親元を出て、母の知り合いである七十歳近い吟子さんの家に来た「わたし」。バイトをし、恋をし、日々を生きる「わたし」の一年を描く。
第136回芥川賞受賞作。
出版社:河出書房新社
「メッタ斬り」コンビに酷評されていたのでどれほどひどいのだろう、と、ある意味わくわくしながら読んだのだが、思った以上に悪くなくて拍子抜けである。たしかに地味で冗漫な作品とは思うけれど、少なくともけちょんけちょんにけなすほどの作品には思えなかった。
ロー・テンションな物語である。
文章の底にもったりと漂う女性的な、倦怠感すらただよう雰囲気が印象深い。その中で、悪意や思惑や、激しさのない控えめな感情を丹念につむぎ出しており、悪くない。
そういった中から浮かび上がってくるのは、主人公の孤独だろう。
手くせが悪くて収集したものを集める箱を眺めるシーンや、「死にたいな」、と思うシーンなど、様々な場面からそこはかとなく伝わる、ひとりであるということや、やるせないような雰囲気がゆるやかに描かれている。その描写にはわざとらしくなく、技巧的になりすぎてもおらず、さりげないところが良い。
そしてそういって積み重ねていった時間も、日常の暮らしの中で過去となり、埋没していく。そんな予感を感じるラストの電車でのシーンは個人的には好きだ。
絶賛するほどでも、けなすほどでもない、シンプルな佳品といったところだろう。
評価:★★★(満点は★★★★★)
そのほかの芥川賞受賞作品感想
第128回 大道珠貴『しょっぱいドライブ』
第134回 絲山秋子『沖で待つ』
第135回 伊藤たかみ『八月の路上に捨てる』
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます