承前
ワン氏と彼のチームは、予め放射線量が特定の値に固定されたテスト用の機器を取り出し、測定機器を調整し直しました。
その結果、アメリカ側の調査結果は間違っていないことが解ったのです。
翌日になって、日本の調査班は使っていた測定器を調整し直して現場に現れました。
そして日本側の測定結果に問題があった原因は、『ケーブルの不具合』にあったと弁解しました。
しかし、エンゲルハート氏はその答えを疑いました。
「私の経験から言うと、ケーブルに不具合があれば、測定結果はゼロになるか、測定不能を示すか、あるいはでたらめな測定値が表示されるか、そのいずれかなのです。」
「ケーブルに問題がある場合のあり得ない『故障』、それは常に一定の割合で低い数値を表示することです。」
エンゲルハート氏は日本が行っている放射線量の測定と除染について、もう一つの問題点を指摘しました。
日本が行っている除染は、セシウム134と137にばかり集中しているというのです。
「確かにセシウムは汚染物質中、最も量が多いものです。そして放射線の中でも透過力の高いガンマ線を放出することで知られており、標準的な線量計で測定が可能です。」
「しかし環境中に放出された放射性物質の中で、セシウムだけが毒性を持っているわけではありません。検出が容易だからと言って、セシウムだけが問題だというのはおかしな話なのです。」
エンゲルハート氏はこの点を強調しました。
この問題に対する懸念を表明するのは、エンゲルハート氏だけではありません。
チームのメンバーであり、経験豊かな放射線保健物理学者であるウェイン・ショフィールドがこう語りました。
「私の考えでは、汚染が深刻な場所では高線量のセシウムの存在が確認できます。しかしこうした場所では、ストロンチウム-90、プルトニウム、コバルト、その他の汚染物質もまた、非常に危険な存在である可能性が高いのです。
ストロンチウム-90の半減期は約30年です。そして、ストロンチウム-90は『ベータ線崩壊物質』です。
放射線の中でベータ線は携行タイプの線量計での検出は非常に難しく、わずかな量の汚泥や落ち葉などによって簡単にさえぎられてしまうものなのです。」
一般論として言えば、放射線の中でアルファ線やベータ線は、人間の体外に存在する場合はほとんど問題がありませんが、いったん体内に取り込まれてしまうと、非常に危険な存在になる可能性があります。
「ストロンチウムが体内に入ると、人間の体はそれをカルシウムとして認識します。そして人体で免疫を司る骨髄と隣り合わせるようにして、背骨の中に取り込んでしまうのです。そうなってしまうと、その後どのような悪影響が現れるか、予測がつかないことになってしまうのです。」
保健物理学者であるウェイン・ショフィールドは、他の汚染物質を考慮せず、検出と除染の対象をセシウムにのみ絞り込むことが誤りであるという指摘に同意しました。
「汚染がひどい地点の特定と除染を行う際、対象をセシウムに限定してしまうと、他の放射性物質による汚染を見逃してしまう可能性があります。」
2012年3月に日本の厚生労働省が公表した、食品に含まれる放射性物質に関するガイドライン( http://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/dl/20130417-1.pdf )の中では、ストロンチウム-90については「半減期1年以上のすべての核種を考慮」するとして言及しています。
しかし脚注部分にある曖昧な表現を読むと、果たして日本政府は真剣にストロンチウム-90、プルトニウムと他の汚染物質の検出に取り組んでいるのか、それとも単に一般的に推定されるレベルを参照しているに過ぎないのか、疑問に思えてくることは確かです。
「実際にその場所に存在するセシウム以外の放射性物質全てが、人体に影響を及ぼすわけですが、このガイドラインの数値はセシウムの値を基に『推定』されたものに過ぎません。」
こうした対応について、エンゲルハート氏は以下のように考えています。
「セシウム以外の放射性物質の存在については、彼らは適当に数値合わせをすることにした、私にはそう見えます。」
「現在の原子力産業では、ガンマ線の照射量によってベータ線の放射量を推定するという手法が用いられています。これによって正常に機能している原子炉内部で何が起きているかを把握できる、これは産業界の人間なら誰でも知っている事実です。」
