「椅子の形の影を伴ひ」関政明さんの「影」は座ったまま、すっかり春らしくなった街路を動いて行くのでありましょう。
関政明さんご自身が「動きゆく」のではなく、関政明さんの「影」が「座りたるまま動くゆく」のである。
自分の「影」が「椅子の形の影を伴ひ」ひとりでに「動きゆく」ことの不思議さ。
その不思議さにうっとりとなさって居る関政明さんの姿が彷彿とされる佳作でありましょう。
〔返〕 我が手にて廻せば動く車椅子自分の影を自分で送る 鳥羽省三
[同三席]
○ 祖母、母と継ぐ漬菜桶とり出だし洗ひしばらく日に当てており (岩国市) 森田アヤ子
「祖母」から「母」へ、「母」から本作の作者・森田アヤ子さんへと受け継がれた「漬菜桶」。
その「漬菜桶」を漬物小屋から「とり出だし」、森田アヤ子さんは「水洗ひ」し、「日に当てて」いるのでありましょう。
毎日のように晴れ上がるしかない瀬戸内地方の冬空。
その冬空へと、祖母以来の「漬菜桶」からほのぼのと高菜漬けの残り香が立ち昇って行くのである。
表現上の問題について一言申し上げれば、「洗ひしばらく」という四句目を、「洗ひてしばし」とする手もありましょうか?
〔返〕 がたが来た箍を繕ひまだ使ふ祖母伝来の漬菜の桶よ 鳥羽省三
[入選]
○ 水色をかすかに帯びる濡れ雪を双手に丸め春の水抱く (青森市) 蝦名洋子
「水色をかすかに帯びる濡れ雪」という表現に、作者・蝦名洋子さんの観察眼の確かさと表現の適切さが窺われる。
その「濡れ雪を双手に丸め春の水抱く」とありますが、冬の終りの「濡れ雪」は、その言葉通り「濡れ」ていて、水分を多く含んでおりますから、「双手」で以って「丸め」て雪玉を作ろうとすれば、逸早く「春の水」を「抱く」結果となるのである。
間も無く訪れようとしている、北国・青森の春。
その青森の春を先取りして、本作の作者・蛯名洋子さんは「春の水」を抱いたのである。
〔返〕 逸早く春の水抱きその夜は夫に抱かれしとどに濡れる 鳥羽省三
○ ゴミ出しの日より大きな丸つけて母は待ってるわれの訪う日を (仙台市) 村岡美知子
高齢者家庭のカレンダーの「ゴミ出しの日」には、赤いマジックで「大きな丸」が付いているものである。
お茶の間のカレンダーに、その「ゴミ出しの日より」も、もっともっと「大きな丸」を「つけて」、本作の作者・村岡美知子さんのお母様は、娘・美知子さんの「訪う日」を、一日も早くと待ち焦がれているのである。
〔返〕 震災の被害はいかがお母さん一人暮らしはさぞ辛からむ 鳥羽省三
○ 突然に君が差し出す小さき箱を疑っている四月一日(えいぷりるふーる) (かすみがうら市) 高橋悦子
作中の「君」は、フレゼントなど貰いつけないことでもあり、また、当日は生憎「四月一日」でもあったから、「まさか私に」とお思いになったのでありましょう。
普段からプレゼント攻めに悩まされている評者なら、「またか」と思ったことでありましょう。
あの“バレンタインディー”の日に貰ったチョコが、未だに我が家の冷凍庫の中に山成して居りますよ。
本当に困ったもんです。
〔返〕 箱の中につぎつぎ箱が入ってて最後は空気エイプリルフール 鳥羽省三
○ 忘れ得ぬ一日ひとひの抽斗を開けてまた閉づ音のなき夜に (枚方市) 三上 昇
我が家の李朝風薬箪笥には、大小取り混ぜ百余りの「抽斗」が在るのであり、天気予報が外れて早朝から生憎の花曇りとなってしまった今日は、妻の翔子が、その百余りの「抽斗」の一つ一つを布で磨いている様子である。
磨き終えたら、その一つ一つにダイヤモンドの指輪でも入れるつもりなのかしら。
冗談はこれくらいにして本論に入りましょう。
作中の「忘れ得ぬ一日ひとひの抽斗」とは架空の「抽斗」、即ち、本作の作者・三上昇さんの“過去の思い出”でありましょう。
また、作中の「音のなき夜」とは、ご家族の方々が寝静まり、来客は勿論、電話もメールも来ない深夜のことでありましょう。
そんな「音のなき夜」に、三上昇さんは眠れないままに、そうした「抽斗」の一つ一つを「開けてまた閉づ」という、空しい行いを繰り返していらっしゃるのでありましょう。
あっ、失礼致しました。
たった今、私は、ついうっかり「空しい行いを繰り返していらっしゃるのでありましょう」などと、大変失礼なことを口に出してしまいましたが、そうした“行い”が空しいか空しくないかは、ご当人でなければ判らないことでありましょう。
大変、大変失礼致しました。
幾重にもお詫び申し上げます。
〔返〕 熟慮してみれば益々虚しくて空の抽斗開けてまた閉づ 鳥羽省三
○ 日の当たる庭でままごとする子等の声にわたしの口癖を聞く (岡山市) 柴原佳子
「ままごとする子等の声にわたしの口癖を聞く」とは、全く傑作である。
〔返〕 「『勉強しろ、勉強しろ』だけなのよ。九官鳥みたくママ繰り返してる」 鳥羽省三
○ つとめより戻りては打つ庭畑日永となるを喜びとして (山口市) 國重歌子
本作の作者・國重歌子さんの勤め先は学校または市役所。
いずれにしても、公務員関係でありましょう。
〔返〕 先生のおかずはいつもプチトマト庭の畑に植えてたからね 鳥羽省三