(上と下)集合場所の一関市職業訓練センター(一関市舞川字西平8-2)のこの石の門柱は、旧舞草小学校の門柱だったものだという。舞草史跡調査会による調査:月光石、60㎝×4面、高さ350㎝。
(下2つ)道路を挟んだ向かい側は旧舞草小学校跡で、現在は公園になっています。
2015年10月3日(土)、一関市博物館主催の平成27年度「史跡めぐり~磐井の石めぐり」第1回 舞草・長島方面が、市のバスを使い、舞草史跡調査会と舞草神社の協力のもと実施されました。私は過去の石めぐりにも参加しているので、妻と共に参加しました。
(上と下)主催者挨拶:一関市博物館の担当者
(上)協力していただいた舞草史跡調査会の人たち(佐藤繁美さん、佐藤隆士さん、佐藤宣穂さん、蓬田稔さん)と説明する佐藤さん。
(上)最初の訪問地「上(うえ)の山の屏風石」:一関市舞川字穴倉(佐藤家の裏側)
舞草村の安永風土記(「風土記御用書出」安永4年『宮城県史』所収)には、場所・穴ノ倉、麻祓明神社地に、屏風石(大きさ・高9尺、幅1尺)、みかけ石とある。屏風をたたんで立てたような形の屏風石が残っているが、みかけ石は、かつて間知石として売却されたという。
屏風石の周辺には、採石した場所や山の神神社、行屋を作って奉納相撲をした跡、狛犬の配されている巨石がある。
また、佐藤家の裏には、現当主の曽祖父と祖父によって作られた「石室」があり、保管庫として利用しているとのこと。(以上、参加者に配られたプリントより)