いい日旅立ち

日常のふとした気づき、温かいエピソードの紹介に努めます。

楽しみなクラス会旅行

2019-08-23 22:45:38 | 学校


母校のクラス会旅行が盛んに行われている。
いいことだ。
学生時代にはわからなかったそれぞれの個性が、
今はよく見える。
本質は変わっちゃいないんだけれど。
みな、とても楽しそうだが、
今はまだ行けない。
忙しすぎるのだ。

やがて、
一段落がついた頃、
参加するつもりでいる。
なつかしい顔、顔、顔。
目に浮かぶ。







クラス会の季節

2019-08-21 21:26:33 | 学校


最近、高校のクラス会の集まりが多く企画されている。
私くらいの年が、クラス会最適令なのだ。
父も、今のわたしの年齢の頃から、
盛んに中学のクラス会に出ていた。
優れたクラス会とは、
高齢になっても、みながよく集まるクラス会である。
良い高校に行ったな、と思う。
バランスの良い人間を作り上げる学校だった。

モットーは
全人教育。






50年前の悪夢にうなされる

2019-06-17 18:45:03 | 学校


私は、もう古希に近い。
50年余り前、高校で、次のような英文エッセイを読んだ。
「私は60歳になるが、いまだに学生時代、試験の前夜に、試験の恐怖におびえた夢をみる」
彼よりは、私の方が年長になってしまった。
そして、彼の書いていることが、普遍的な人間心理をついていることに、
改めて感心するのである。
つまり、今でも、50年余り前の、恐怖の試験前の悪夢を頻繁に見る。
イギリスだろうと日本だろうとインドだろうと、
こういう心理はかわらないだろう。
フロイトやユングの説を持ち出すまでもなく、
意識の底に植え付けられた感情は、生涯にわたって人間を苦しめるのである。

「3つ子の魂100まで」ということわざも、
こうした事理を説明するのだろう。

若いほど、ある経験は、深くしみいる。

ある先生がおっしゃっていた。
「学校や保育所の教育で、重要なのは、保育所や幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、大学院の順だ」
若いほど、教育の重要性は高まるというのである。
同感である。































茅ケ崎市の公立小中学校のレベルはたいへん高い②

2019-06-11 20:48:44 | 学校


(承前)

のような経緯で、
平成10年4月以降の茅ヶ崎市立浜之郷小学校の指導に、
佐藤先生に来ていただくことになった。
徹底的な授業の参観(ビデオに録る)をもとに、
2時間以上にわたって、研究会をする。
教師たちの成長は、驚くほどであった。
この営為をずっと続けるうち、
浜之郷小学校の教育レベルが非常に高くなった。
無論、指導者だけでできることではない。
父兄や地域の方の全面的な協力もあった。

内容は、別の機会にゆずるとして、
結果として、
浜之郷小学校で育った優れた教師たちが、
茅ケ崎市中に散っていった。
そのことが、
茅ヶ崎の公立小学校界のレベルをきわめて高いものとした。

そうなると、公立中学校のレベルも高くなる。

どのようにレベルが高いのかは、別の機会に書きたい。

今も、この研究会は続いている。
指導者
佐藤学(学習院大学特任教授)
秋田喜代美(東京大学教授)
庄司康夫(埼玉大学教授)

なお、佐藤学先生は、のちに日本教育学会会長になられた。






































茅ケ崎市の公立小中学校のレベルはたいへん高い②

2019-06-11 20:48:44 | 学校


(承前)

のような経緯で、
平成10年4月以降の茅ヶ崎市立浜之郷小学校の指導に、
佐藤先生に来ていただくことになった。
徹底的な授業の参観(ビデオに録る)をもとに、
研究会をする。
この営為をずっと続けるうち、
浜之郷小学校の教育レベルが非常に高くなった。
無論、指導者だけでできることではない。
父兄や地域の方の全面的な協力もあった。

内容は、別の機会にゆずるとして、
結果として、
浜之郷小学校で育った優れた教師たちが、
茅ケ崎市中に散っていった。
そのことが、
茅ヶ崎の公立小学校界のレベルをきわめて高いものとした。

そうなると、公立中学校のレベルも高くなった。

どのようにレベルが高いのかは、省略する。

今も、この研究会は続いている。
指導者
佐藤学(学習院大学特任教授)
秋田喜代美(東京大学教授)
庄司康夫(埼玉大学教授)







































