ものみの塔の民事責任考察 離婚裁判例
■宗教団体の民事責任
カルトと呼ばれる宗教団体が総じて引き起こす社会的な問題の類型をおさらいしておこう。
その1:社会に対する問題・犯罪
その2:家族関係破壊問題
その3:金銭問題
その4:信者搾取問題
このうち刑事責任では、主に1と3、また4の一部について考慮したが、具体的に被害者がいるような案件においては刑事責任とともに民事責任も当然存在すると考えられる。
詐欺や恐喝における損害賠償請求などが実際になされている。
そこで、主に民事責任が問われると見られる事案については、主に2と4の類型を考えることになる。
まず家族関係破壊問題についてだが、これは今まで裁判が起こされた事例を見る限り、概ね以下の二つに集約される。
1、信者による多額の献金を家族が阻止しようとする事件
2、離婚および親権に関する事件
もっとも、1は宗教団体自身が関係するものだが、2については宗教団体そのものは関係せず、家族内に宗教が入り込むことによって起きるものでしかないことには注意が必要である。
■未知の、金銭+家族問題
エホバの証人に関連させて考えると、このうち1については、将来的に問題となる可能性がある。
既に他教団ではいくつもの裁判事例があるが、それこそ洗脳状態で脅しをかけ、存命中の信者から財産を身ぐるみ剥がそうとする教団に対して、家族が財産の保全処分を求めるというものが中心で、これはほとんどが認められてきた。
ものみの塔も現在、遺産の寄付を盛んに推奨しているが、実際に亡くなった信者の多額の遺産がものみの塔に流入して家族が騒ぎ出すとしても、しばらく後のことと思われるし、実際問題、信者自身がそれほど"多額"の遺産を残すかどうかについても少し微妙なところではある。
また実際に家族からの申し立てがあった場合、ものみの塔側がどれだけ強硬な態度に出るかもまだわからない。
いずれにせよ、エホバの証人においてこれがどれほどの問題となるかは未知数であり、まだ考察できる段階にはないものと考える。
■離婚裁判問題
対して2については、既に数十年にわたって多くの判例が存在し、裁判が起こされても多くの場合においてそう判断は難しくないというところまできていると思われる。
国内のエホバの証人が関係する離婚に関する裁判においては、信者である妻に対して非信者である夫が離婚を要求するという形で起きるものがほぼ100%を占めていると言われている。
ここで問題になるのは、離婚するに際して単純な夫婦間の問題だけでなく信仰の問題がどれほど関わっているか、だろう。
それによって、離婚を認める判決、認めない判決どちらも出ている。
・離婚が認められた例
夫がエホバの証人を信仰する妻に対して離婚を求めたところ、妻がエホバの証人の信仰を絶ち難いものであるとしているのに対し、夫は信仰を変えない妻との間で婚姻生活を継続していくことは到底不可能であると考えており、そのような対立は既に十数年にわたって継続されてきたものであるなどとされ、3人の子のうち2人は既に成人し、残る1人も来年成人するというケースで、夫からの離婚請求が認められた例
(東京地裁平成9年10月23日判決)
・離婚が認められなかった例
上の例と同様に、エホバの証人を信仰する妻に対し夫から離婚請求したケースで、夫の離婚意思は固いといえるとしながらも、小学生の子供が2人おり、夫婦にもやり直しの可能性があるなどとして、離婚を認めなかった例
(東京地裁平成5年9月17日判決)
上記の例からも分かるように、判決に際しては、子どもの存在や子どもに対する宗教教育も大きな要素として関わってくるのだが、まず夫婦間の問題に限って考えても、基本的に信者である妻の主張については退けられることが多い、つまり裁判になるとエホバの証人側は一般的に不利であるということが言える。
つまり、エホバの証人側としては
・ものみの塔の教義のおかげで自分は良い妻となっている(自分に非はない)
・しかし夫がそれを認めないため夫婦関係がうまくいかない
