2010年03月09日 (火)
(藤井キャスター)
中東のカタールで開かれていたワシントン条約の締約国会議。大西洋クロマグロの国際取引禁止を求めたモナコ提案が日本などの反対で否決されました。投票の背景と今後の行方について合瀬(おおせ)解説委員です。
今晩は。絶滅の恐れがあるとしてモナコが提案していた大西洋クロマグロの国際取引禁止。昨日行われた委員会で急遽投票が行われ、日本などの反対多数で否決されました。世界最大のクロマグロ消費国としては、ほっとしたと言う所でしょうが、過剰な漁獲を続けてきたクロマグロ漁そのものが支持されたわけではありません。日本としては今後いっそうの資源管理が求められます。
今夜は予定を変更して、モナコ提案否決の背景と提案が問いかけたものについて考えたいと思います。
今回の締約国会議。最大の焦点は大西洋クロマグロの国際取引を禁止しようというモナコ提案でした。否決を目指す日本としては投票国の3分の1を獲得できるかがカギとなっていました。
ワシントン条約はそもそも野生生物の保護を目的とした条約です。環境保護団体の影響力がきわめて強く、各国代表も多くは環境部局の人たち。EUやアメリカなど主要国が次々とモナコ提案を支持する中で、情勢は厳しいと思われていました。
ところが、議論が始まってトルコやモロッコなど地中海諸国。それにセネガルなどのアフリカ諸国が次々と日本に同調。リビアが議論を中止して投票をと、呼びかけた結果、モナコ提案に対する賛成票は20。これに対して反対したのは68と提案は多数で否決されたのです。
委員会では、一定の猶予期間を設けて禁止すべきだとするEUの提案も採決されましたが、こちらも賛成43に対して、反対72と圧倒的多数で否決されました。ワシントン条約では、25日に開かれる全体会合で、もう一度投票の機会はありますが、委員会での採決を覆すのは難しく、この結果はこのまま全体会合でも承認されるだろうと見られています。
しかし不利だと思われていた日本の呼びかけに、なぜこれほど多くの国が同調したのでしょうか。背景には多くの途上国の不満や危機感があったと思います。
まずデータの不確実さです。
今回モナコは提案の理由を「地中海のクロマグロはかつての資源の15%以下に減少し、3年後には絶滅する」としていました。ところが元々の資源量には様々な意見があります。リビアなどが科学的根拠を示せと強く反発したように、そもそもの数字に不完全さがあったことです。
二つ目は先進国主導の規制への反発です。
今回の提案はモナコが出してきたものの、EUやアメリカなど先進国の強い支持で進められていました。先進国主導で進められる漁業資源の規制に強い不満を持つ国は少なくありませんでした。
さらに他の地域や魚種に波及することの不安です。
大西洋のクロマグロを一旦ワシントン条約で保護したら、他の地域のマグロやタラやカニなど他の魚種まで連鎖的に規制が広がるおそれは無いのか。
経済を漁業に依存する多くの途上国にとって、規制の広がりへの不安が予想以上に広がっていったようです。
水産物は地域の漁業機関が管理すべきで、野生生物を保護するワシントン条約にはそぐわない。途上国を中心に呼びかけをしてきた日本の作戦が成功したと言えるでしょう。ワシントン条約の締結国会議では、欧米や環境保護団体が主導権を握り、野生生物保護を名目に途上国の資源を規制してきました。こうした中で欧米の先進国以外が圧倒的多数で提案を否決したのは極めて珍しいことです。
このところヨーロッパウナギや銀ムツが規制の対象として取り上げられてきただけに、食用の魚をワシントン条約で規制するという動きに一定の歯止めを掛けたと言えます。
しかし一方で、問われてくるのは、漁業管理のあり方です。クロマグロの最大の消費国としての日本に、より厳しい対応が求められることは間違いありません。
これは世界のクロマグロにおける、日本の消費量を示したものです。
世界では養殖を含め、5万7000トンのクロマグロが漁獲されていますが、そのうちの4万3000トンが日本で消費されます。これは世界全体の75%に当たります。国内で漁獲するだけでなく輸入も増えていて、1990年にはおよそ7000トンだった輸入量は、2008年には3倍以上の2万2000トンになりました。
こうした輸入を支えているのは、私たちのトロ志向です。おおぶりの身を持つマグロは、刺身にするには絶好の食材で高級食材だったクロマグロはいまや回転寿司でも当たり前になってきました。
流通も輸入を支えてきました。マグロはマイナス60度にすれば2年間、味はそのままで保存できます。海外で水揚げされたクロマグロは、瞬時に冷凍され、船で運び、必要なときに必要な分だけ出荷できる冷凍設備が整えられています。これだけの冷凍設備を持つ国は、日本以外にはなく、こうした冷凍施設の整備もクロマグロ需要を支えてきました。
しかし日本人の過度のトロ志向が海外の批判を招いているのも事実です。消費者の高いニーズが、世界で乱獲を引き起こしているからです。
その典型的な例が、今回問題になった大西洋、とりわけ地中海のクロマグロでしょう。
地中海では、1990年代以降、大西洋から産卵のために入り込んできたクロマグロを巻き網で捕獲し、生け簀で半年ほど太らせ、トロの部分を増やしてから出荷する「畜養」と呼ばれるビジネスが盛んに行われてきました。スペインやマルタなどに各地に養殖場が作られ、これが乱獲に繋がりました。主な出荷先は日本です。
この地域でのクロマグロを管理してきたのは、ICCAT大西洋マグロ類保存国際委員会です。その漁業管理機関の重要な役割は資源状況を調査し、科学に基づいた漁獲枠を設定し、各国にこれを守らせることです。
ところがICCATは各国からの強い要求で、これまで科学的に許容される以上の漁獲枠を設定し、しかも割り当て以上に獲る国が後を絶ちませんでした。この結果、卵を産むクロマグロは1970年代の30万トンから、現在は10万トン以下にまで減ったとされています。こうした資源管理の失敗が、モナコ提案のきっかけとなったのです。
ICCATでは、今年以降、漁獲量を大幅に減らすとともに、漁業資源を管理するために、GPSを使って漁船がどこで操業しているのか監視する一方で、船に監視員の乗船を義務づけ違法な操業をしていないか管理を強化しています。
また去年からマグロごとに、どこでとれた魚かを記録する漁業証明制度を整備して、不明なマグロは廃棄したりするように指導してきました。
最大の消費国の日本としては、こうした資源管理の主導権をとって今後こうした提案がワシントン条約に持ち込まれないように、厳しく管理することが必要でしょう。
それとともに、こうした過剰漁獲を招いた私たちの食生活も見直す必要があります。世界で環境意識が高まっている中で、資源のことを考えることなくクロマグロを食べ続けることはもはや許されません。激減する水産資源への関心はますます高まっています。
クロマグロの国際取引禁止を求めるモナコの提案は、とりあえずは否決されました。日本国内にはある種の高揚感が広がっています。しかし消費の見直しや資源管理の徹底が無ければ、今度は日本への支持を集められないかもしれません。
資源を管理しながらどう持続的に利用していくのか、今回のモナコ提案はそんな私たちの食生活への警告かもしれません。
投稿者:合瀬 宏毅 | 投稿時間:23:52
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