茅ケ崎市の小中学校のレベルは非常に高い①

2019-06-11 20:24:41 | 学校


教育の専門家ではない方に、よく、
「茅ヶ崎市の小中学校のレベルはたいへん高い」
と指摘される。
実は、それはもっともで、理由もしっかりある。
歴史は、平成10年4月7日から始まる。
この日、茅ヶ崎市浜之郷小学校が開校した。
初代校長の大瀬敏明さんが、
校長着任前、
指導主事(公立学校の教師や学校を指導する教育行政官)を務めていたころ、
当時の東大教授の佐藤学先生(学校教育学専攻)の「カリキュラムの批評」という本に感動し、
指導主事仲間でこの本を研究していた。
後、大瀬さんは、茅ヶ崎市立浜之郷小学校の校長になる。
大瀬さんは、当時東大教授だった佐藤先生の研究室を訪ね、
3つのお願いをする。
「カリキュラムの批評」を手元に、

「①茅ヶ崎に講演に来ていただきたい。
お話していただきたいことは、この本の〇〇ページと〇〇ページ。
②今茅ヶ崎で進めている教育プランのスーパーバイザーとしてご指導いただきたい。
③平成10年4月に開校する小学校の学校づくりにあたって、
〇〇ページと〇〇ページのこの部分の先生の考え方を取り入れたい。ついては、全面的にご指導いただきたい。」

即、快諾いただいたそうである。

「たいへんありがたいお話です。3つともお引き受けします。」
さらに
「来年は他の学校に出向く仕事を半分にし、その分茅ヶ崎に出向きます。」

(続く)


































大学の通信教育課程で学ぶ意義はあるか①

2019-04-12 18:47:00 | 学校


大学の通信教育課程で学ぶ意義はあるのか。


それを論ずるには、
簡単に私の学歴を説明しておかなければならないだろう。

わたしは、大学には2つ通い、
大学院は博士課程前期を修了した。

1つめの大学は

知育尊重で、偏差値は、極めて高い。
法学部。
通学課程で学んだ。

2つめの大学は、

知育もさることながら、
労働、芸術教育にも大きな特徴を持つ。
偏差値はあまり高くない。
文学部教育学科。
通信教育課程で学んだ。

どちらにも長所はあるのだが、
どちらかといえば、
2つ目の大学の方が好きなのである。

通信教育課程で学士号をとった後、
修士課程に進み、
修了後は、母校の教員となった。

通信教育課程では、働きながら学んだ。
勤労学生である。
学生は、ほとんど勤労学生であった。

この体験から、「大学通信教育課程で学ぶことは大いに意味がある」
という意見を持っている。
異見のある方は、それなりの理由があるのだろうから、
その意見も尊重する。
人それぞれである。

さて、

通信教育課程で学ぶことの第1の意義は、
多様な学生が存在するということ。
大学院博士課程修了の知的レベルの高い(人格が優れているかどうかは別であるが)から、
「ちょっと勉強には失敗したなあ」
という方までレベルは多様である。
多くの、また、個性的な学生と机を並べることができる。
年齢も、18~85歳と、多様である。

第2は、学費が安いこと。
これも大きな魅力となる。
通学課程と通信教育課程では、20対1、という大学もある。

それ以外にもいろいろあるのだけれど、
人生は長い。
少しずつ話したい。

今回は、ここまで。
















高校生の化粧をどう思いますか?

2019-03-07 22:22:39 | 学校


最近、化粧をした女子高生をよくみるようになった。
駅や、街で、化粧をした女子高生を見ることは、
かつてなかった。
彼女たちを否定するつもりはないが、
「そこまでしなくとも」
とも思う。

女子高生と言えば、
ただいるだけで、
人を癒す清らかさがある。
それだけで十分ではないのか。

化粧しても、美しく見えるとは限らない。
まずは、内面の美しさ、魅力を磨いてほしい、
と思うのは、
私が老いてしまったからだろうか?

It's cold, isn't it?

2019-01-28 19:04:54 | 学校


夕方、冷たい風が吹いていた。
それで、信号待ちをしているとき、
思わず、
It's cold, isn't it?