「しかし事故となれば話は全く別なのです。環境中に放出されてしまったそれぞれの放射性物質が、互いにどのような作用を及ぼし合うか、それは未知の分野なのです。
環境中のアルファ線やベータ線の放射量を特定するためには、実地に測定する以外の方法は無いのです。」
「しかしその測定のためには、さらに多くの機材と人員を投入しなければなりません。」
ARSインターナショナルの放射線学研究サービスの副社長であるヴァージーン・マリガン氏は、ストロンチウム-90を検出することの難しさ、費用が高額になる点について説明してくれました。
「ストロンチウム-90の存在を特定するためには、14日~20日間、化学反応の結果を待たなければならないのです。そしてその費用は高額になります。」
しかしその事と、日本の当局がセシウム以外の放射性物質の検出検査を行わないという事とは、また別の問題であるはずです。
検査をさらに難しくしているのが、水の存在です。
水はアルファ線、ベータ線、そしてガンマ線に対してもそれを遮る作用があります。
液体、あるいは水分を多く含む食品の放射線量を測定する場合、専用の非常に感度の高い機械、普段研究室に設置されているような精巧な機器で測定しないと、正しい検査結果が得られない可能性があります。
保健物理学者のウェイン・ショフィールド氏は、福島の汚染状況の推移を見ながら、ちょっと聞くとこう推論しました。
『事故発生直後はひどかった福島の汚染は、時間の経過とともにずいぶんと下がったものと考えられます。数値が下がった原因は雨、そして風の存在です。時間の経過とともに、80%の放射性物質が洗い流され、あるいは吹き飛ばされて行ったものと考えられます。』
事故の発生からちょうど一年後、ワン氏とそのチームが発見した『ホットスポット』のひとつ、それは道路にたまった雨水を集める側溝の上に置かれた、格子状の金属製のフタでした。
その放射線量は、アメリカ国内の原子力発電所で職員がその場所に行かないように制限を加えるかどうか、検討を始めなければならない値の5倍という値でした。検出されたのは、ガンマ線、そしてベータ線の双方です。
この極度に汚染された側溝のふたが意味するものは何でしょうか。
それは雨などによってその場所から洗い流された放射性物質は、その後消滅するのではなく、人間や動植物の生存権に残り続けるという事実です。
2010年、ドイツで捕獲された1,000匹以上のイノシシから、政府が定めた基準量を超える放射性物質が検出されました。原因となったのは1986年のチェルノブイリ原発事故です。
最も近いところでも、ドイツの国土からチェルノブイリまでは1,000キロ以上あるにもかかわらず…
エンゲルハート氏は、さらにこう説明しました。
「子細に観察すれば、これらの場所にあった放射性物質のうち、こびりついたり隙間に這い込んでいなかったものが雨で洗い流されたり、風で吹き飛ばされたり、あるいは除染で取り除かれ、現在までに80%程が取り除かれたというこことが解るでしょう。」
しかし残った20%の放射性物質については、状況は同じではありません。
「放射性物質、すなわち汚染物質は、彼らが時間の経過とともに付着していた物質に固着してしまっています。
かつて簡単に拭き取ることができた数種類の汚染物質、現在は化学的結合、または分子的結合によって、そこに固着してしまっているのです。こうなってしまうと、除染によってこれらの放射性物質を取り除くことはきわめて困難になります。」
ロサンゼルスの日本領事との対面の際、ワン氏が当惑したのと同様、エンゲルハート氏は彼が接触した日本政府の関係者の態度の変化に戸惑いました。
「私たちが初めて日本を訪れたとき、これらの関係者は非常に落胆した様子でした。ところが2度目の訪問の際には、彼らは明らかに高揚した様子だったのです。最初の落胆と次の高揚、この対照はあまりにも不自然でした。」
「最初の訪問の際、福島第一原発の3基の原子炉で発生したメルトダウンは、『国の恥』とも言うべき、日本そのものに対する打撃でした。ところが2度目の訪問の際、実際には事故現場の深刻な状況が隠されるか報道されなかったというだけであったにもかかわらず、福島第一原発の状況は落ち着いているという誤った認識が、日本全体に広がっていました。」
「恥ずべき状況、それこそは人間が何としても避けたい、あるいはできるだけ小さなものに見せたいと思うものです。」
「しかしこと福島第一原発の事故に関する限り、それこそは最も危険な考え方なのです。」