というロジックで自らの正当性を主張するものの、裁判所としては逆に
・夫がそれを認めるということはものみの塔の極めて偏った教義を認めるということで、普通の人には受け入れがたいものであること
・教義を認めるよう要求しているとすれば、妻の側にも大いに夫婦関係破綻の原因がある
…という点を認めている。
さらにこれに2世である子どもが絡むと、
・子どもに対しエホバの証人の教義を教えこまれることも夫として受け入れがたいものである
…という夫の主張が認められる。これをもって親権も夫にいくことが多いのである。
つまり、エホバの証人信者の側が考える「自分は正しい理論」というのは、既に明確に裁判所によって否定されている。
信者である妻の側は前述のとおり「教えによって夫に服する良い妻になって」おり、夫がエホバの証人を受け入れないのは「理解が足りないから」「勘違いしているから」と決め付ける。
しかし実際には夫に配慮してエホバの証人としての活動をやめる、控えるつもりは一切ないという強硬さを発揮し、エホバの証人の教えが一般的に受け入れられるようなものではないから反対されているという事実には目を向けようとしていない。それを裁判所ははっきりと指摘しているのである。
妻の側としては「離婚は望まない、夫への愛情はある」として、離婚の原因があくまでも夫の側にあるかのごとく主張をするわけだが、実際の判例においてはむしろ、それが「教義で離婚を禁じられているからしない、夫に従えと言われているからそうする」というのが真実であり、その教えは実感の伴わない形式的なもので、夫に対し一方的かつ独善的な要求をするエホバの証人側の態度が夫婦関係破綻の主因であるとさえ指摘しているものすらあるのだ。
(大分地裁昭和62年1月29日判決)
ブログ「エホバの証人の社会学」より転載
2014-12-29 20:00:00
テーマ:社会問題としての「エホバの証人」考察
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コメント
1. こんにちは
はじめまして、元JW2です。1997年から消滅しました。
> 子どもに対しエホバの証人の教義を教えこまれることも夫として受け入れがたいものである、という夫の主張が認められる。これをもって親権も夫にいくことが多いのである。つまり、エホバの証人信者の側が考える「自分は正しい理論」というのは、既に明確に裁判所によって否定されている。
これはすごい元気をいただきました。エホバの証人の教義がトンデモだと認めてもらっているということですね。エホバの証人は子どもを独立した人格とみていない向きがありますよね。それはわたしも重大な問題だと思っていました。
とても勉強になりました。ヒマをみてまた見にきます。
ルナ 2015-01-03 12:00:19 >>このコメントに返信
2. Re:こんにちは
>ルナさん
コメントありがとうございます。
宗教的な教えではありますが「配偶者を愛し離婚してはいけない」と、確かに人間的に正しく思える教えを行っていますから、エホバの証人側としては自分たちの何が悪いの?と思っているわけですよね。聞いているほうも一見騙されそうになると思います。
ですが司法も捨てたものではなくて、離婚したくない理由が宗教的な偽善であることが問題であるとはっきり結論し、なおかつ信教の自由が「信じる自由」を保障するものであるのと同時に「信仰を強要されない自由」も保障されなければならないことをエホバの証人側に明確に突きつけ、それこそが夫婦関係破綻の主因であると認定する裁判例が多く出ているわけです。
だからと言って、仰るとおり子どもが犠牲になり続けることには変わりなく、2世問題が解決するわけではないのですが…。
もしエホバの証人が原因で離婚という事態になった場合は、子どもを宗教から保護する余地は大いにある、ということは広く知っていただきたいことだと思っています。
Phantom 2015-01-03 18:48:31
2.