つぶやいた。
すると、左下から
「寒いね」
という声が聞こえてきた。
見ると、
小学校2年生くらいのこどもが、
こちらを見ていた。
今の時代、学校、塾、テレビ番組等で
英語に触れるので、
このくらいはあたえいまえだろう。

もうすぐ、
小学校5、6年生も英語必修となり、
日常会話だけでなく、
文法や構文も、正式に教え、
評価しなければならなくなる。
小学校教師の負担増加も心配される。

そもそも、
もっと国語教育を充実させ、
日本語をもっと上手につかいこなしてほしい、
という気もする。

公立学校では、
学習指導要領に従う義務があるので、
教師が、個人の意見で正式な英語教育を避けることは、
法的にできない。

国語教育の質をさげないために、
どのような工夫をすればよいのだろう?

高校3年最後の総代

2018-11-23 21:02:34 | 学校


高校時代、
「総代」
というのがあった。
クラスの代表、
まあ、学級委員みたいなもの。

3年最後の
総代選挙。

なんと、
嫌われ者の
わたしが
総代にならされてしまったのだ。

ときどき、
総代の会議にでなければならない。
友人のA君と一緒に
会に出た。

彼の場合、
品行方正で成績もよい、
しかも剣道三段だから、
納得できる。

あとで、
担任の先生に聞いてみた。

「適当な奴に入れとけゆうことじゃ」

ははあ。

今も思う

ガキ大将の
T君が、
選挙の直前に、
みんなになにかささやいていた。

あいつにやられた、

今も思う(笑)

ある人~計算の天才~

2018-11-22 21:38:54 | 学校


今日、
皆で話をしているとき
計算の得意な人が、
その力を
披露してくれた。

たとえば、
173✖53

瞬時に
計算する。
あっている。

方法は省くが、

自分が
4年生の頃、

掛け算の
仕方を学ぶとき、
「こうすればいいんじゃないか」

思った方法と
同じだった。

わたしは、
なまじっか
先生に忠実だったために
才能を
削っていたことが
わかった。

勉強せんかったためによかったこともあるんじゃのう。

玉川大学教育博物館

2018-11-02 22:48:00 | 学校

玉川大学の創立者、
小原國芳は、
教育資料を
集めようとした。

すっと、
以前の話である。

夢は
実現し、

今、玉川大学は、
教育博物館

もっている。

特徴。
所蔵資料の多さ。
4万件。

なかでも、

①ギリシア、ロシアの
 イコン
②ジョン・グールド
 鳥類図鑑
③近世、戦後の
 教科書。

無料で入れる。

遠方の方は、
ホームページで
みてください。

とても
おもしろいです。

今は、地域住民も授業参観に参加できます

2018-10-22 22:50:14 | 学校
いまは、
学校を地域住民に開放している。
多くの地域で、
自治会員の学校参観を
ゆるしている。

今日は、地域の学校に出向き、
地域住民として参加した。

茅ヶ崎は、歴史的な事情があって、
日本でも、もっともすぐれた
義務教育の旗手でである。

私の参加した学校も
すぐれた教育を
展開していた。

さかのぼれば、
当時東大教授であった
佐藤学さんの指導で、
教育レベルがあがったのである。

やはり、素晴らしい教育を
展開していた。

佐藤学さんの実践参加は、
「学校を創る」
という本で
紹介されている。

保護者にも教師にも
読んでいただきたい本だ。

ブログランキングに参加して

2018-10-22 22:44:43 | 学校
ブログランキングに参加している。
一時は、順位が気になった。
いちばんよかったときは、
300万人中6位になった。
しかし、そのために
あまり多くの投稿をしたから、
フェイスブック友達に
迷惑をかけてしまった。
それで、
今は、ほどほどにしている。

4人の校長

2018-10-21 19:14:34 | 学校
ちょっと、だけど、
小学校の
教師をした。

4人の校長に仕えた。
反面教師もあったが、
3人は、
いまでも
尊敬している。

ひとりめ。
初任校の校長。
剥げていたが、
教頭と、
「わしのハゲが治るかもしれんぞ」

わらっていて。
卓越した人だった。

ふたりめ。
いつも、職員室から
消える。
気が付くと、
植物の世話をしていた。
いまでも年賀状が来る。


3にんめ。
いやがるわたしに、
退職を勧めた。
この野郎、
ころしてやる、
と思って、
憎んだ。
退職することができた。
退職には、
許可がいる。
退職できた。
小学校長の
校長会会長になった。
芸術はさっぱりで、
もちうたは、
「旅人」
だけ。
でも、かわいそうだ。
芸術家ら縁遠かったから。
71歳で逝った。
いまにしておもう。
かれこそ
最高の校長ではなかったか。
わたしが、
小学校には向いていないと
判断したのだ。

こうして、
わたしは、
大学で
教鞭をとるにいたった。