「福島第一原発の事故程のものになれば、その被害を最小限のものにするためには、考え得る限りあらゆる手段を検討しなければなりません。差し伸べられた援助の手は、すべて受け入れるという態度が必要です。そうしなければ長期間の人間に対する悪影響を、最少のものに留めることは出来ないのです。」
エンゲルハート氏がこの点を特に強調しました。
ワン氏は福島第一原発の事故による汚染の広がりは、平均的な日本人が考えるよりずっと広い範囲に及んでいると考えています。
「私が日本を訪問した際、一つ覚えのように繰り返し聞かされた言葉がありました。『これは日本の危機であり、日本人自身の手で解決されなければならないのだ。』というものです。しかし私が実際に見聞きした日本政府の対応は、本当の意味で事故を収束させる取り組みには程遠いものでした。」
「代わりに私が目撃したものは、政府関係者が傷ついた自らの立場を修復するための努力、そして現在の事態が如何に緊急性の高いものであるかという事に対する理解の欠如、それらが本当に必要な対策を実施する妨げになっているという事実だったのです。」
* * * * * *
4回の訪日のすべてにおいて、ワン氏とそのチームは、日本の民間企業や民間団体の人々から熱烈な歓迎を受けました。
ワン氏の会社の技術と機材を日本に輸入したいと申し出る日本企業が何社も現れ、彼はこれらの企業が日本政府の頑なな態度を改めさせることになるだろう事を疑いませんでした。
しかし福島第一原発の事故から2年が過ぎ、ワン氏のパワープラス社の機器はただの1台も導入されることは無く、同社が除染の契約を獲得できた場所は1か所もありませんでした。
しかしこの日本政府の冷たい反応は、ワン氏のパワープラス社に限ってのことでは無かったのです。
日本の企業も、アメリカの企業も、除染についての専門的技術・知識を提供できる企業に限って、何十という会社が福島の現場に入ることが出来ませんでした。
しかし保健物理学者のウェイン・ショフィールド氏はこの結果について、さほど驚きはしませんでした。
ワン氏の会社を上回る規模を持ち、原子力事業や核実験の後始末について数多くの実績を持ち、ショフィールド氏が顧問を務める、アメリカを代表する会社が、より大規模なデモンストレーションを行い、より多額の経費をかけたにもかかわらず、ほとんど結果らしいものを手に入れることが出来なかったからです。
ショフィールド氏によると、アメリカで除染や放射能測定に関わる企業が得た情報によれば、日本政府による他国では考えられないような。馬鹿げた理由による締め出しが、ほとんどすべての会社に対して行われたのです。
「日本とアメリカでは、土壌そのものが異なります。」
海外企業の専門知識を福島で活用しようとしないことについて、環境省福島除染推進チーム次長(経済産業事務官と併任)の西山英彦氏が語った理由もその一つです。」
「もし県内を多数の外国人が行き来するようになれば、福島の高齢のおじいちゃん、おばあちゃんが皆怯えてしまうでしょう。」
しかし日本国内の専門知識を有する企業も、海外企業と似たような成果しか得ることはできなかったのです。
では除染の契約はどこへ行ったのでしょうか?
契約したのは除染に関する専門知識を持たない代わり、政治的な力を持つ日本の大手建設会社でした。
大手建設会社による福島県内のずさんな除染作業にあきれ果て、福島県のリフォーム会社の社長である志賀正文氏がニューヨークタイムズの取材に対し、こう語りました。
「今、福島で起きていることこそがまさに、日本人にとって不名誉な出来事なのです。」
自然災害も、人間がおこす事故も、打ち寄せる波のように防ぎきることは不可能です。
いつの日か歴史が審判を下す日が来るでしょう。
福島第一原発の事故は、単に災害として片づけられるものでは無かった。
恥ずべき日本の官僚主義によって、あってはならない対応が繰り返され、事態はさらに悪い方向へと進んで行った。
そして後手に回る対応が繰り返されて現場は機能せず、でたらめの放射線測定値が公表され、国内外の専門知識と専門技術を持つ企業が、除染や事故収束作業から締め出された。
「我々には、いかなる援助の手も必要ありません。」
日本政府はありもしない国のプライドを優先し、市民の命を危険にさらす道を選択したのです。
〈 完 〉
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