現場はいま/4 法テラス 容疑者国選弁護、10倍に
登録2年目の横堀真美弁護士(29)は1月、宇都宮市の法テラス栃木法律事務所に着任した。早々に、覚せい剤を密売したとして逮捕された男性の国選弁護が回ってきた。逮捕直後のその日に接見、否認の意思を確認した。「起訴されたら、判決は懲役2年では済まない」。気を引き締めた。
1年間、東京都内の事務所で経験を積み、日本司法支援センター(法テラス)からスタッフ弁護士として派遣された。国費で資力のない容疑者・被告を支援、弁護する国選弁護が主要業務だ。
拘置先の警察署に連日赴いた。接見を怠れば、自白調書を取られかねない。「知らないことは知らないと言うように」と念を押した。勤務先の記録から密売時のアリバイが確認でき、男性は不起訴となった。「事件に触れて、動き方が身に着いた。条件反射で動けるように鍛えています」
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弁護士の少ない地方でも法律サービスを受けられるよう、06年に法テラスが設立された。国選弁護業務を一手に担い、40都道府県に151人のスタッフ弁護士を送り込む。
裁判員制度が始まる今月21日、捜査段階で容疑者の国選弁護が可能な事件が大きく拡大する。従来は殺人など重大事件だけが対象で08年度は7411件。窃盗や傷害事件にも適用され、年間の対象事件数は10倍になると見込まれる。
横堀弁護士が勤務する栃木県は、弁護士1人当たりの受け持つ事件が年間13・7件になると試算され、全国トップだ。大都市周辺は、事件が多い割に弁護士が少ない。スタッフ弁護士への期待は大きいが、その数は目標とする300人の半分でしかない。
木下信行弁護士(48)は昨年2月、登録20年でスタッフ弁護士の道を選んだ。ベテランの転身は異例。容疑者国選弁護の充実なくして、裁判員制度は成り立たないと信じる。東京都内でも弁護士が少ない多摩地域の法テラス多摩法律事務所(立川市)で働く。
1年間で50件の国選弁護を担当した。容疑者国選弁護は、検察が料理(起訴)する過程に関与でき、事件の構図も変えられる。
「検察が素材(事件)をカレーにしようとしても、カレー粉を入れる前にしょうゆを入れれば肉じゃがになる」。やりがいがある。
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大阪市の「法テラス大阪」の真野淳副所長(49)の悩みは、国選弁護の受任要請を拒否する弁護士が後を絶たないことだ。契約する弁護士から指名するが、「荷が重い」「拘置場所が遠い」と尻込みされる。都合が悪いと言われれば、別の弁護士を探すしかない。時間的余裕はない。
容疑者国選弁護を担当すれば、通常は拘置期間の20日間、付き合わなければならない。スケジュール調整の難しさは理解できる。だが、「『誰かが受任するだろう』と、たらい回ししていてはダメだ」と思う。対策に苦慮する日々だ。
容疑者を支援する弁護士は、フットワークの良さに加え、集中力も求められる。渡辺修・甲南大法科大学院教授(55)=刑事訴訟法=は「公判をにらんで捜査を監視する、きめ細かい弁護の訓練を積むことが必要だ」と指摘する。=つづく
毎日新聞 2009年5月5日 東京朝刊
現場はいま/5止 被告 不安、歓迎…考え方多様
「死刑判決を受けた身からすれば、多数決なんかで『死刑』と言われたくはありません」。元オウム真理教幹部、早川紀代秀被告(59)は昨年8月、裁判員制度についての思いを毎日新聞記者への手紙につづった。現行の裁判は、裁判官3人の全員一致で判決を書くとされる。裁判員裁判では議論が割れた場合、多数決で結論を出す。
短期集中審理で判決を出すことにも異論がある。「数日で何が分かるというのか。弁護側の反論の機会が保障されず、裁判員は、多くの情報を持つ裁判官に迎合してしまう。公判は単なるショーになる」と指摘した。
坂本堤弁護士一家殺害などで1、2審で死刑判決を受け上告。裁判で事件への主体的関与を否定してきた。6月、最高裁の弁論が開かれる。
1審は95年12月の初公判から00年7月の判決まで、約70回の公判を重ねた。早川被告は、東京拘置所で面会した記者に語った。「今の裁判がいいとは思わないが、自分の裁判が裁判員制度じゃなくて良かった」
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裁判員制度は殺人など重大事件が対象だ。被告の言動や所属団体の主張から、裁判員の生命や身体に危険が及ぶ恐れがある場合は、裁判官だけで審理する規定はあるが、オウム事件も制度下では対象になり得る。
「簡単に参加できるかのような宣伝がなされていると聞いており、事実であれば問題。裁判で事実認定は極めて困難だからです」。地下鉄サリン事件で殺人罪などに問われ、1、2審死刑で上告中の元教団幹部、広瀬健一被告(44)は昨夏、記者への手紙につづった。
一般市民の視点を反映させる理念に反対ではない。その判断を信頼している。ただ、取り調べで、事件時の精神状態などを説明するのに長時間を要した経験から、迅速さが求められる裁判員裁判で主張が尽くせるか、不安が残るようだ。
同じく1、2審死刑で上告した元教団幹部、中川智正被告(46)。地下鉄、松本両サリン事件などで罪に問われた。弁護人を通じ昨年9月、「市民が入ることで、より適切な裁判が期待できるのでは」との考えを寄せた。ただ、死刑判決を出すのは裁判官でも重いものとの印象を受けた。「市民はいろいろな人の集まり。死刑判決を出して精神的な不調を来す人もいるのは、むしろ当然」。オウム事件の被告の考え方は一様ではない。
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「重大事件で裁判員制度は絶対に必要。大賛成です」。山梨県都留市で00年、作業員2人を殺害したなどとして殺人罪などに問われた元建設会社社長、阿佐吉広被告(59)は昨年6月、記者への手紙で強調した。
一貫して無罪を訴えたが、1、2審死刑判決で上告中。手紙は、裁判官への不信であふれる。「何でも検事の言う通り認定する」「一般市民の常識と違う」。司法への国民参加を歓迎した。
和歌山毒物カレー事件で殺人罪などに問われ、1、2審死刑の林真須美被告(47)は4月21日、最高裁判決で上告を棄却された。判決前、面会した記者に「市民が報道にとらわれず証拠で見て、私に死刑という証拠があるかと日本中に問いたい」と語っていた。
裁判員制度の下では、従来より無罪判決が増えるのか。量刑の傾向は変化するのか。識者の間でも見方は分かれる。ただ、被告に選択権はない。=おわり
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この連載は銭場裕司、伊藤一郎、安高晋、石川淳一、武本光政、玉木達也、牧野宏美、藤田剛、安藤龍朗、北村和巳が担当しました。
毎日新聞 2009年5月6日 東京朝刊
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