私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『国盗り物語』 司馬遼太郎

2009-08-31 21:48:17 | 小説(歴史小説)


世は戦国の初頭。松波庄九郎は妙覚寺で「智恵第一の法蓮房」と呼ばれたが、発心して還俗した。京の油商奈良屋の莫大な身代を乗っ取り、精力的かつ緻密な踏査によって、美濃ノ国を“国盗り”の拠点と定めた!戦国の革命児斎藤道三が、一介の牢人から美濃国守土岐頼芸の腹心として寵遇されるまでの若き日の策謀と活躍を、独自の史観と人間洞察によって描いた壮大な歴史物語の緒編。
出版社:新潮社(新潮文庫)



十代のころは、『竜馬がゆく』や『燃えよ剣』など、好んで司馬作品を読んだものだけど、最近は特に理由もないまま、いつの間にかまったく読まなくなってしまった。
今回、多分十年弱ぶりくらいに、司馬に触れてみたのだけど、やっぱりこの作家の小説はおもしろいな、と若いころに思ったのと、同じ感想を抱いてしまう。
歴史ロマンを感じさせるプロットラインにはわくわくさせられるし、しょっちゅう余談が入るほどの豊富な歴史考証は知的好奇心を刺激される。

だが司馬作品をここまでおもしろいと感じることができるのは、歴史上の人物をいきいきと描写しているという点が大であろう。
司馬の長編を読むと、大体の場合、僕は登場人物に好きになる。
そういう感情を読み手に思わせることこそ、司馬作品の最大の特質ではないか、と僕は思うのだ。


本作の主人公は前半と後半で分かれている。
前半の主人公は美濃の蝮、斉藤道三だ。

この道三が結構おもしろい。
道三という人は探究心が恐ろしく旺盛で、神仏に頼らず、むしろ神仏よりも自分の方が上だと感じている節すらある。野心のために、数多くの計算高い謀略を駆使し、それに対する迷いがない。精神的にかなり図太い男だ。
はっきり言えば、彼は悪党なのだろう。だけど、その迷いのなさが、読んでいて非常に小気味よく感じられる。

道三は手始めに油屋を手に入れ、そこから美濃の国盗りの地盤を得るため行動していく(史実は違うが)。
他人の感情をいちいち計算に入れて、行動する道三は本当に食えない男だ。しかも行動力は旺盛で、本当に精力的。心の底から敵に回したくない人物だと幾度も思ってしまう。

そんな風に、丁寧に道三像が描かれているだけに、彼の栄光と転落の様には、終始心を惹きつけられっぱなしだった。
晩年の攻めに徹しきれなくなった姿や、最後の合戦を前にする悲壮な心情も含めて、道三という男は本当に魅力的に描きつくされている。


そんな道三を描いた前半部だけでも、物語としては十二分におもしろいのだが、本作は後半になって、さらにおもしろさが増してくる。これには本当に驚いてしまった。

後半は一応、文庫の表記を見る限り、織田信長の方がメインの主人公なのだろう。
だが信長よりも、もう一人の主人公、明智光秀の方に、作者が肩入れしていることは明らかだ。

光秀という人はエリート意識の強い、神経質なインテリで、懐古趣味が強く、不器用な側面がある。
そして恐ろしくくそマジメな人物でもある。

旅先で彼は行きずり女と寝るシーンがあるのだが、そこで自分の姓名をしっかり名乗り、子ができたときは俺を頼れ、といちいち律儀に念を押してから女を抱いている。
それは光秀の性格をよく表しているだろう。あまりに几帳面で、僕はちょっと笑ってしまった。
ときどきエリート臭が鼻につく人だが、こういう部分を読むと、なかなか愛すべきキャラだなと思ってしまう。
元々戦国武将の中でも明智光秀は好きな方だったが、さらに光秀を好きになった感じだ。

そんな神経質で懐古趣味の強い光秀は、信長に仕えることになる。
だが、信長のように、ときに恐ろしく残忍で、果断な行動を好み、既成の権威を否定しがちな人物と、光秀とでは性格が合うはずなどないのである。
実際の歴史的な事情はともかく、この作品を読む限り、謀反を起こす光秀の感情も非常に理解できる。
そして光秀の心理描写が細緻であるがゆえに、物語を臨場感もって楽しめるのだ。


戦国期は、小説に限らず、テレビなどでも描きつくされた感のある分野だ。
だがそのやりつくされ、誰もが知っている物語でも、人物を鮮やかに描出することで、終始読み手の興味をひきつけることができる。
そしてその点こそ司馬遼太郎という作家の上手さであり、おもしろさの重要な要因なのだろう。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

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2 コメント

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Unknown (緑の)
2009-11-22 08:14:15
司馬涼太郎の「関が原」を読みました。
すごくおもしろかったです。

石田三成のイメージが一気に良くなる小説でした。

ただ、4巻を読み切るには、すこし時間がかかりました。

「国取り物語」も面白そうですね。
戦国時代のお話は、面白い。
 学生の頃、読んでいたら人生が変わっていたかもしれません。
「対岸の彼女」を読んでから読みたいと思います。

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Unknown (qwer0987)
2009-11-23 21:29:55
コメントありがとうございます。

『関が原』は一度読んでみたい作品なんですよね。
三成は戦国武将の中では、わりに好きな方なんで。読めば多分はまるんだろうな。

『国盗り物語』はおもしろいです。戦国時代が好きなら、読む価値ありです。
道三もいいけれど、光秀がいい味出してます。
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