いい日旅立ち

日常のふとした気づき、温かいエピソードの紹介に努めます。

あなたは一生を変える特効薬に出会えるか

2015-01-28 19:34:38 | 日記
一生を変える特効薬というものがある。
安倍首相が、総理に再登板できたのは、持病に効く特効薬ができたからだ、というのは、有名な話だ。
肺炎に効く抗生物質の話は、いうに及ばない。
ある知人は、胃腸が悪くて外出ができず、毎日家の周りで過ごしている。頻便のため、外出するとおもらしになってしまう。
医者に行く時だけ、薬をたんと飲んで、外に出る。
また、頻便のために、乗り物が制限される人もいる。
JRの幹線なら、車両にトイレがついているから乗れるが、地方の私鉄で、トイレのない車両には乗れないそうだ。
さぞ不便だろう。
いずれも、特効薬に出会えなかったようだ。
しかし、消火器内科に通っていて、特効薬に出会った人がいる。
1日3~4回という頻便のために、日帰りのバス旅行にも行けなかったのだが、特効薬に出会った。
1回あたり5マイクログラム(1マイクログラムは1ミリグラムの千分の一)の薬で、頻便がピタリと止まったそうだ。
今では、日帰りの旅行どころか、海外旅行でも大丈夫だそうである。
一生が変わった、と彼は言う。
たまたま優秀な消化器内科医にかかって、新しい薬を試してみたら、てきめんに効いたという。
大腸ファイバーを飲んでも、胃カメラを飲んでも異常はないのだが、頻便は続いていた。
どうやれば特効薬に出会えるかは、その人の運命しだい、という面もある。
しかし、難病であればあるほど、様々な医者に掛かり、情報のアンテナを張り、治療法にアタックする必要があるだろう。
あなたは、持病に効く特効薬に出会えるだろうか。

ラジオはパソコンで聴くもの?

2015-01-27 20:48:12 | 日記
筆者は、ラジオはもっぱらパソコンで聴いている。
ラジオの受信機は持っているのだが、家にいるとき、AMは全然入らない。
FMであれば、いくつかの局の放送は入ってくるのだが。
ラジオの受信状態は、人に聞くと、ひとりひとり皆違う。
全部入る、という人もいるし、ほんの一部しか入らない、という人もいる。
受信条件が皆違うのだ。地価のいかんにかかわらず、何故か、違うのだ。
ラジオを受信できない、という人にとっての福音は、パソコンで聴けるようになったことだ。
筆者のパソコンでは、ほとんどの局のラジオ放送は、聴ける。
radiko.jpというサイトにアクセスすればよいのだ。ただ、NHKはだめである。
勉強好きの人には、放送大学の講義を聴けるのが、楽しみだろう。
パソコンで聴くときは、パソコンをラジオ専用に使うのが普通だろう。
ワードやエクセルを使いながら(書類を作成しながら)ラジオを聴くと、ミスが多くなる。
ラジオも案外人気があり、テレビでは物足りないから聴く、という人も多い。
特に、高齢者には、深夜放送が人気である。
パソコンでラジオを聴くとき、録音用のソフトは高価で、使う気になれない。
あえてパソコンで聴くラジオ放送を録音する必要性は感じていない。
どうやら、ラジオ放送はパソコンで楽しむ、というのが、ポピュラーなようである。


お坊さん、将棋を指す

2015-01-25 20:41:33 | 日記
「お坊さん」と呼ばれる人が、将棋を指している。
それも、毎日曜日、道場に現れるのである。
ニコニコと愛想がよく、誰とでも、指す。
もっぱら、穴熊を得意としている。
将棋を指す醍醐味は?と聞くと、「相手が負けた時の渋面を見ることほど楽しいことはない。」
という。
坊さんらしくない発言である。
しかも、居飛車は一切指さない。
1度、「あながた居飛車で指すところを見てみたい。」
とリクエストすると、居飛車、それも本格戦法の「矢倉」を指してくれた。
しかし、2万局指しているわたしが、観たこともない、奇怪な手であった。
それを指摘しても、相変わらずニコニコしている。
ある日、この人と一緒に帰ったのだが、「もう60歳も過ぎたから、女なんて関係ない。坊主にしようかな。」
というから、
「それがいいんじゃない?」
と答えた。
すると、翌週、本当に坊主にしてきた。
それ以来、皆が「お坊さん」と呼ぶようになった。
穏やかな性格が、皆に好かれているのである。
何のことはない、お坊さんといっても、お経をよんだり、葬式にでてきたりするのではなく、
髪型がお坊さんなのである。
今日も、ニコニコと機嫌よく指していた。
来週も、このお坊さんと指すのが楽しみである。

