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娘の緑子を連れて豊胸手術のために大阪から上京してきた姉の巻子を迎えるわたし。その三日間に痛快に展開される身体と言葉の交錯をつづる。
シンガーソングライター出身の川上未映子による第138回芥川賞受賞作。
出版社:文藝春秋
「乳と卵」は、大阪弁を交えた口語体の文章でつづられていて、そのリズムが大変心地よく、テンポ良く読み進めることができる。
そしてその文体のためかところどころに散りばめられたユーモアが大変おもしろく楽しむことができた。「色も大きさもなんでここにオレオがっていうこれはないよ」とか、「いや、今月も来月も受精の予定は、ないですよ」とかの言葉のセンスは最高で、大いに笑った。
それに笑いに関する間の取り方も絶妙に上手い。巻子が「わたし」に胸を見せ「どう思う」と言うシーンや、母子が卵を頭にぶつけ合った後、「もう卵はないの」と聞くシーンはシリアスなのにとぼけた雰囲気がある。並みのセンスではなかなかこういうシーンを上手には描けないだろう。見事なものだ。
物語は女性性がテーマになっており、ユーモアだけでなく真摯さも感じられる。そのテーマ性を、メタファーを駆使することにより徐々に立ち上がらせている辺りが抜群に上手い。
メタファーの挿入や使い方、出す順番などは緻密に計算されているのがわかり、そこから女性性と、それに絡んだ自分の体に対する違和感を、母娘の対比の中、あぶりだしていく手腕に心底舌を巻く。
そしてそのテーマ性はキャラの力でさらに魅力的なものに仕上がっているのが印象深い。
特に緑子の造形はすばらしい。豊胸手術に熱心になる母親に嫌悪感を抱き、口をきかないといったケンカをしながらも、実は母のことを愛している姿は素直に胸を打つ。思春期特有の複雑さはあるものの、基本的にいい子であるところが好印象だ。
また生理がやがて自分に訪れることに不安を覚える姿もリアリスティックで、男だけど共感するものがある。
そんな緑子の丁寧な描写があるからこそ、ラストでカタルシスを得ることができるのだ。
僕は男であるので、女性の体のことは頭の中でしか理解できないが(生理の描写を読むと、本当に女性は大変だな、と思ってしまう)、そこにある矛盾なり、答えの出ない部分には性別を越えた共感を抱くことができる。
ラストの和解も、女性性を越えたところにある愛のつながりを感じることができ、感動した。
綿矢、金原からかかさず芥川賞をチェックしてきたが、本作が近年の芥川賞の中では一番好きである。
併録の「あなたたちの恋愛は瀕死」も個人的には好きだ。
性交と人間との関係性に対する思考もおもしろいが、ラストの関係性の孤絶を思わせる不気味さも忘れがたい。くどいくらいの饒舌体も作品にマッチしていて、作者の才能は本物だと再確認することができる。
ともかくも、これからも注目していきたいと思わせる豊かな才能に出会えて、満足そのものである。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
そのほかの芥川賞受賞作品感想
第128回 大道珠貴『しょっぱいドライブ』
第134回 絲山秋子『沖で待つ』
第135回 伊藤たかみ『八月の路上に捨てる』
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