難しいけれど、何もしないわけにもいかない

2011-11-18 10:37:26 | インポート


日本カトリック司教団
 「いますぐ原発の廃止を~福島第1原発事故という悲劇的な災害を前にして~」
日本に住むすべての皆様へ・・・・を読んで考えた。

日本のカトリック教会は今回、原子力による発電の中止を訴えているわけだ。全面的に可能かどうかは非常に疑問ではあるが、昭和30年代に小学生だった当方、まだテレビやパソコンどころか、薪や炭、石炭を家庭の燃料に使っていた時代を覚えている。

ほんの32,3年前、まだ第2ヴァチカン公会議が終わって間もない頃の修道院の生活も多少は覚えている。夏は扇風機もなく、団扇と蚊遣りでしかも、長袖の修道服で過ごしていたシスターたちの姿も覚えている。

一般の家庭にクーラーが普通になったのはそれほど昔のことではないのだ。扇風機さえ、半世紀前には一般的ではなかったのだ。日本の家屋自体、建築の歴史を見れば夏の暑さをいかにやり過ごすかを考えて建てるものだったのだ。

昔を振り返れば、少なくともまったく不可能ということもないはずだとも思う。ただし、相当の価値観の転換が要求されそうだ。そこがどれだけ人々のこころに納得されるのか??

問題はやはり大きそうだ。

それでも、これを読んである方は取り戻せる知恵はあるはずだとおっしゃっていた。出来ることからしなくては何も始まらないということだろう。