ものみの塔信者vs.非信者 離婚裁判の意義
■司法が異常と見なす、ものみの塔の教え
エホバの証人の教えが非常に特殊で、信者ではない夫にとっては受け入れがたいものであり、子どもに対してエホバの証人の教育を施すことも受け入れがたいため、信者である妻に対する離婚請求は認められる傾向が強い。また、離婚までは認められなくても夫の主張は認められることがほとんどである。
親権について争いがある場合、エホバの証人の教育を子どもに施すことは一般的に見て異常とみなされることから、夫の側にいくことが多い。
長年に渡りこの種の訴訟が起こされ続けてきた結果としての典型的な判例としてさらにもう一つ挙げておくと、まず夫婦間で離婚請求と親権の主張に関して争われた裁判があり、離婚は認められ、親権は夫にあるとして確定した裁判があり、その後さらに夫が妻に対して慰謝料請求の訴訟を起こした、というものがある。
ここで夫側は、離婚の原因はエホバの証人である妻が、社会的常識を逸脱した教育や生活を子供たちに強要し、鞭による虐待をし続けたことなどにあると主張して慰謝料を請求したのだが、裁判所は夫のこの言い分を認め、さらにエホバの証人の信仰に問題があることも認めている。
ちなみに判決自体は、慰謝料20万円というものだった。
(東京高裁平成16年2月26日判決)
■単純ではない離婚問題×信仰問題
ここで一つ重要なのは、信仰の問題以外にも夫婦関係を破綻させる原因、親権を取れない原因というものはいろいろあり、エホバの証人の教えに問題があることを裁判所が認めているからと言って、非信者の側に必ず有利な判決が出るとは限らないということだ。
逆に言うと、これだけの判例がありながら親権を取れない(取ろうとしないのとは別)というのは、非信者の側にも問題があることを示唆していると言える。
信仰と親権の問題に関連させてもっと細分化していくと、例えば「夫は暴力を振るう(けれども自分はものみの塔の教えに従っているので良い妻だ/だから親権は自分に認められるべきだ)」という主張を妻の側が行った場合、その因果関係が
・夫は元々暴力を振るう人で、そのせいで妻はエホバの証人に拠り所を求めた
・妻がエホバの証人になったのに反対して、暴力を振るうようになった
…のどちらなのかでは判決に大きく影響が出てくるのは自明の理だろう。
前者ではまず親権は取れないだろうし、もし後者であり、今まで子ども相手に暴力を振るったことはないということが認められれば親権を取れるかもしれない。しかし、パターンが後者だったとしても、陥ったのが暴力ではなくたとえばアルコール中毒であれば、原因は妻にあると認められて離婚できても、子どもの福祉を考えると親権は取れないと判断される可能性がある。
要はこのような個別的な要素を無視し、判決だけを見て「エホバだわ」「サタンだわ」と言うエホバの証人がいるとすれば大変愚かである。
仮に離婚が認められなかったり、親権を信者側が獲得できたとしても、ものみの塔の教義がおかしいものだということが認定されていることについては無視するからだ。
逆に、信仰をタテに全面的な正当性を主張する信者の愚かさが裁判で証明されているのと同様、信仰に関係のない要素には一切触れずにとにかく妻がエホバの証人であることが全ての元凶なのだとしか考えない非信者の夫がいるとすれば、それもまた愚かな話だ。
婚姻関係の継続について具体的にどのような努力をしたのか、信仰の問題以外にも夫婦関係を破綻させる要素がないか(むしろ妻の側から訴えられてもおかしくないような事由があると非常に不利になる)、親権を持つにあたって懸念される要素はないか、そのようなことがしっかり検討された上で判断がなされることを忘れてはいけない。
これまで見てきたとおり、そのような事由がなければ離婚と親権に関して夫の側の主張がほぼ認められるであろうことは、十分すぎるほどに判例が証明してくれているのだ。
■子どもへのエホバの証人教育は「異常」
さて、エホバの証人の離婚問題についてはいいかげん事例も出揃い、それほど判断の難しくない事実であるにも関わらず敢えて取り上げた(注)のは、繰り返し書いたとおり、「ものみの塔の教義は一般的に見て受け入れがたいものであり、それに従う信者と婚姻関係を継続させることも、その教育を子どもに施すことも、一般には耐えがたいものである」ことを裁判所が十分に認めているということを確認したかったからである。
これを踏まえて、法的責任の問題についての本題に入りたいと思う。
(注) 正直、ここではごくわずかに大雑把にしか触れていないが、この問題を詳しく見ていくとすればそれだけで1テーマ、もしくは1ブログができてしまうほどの情報量がネット上だけでも既に存在する。日本で「離婚」に関して学ぶ必要が生じた場合、エホバの証人に関する事例は既に避けて通れないものになっているほどポピュラーなものだ。
ブログ「エホバの証人の社会学」より転載。
2015-01-03 20:00:00NEW !
テーマ:社会問題としての「エホバの証人」考察
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