友もなく、女もなく、一杯のコップ酒を心の慰めに、その日暮らしの港湾労働で生計を立てている十九歳の貫太。或る日彼の生活に変化が訪れたが…。こんな生活とも云えぬような生活は、一体いつまで続くのであろうか―。昭和の終わりの青春に渦巻く孤独と窮乏、労働と因業を渾身の筆で描き尽くす表題作と「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」を収録。第144回芥川賞受賞。
出版社:新潮社
表題作『苦役列車』の主人公、北町貫多は、作者の西村賢太をモデルにしているらしい。
そういったいわゆる私小説がどの程度、現実をなぞり、真実を描いているのかわからないのだけど、小説を読む限り、主人公の北町貫多は、どーしようもないダメ人間だと思った。
北町貫多は十八か十九。中卒の彼を雇ってくれるところもないため、日雇い仕事で生計を立てている。
だが金は稼ぐそばから飲みなどに使い、お金を貯める時があっても、それは女を買うための貯金でしかない。家賃はしばしば滞納するし、そのために大家から追い出されたりもする。
そして唯一の仕事である、日雇い仕事ですら、金がないのに長続きもせず怠けてばかりいる。
それらの生活はなかなか生々しく、筆力もあって、かなり読ませる力がある。
とは言え、個人的な価値観からすると、もうちょっとしっかりしなよ、と言いたくなるようなひどい生活である。
そういった怠惰な部分を抜きにしても、北町貫多という人は結構めんどくさい人だ。
彼はひがみと、妬みと、卑屈と、被害者意識と、根拠のない自尊心の塊のような人である。
女房子ども持ちの高橋には持ち前の被害者意識から厭味を言って、遠ざけたりするし、バイトで親しくなった日下部とその彼女の美奈子と一緒に酒を飲んだときは、妬みとそねみと被害者意識もあって、攻撃的な言葉を吐いて、相手を不快にさせている。
日下部の言葉じゃないが、本当に「扱いにくい奴」で、その人間性のゆがみ方には、感心すらしてしまう。
だが彼が自虐的に、自分の劣等感をさらけだし、そのひがみ根性から、相手に対して呪詛の言葉を吐くたびに、妙なおかしみが浮かんでくるからふしぎなのだ。
彼の言葉は不愉快そのものだし、眉をひそめたくなるものばかり。だがなぜか変に笑えてしまう。
特に笑えるのが、日下部とその彼女に対する悪意に満ちた言葉の数々だ。
バイトで親しくなった日下部に、彼女がいるとわかった後の貫多の言葉は本当におかしかった。
貫多は彼女持ちの日下部に対してひがみ、羨望し、同時に彼らをとことん罵倒する。そしてその流れで、むかし喧嘩別れした女を未練たらたらと思い出す。
その場面での貫多は、本当にひどい言葉ばかり使っている。
しかし、それらの言葉は、あまりに露骨であるがゆえに、バカバカしくて、笑えてしまうのだ。
彼の行動も、自虐的な語りも、心情も、はっきり言って、むちゃくちゃ醜いものばかりだ。
だが醜いゆえに、それはとっても生々しく、どうしようもないくらいに滑稽なのである。
人生は見ようによっては仕様もないくらいに喜劇であるのかもしれない。
そんなことを本作を読んで僕は思った。
併録の『落ちぶれて袖に涙のふりかかる』は、作家になった後の、北町貫多の日常が描かれている。
なかなかおもしろい作品なのだが、それはそれとして、基本的にこの人は20年以上経っても根本は変わっていないことがよくわかる。
相変わらずひねくれていて、つきあうにはなかなかめんどくさい。
こちらで描かれているのは、作家として文名を上げたいという貫多の切実な思いだ。
彼は編集者、評論家、読者をさんざん呪詛し、罵倒している。
けれどどれだけ誰かをけなしても、自分が作家として評価されずに消えてしまうのでは、という恐怖はあるらしい。
彼は堀木克三という、いまとなっては消えた評論家を、本作でさんざんバカにしている。
だが自分も堀木と同じような境遇になる可能性があることに彼は気づき、恐れてもいるのだ。
その恐怖心はなかなか切実で、リアルである。それだけに強い説得力があり、深く心に残った。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
そのほかの芥川賞受賞作品感想
第5回 尾崎一雄『暢気眼鏡』
第75回 村上龍『限りなく透明に近いブルー』
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第141回 磯憲一郎『終の住処』
第143回 赤染晶子『乙女の密告』
第144回 西村賢太『苦役列車』
第144回 朝吹真理子『きことわ』
確かにこの作者のインパクトは大きいですよね。
内容は、あの作者のイメージ通りのものです。好き嫌いは分かれそうですが、僕は好きです。
おもしろそうですね(*^_^*)