私的感想:本/映画

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『きことわ』 朝吹真理子

2011-03-31 20:02:09 | 小説(国内女性作家)

永遠子は夢をみる。貴子は夢をみない。葉山の高台にある別荘で、幼い日をともに過ごした貴子と永遠子。ある夏、突然断ち切られたふたりの親密な時間が、25年後、別荘の解体を前にして、ふたたび流れはじめる―。第144回芥川賞受賞。
出版社:新潮社




巧みとしか言いようのない作品が、必ずしもおもしろい作品とは限らない。
あるいは、おもしろくない作品が、必ずしも下手な作品とは限らない。
『きことわ』はその典型のような作品だと個人的には感じる。
少なくとも、お話という点に限るなら、僕の趣味の作品ではない。


『きことわ』をざっくりとまとめるなら、幼いときからの知り合いである二人の女性の記憶をめぐるお話、と言ったところだろうか。

正直なところ僕からしたら、だから何、っていう感じのお話でしかなかった。
盛り上がりも特にないまま、物語は淡々と進んでいくばかりだ。その過程で、二人のきずなや関係性の強さが見えてくるけれど、それだけのことでしょ、という風に僕には見える。
それはひょっとしたら僕が男で、女性同士のきずなのようなものに興味が惹かれないからかもしれない。
ともかく、お話そのものの印象は、個人的には辛くならざるを得ない。


だが技術的な観点から見ると、本書はびっくりするくらいに上手いのだ。

『きことわ』でまず目を惹くのは文章だろうか。
流れるようなという形容が文章ではよく使われるが、本作の文章も、本当に流れるような雰囲気がある。
一つ一つの単語の選び方が適切で、自然であり、心にすっと沁み込んでくるような訴求力に満ちている。
おかげで大して興味を惹かれない物語だけど、これっぽちも飽きることなく読み進めることができるのだ。
これは強烈な美点だろう。


また物語の構成力もすばらしい。

この小説では、記憶を扱っているためか、時間軸が大きくいじられている。
一応、メインの流れは、逗子にある別荘を閉めるための片づけをしている現在にあるが、その過程で頻繁に過去の二人の記憶が挿入されていく。
そのエピソードの入れ方が本当に自然で、かなり上手いのだ。
そしてその入り組んだ記憶の海から、二人の関係性が立ち上がってくるところなどは、ため息が出るほど巧妙である。

また二人の記憶が、現実とも幻想ともつかない味わいに満ちている点も、一読忘れがたいものがある。
髪を引っ張られる話に限らず、記憶であるのに、文字通り夢の中のできごとのようなエピソードもいくつかあり、その不可思議な雰囲気は味わい深い。


本作は僕の趣味には合わない面も多くある。しかし同時にいくつもの美点に彩られた一品でもある。
きっとすなおに楽しめる人には、この上なく心地よい作品なのだろう、と感じる次第だ。

評価:★★★(満点は★★★★★)



そのほかの芥川賞受賞作品感想
 第5回 尾崎一雄『暢気眼鏡』
 第75回 村上龍『限りなく透明に近いブルー』
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 第134回 絲山秋子『沖で待つ』
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 第137回 諏訪哲史『アサッテの人』
 第138回 川上未映子『乳と卵』
 第139回 楊逸『時が滲む朝』
 第140回 津村記久子『ポトスライムの舟』
 第141回 磯憲一郎『終の住処』
 第143回 赤染晶子『乙女の密告』
 第144回 朝吹真理子『きことわ』
 第144回 西村賢太『苦役列車』

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