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いい日旅立ち

日常のふとした気づき、温かいエピソードの紹介に努めます。

唯一の哲学的な歌~小椋佳~

2019-01-18 20:42:35 | 趣味


現代には、
唯一、哲学的な歌謡がある。

小椋佳。

難解な内容の歌の数々を歌っている。

未熟の晩鐘
道草
マグマ
真夜中のキャッチボール
山河
何処から何処へ何のために
誰かに背負われて

など、
挙げるときりがないが、
難解な、思想的な歌が多い。

哲学的な教養や知識を持っていないと、
キッチリ理解することはできない。
他の作詞家には、
とても作れない歌の数々である。
味わい深く、
人生の意味を考えさせてくれる。

シクラメンのかほり
愛燦燦

など、
人口に膾炙する歌もあるが、

深い人生訓を含んだ歌の数々を
愛さないわけにはいかない。











クーラーのない生活は憲法違反か

2019-01-18 20:01:59 | 憲法


クーラーのない生活は
憲法違反か?

生存権の問題である。

少し古い時代(1994年)の事件だが
埼玉県の桶川市で、
生活保護受給中の高齢者が、
猛暑の中、ケースワーカーの指示で、
クーラーを外すことを求められ、
結果として、暑さのために倒れる
という事件があった。
国の意見で、
場合によっては、
「違憲」となりうる
ということが言われた。

当時の国の判断では、
「7割以上の普及率になれば生活保護受給者にも
備えることが認められる」
ということであった。

今では、クーラーのない生活は考えられない。
生活保護受給者に
設置を認めない自治体はあまりないだろう。

そもそも、
憲法上の「生存権」の考え方は、
1919年のドイツワイマール憲法に由来する。

第2次世界大戦後は、
ほとんどの国の憲法で、
認められるようになった。

資本主義の発達により、
やむを得ない事情(病気、けが、失業など)が
生じ得ることが認めれられ、
生存権の保証がなされるようになった。

日本国憲法でも、
第25条で、
「生存権」が認められ、
第1項、第2項で次のように書かれている。

第1項 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
第2項 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び
   公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

この問題は、
憲法問題を考える際、
ぜひともおさえておきたい。




対局日誌~その40~

2019-01-18 18:48:41 | 対局日誌

本日は、
地域の将棋サークルで
将棋を指した。

第1局。
四間飛車対三間飛車。
序盤は互角にわたりあったが、
終盤、一気に攻めつぶされた。
完敗。

第2局。
またも
四間飛車対三間飛車。
これも、
序盤は互角。
中盤、相手の一失をとがめて優勢に。
終盤は、競り合い、
互いに一手10分、15分の長考の応酬。
ついに3手必至をかけ、
勝ったと思った。
ところが、
中盤で91に成った成桂があった。
これを使って、
即詰みに打ち取られてしまった。

反省、
反省。

明日は、勝つぞ。

思想的にすぐれた男は、駐米大使になった

2019-01-18 18:29:17 | 学問


高校時代、
成績を競った友人がいた。
いい男だった。

ただ、
わたしが何か意見を言うと、
「それはくだらん」
と、
一刀両断に切り捨てる。
それで、
どうも、自分には思想的な部分の才能が
足りないのだろう、
と思っていた。

しかし、それは、比較して、
ということだ。

おれだって、捨てたもんじゃない
と思い直した。

そう思ったのは、
彼が、
後年、大出世し、
思想的に大変優れた男だったと
わかってからである。

彼は
外交官試験を1番で突破し、
後年、外交官の最高ランクである、
駐米大使になったのだった。

悪童たちの数学

2019-01-18 18:20:15 | 学問


高校時代、
数学は苦手であった。
成績も伴わず、
悩みの種だった。

あるとき、
自己最低点をとった。
クラスの悪童たちに
ぼろくそに言われた。

数学には、ほんとうに
悩まされた。

ただし、
それは
比較的、
ということである。

わたしをあざ笑った悪童たちは、
みんな、わたしよりはやく
東大に入ってしまった。

比較の対象が悪かったのである。

成績と職業はかならずしも一致しない

2019-01-18 18:06:13 | 人生



高校時代、国語は好きだった。
文学志望であったし、
国語教師は優秀だったから、
国語の成績は良かった。

浪人1年目に、
予備校に通った。
最初の旺文社模擬試験で、
国語は30万人中6位であった。

で、
それを知った
予備校の国語教師が
現代国語の内容(とくに助詞や助動詞の使い方)
を聞きに来る、

といいう珍現象(?)も生じた。

だから、国文科に行ったら
すぐれた国文学者や新聞記者になれたかというと
それはわからない。
学者や新聞記者になるには、
また別な才能があるのだ。

結局法学部に進学してしてしまったので
文学方面に進んだら
才能が開花したかどうかは、
永遠の謎である。