96歳の鉄人アマ棋士、3度癌から生還

2015-01-23 18:51:05 | 日記
時々行く将棋道場に、96歳のライバルがいる。
3段同士でしのぎを削っている。
第二次大戦終戦時は、軍隊にいて、兵曹長であった。
今まで、3種のがんにかかるも、いずれも生還。
喉頭がんのときは、6か月抗がん剤を打ち続けても、髪も抜けなかったそうである。
体が頑健で、腕も丸太のように太い。
道場には、バイクで通っている。
長寿の秘訣には、精神的な要因があると思う。
感謝の気持ちを忘れない人で、仲間内でも、人気がある。
棋風は、羽生型で、何でも指す。
時に、勝ち将棋は鬼のごとくなる。
友達同士で、時々カラオケに行く。道場から3分のところにカラオケスタジオができたのだ。
この鉄人、カラオケに行くたびに歌がうまくなってきた。
進歩しているのだ。
つまりは、これも生涯学習で、96歳になっても上達する、ということの見本なのである。
最長不倒距離は、どこまで伸びるのだろうか。
100歳までは大丈夫、というのが、もっぱらの評判である。

老人ホームでボランティア、そしてピエール・カルダン

2015-01-22 19:03:00 | 日記
特養の老人ホームでボランティアを始めて、11年になる。
母が亡くなったことがきっかけであった。
スタッフ4人で、将棋のお相手をしている。みな、将棋のプロ、佐伯昌優九段将棋サロンの生徒である。
男性2人、女性2人。4段1人、3段1人、初段2人、と多彩である。
80代2人、70代1人、60代1人と、こちらは、少し高齢。
月1回、2時間ずつおこなっている。
ホームでは月1回の「名人戦」、「4人の名人に挑戦!」と紹介されている。
そう強いわけではないのだが、このように紹介した方が、面白くは、ある。
2人の女性は、もっぱら、四間飛車、という戦法で戦う。
2人の男性は居飛車党で、棒銀を得意とする。
2人の女性も、プロに教わっているだけあって、結構利用者を苦しめている。
利用者の最高齢は92歳。
指しながら、いろいろな話をご老人から伺えるのは、楽しい。
闘いが終わると、4人で、ホームで用意してくださった茶菓を食べながら、感想を交換する。
女性のひとりが、人生の整理をしているのだ、ということで、
先日、男性に、ご主人がもうはかない靴下をプレゼントしてくださった。
ありがたくいただいたが、後であけてみて、びっくりした。
2足とも、ピエール・カルダンの製品なのである。
わたしが普段はくのは、3足1000円、といった安物で、
こんな贅沢をしたことはない。
交通費も自前で、もうかるボランティアではないが、こんないいこともあるのか、と感心した。
できる限り長く続けたいと思っている。
老人を慰めるのではない、自分たちが癒されるのだ。
次回の訪問も、楽しみにしている。

ポルトガル旅行と肺炎

2015-01-19 22:21:49 | 日記
友人夫妻が10日間のポルトガル旅行に行ってきた。
昨日、帰日の予定だったので、電話してみたのだが、通じない。
今日、奥さんの携帯に電話して、やっと事情がわかった。
ポルトガルでご主人が肺炎にかかり、ホテルで5日間静養した。看病を頼まれて世話をしていたら、自分も肺炎にかかってしまったとのこと。
医師と言葉が通じないし、通訳も病気の話は上手に説明できないので、大変不安だったそうだ。
何とか帰日できて、今、病院の待合室にいるとのこと。
夜、ご主人から電話があった。
ポルトガルで風邪をひき、38.5度の熱が出て、放っておくと肺炎になるので、ホテルで5日間静養したそうだ。
奥さんの話とは微妙に違うのだが、とにかく、ポルトガルで病気になって、観光どころではなかったようだ。
海外旅行から帰って、ハッピーだろうと思っていたのだが、とんだ伏兵がいたものだ。
友人にその話をしたら、
「俺は若いころはともかく、海外旅行をしたいなんて思わないよ。海外で死んだという話もよく聞くな」
ということであった。
とにもかくにも、何とか帰日できてよかった。
お土産も期待していた(笑)が、事情がわかってみると、それどころではない。
無事に帰ってきてくれたことが、立派なおみやげだ。
10日間の音信不通の時を過ぎて、また、お付き合いができることが、今はうれしい。

1000万人の将棋

2015-01-18 20:20:11 | 日記
本格的に将棋を始めて30年余になる。
30歳のころからだから、激務の中であった。
上司からは、「将棋はやめろ」と、何度も言われた。
何か、含むこともあったのだろう。
しかし、他のことはともかく、将棋だけは決してやめなかった。
この選択は正解だったと、今も思う。
今は、ある程度時間もとれるようになり、交友関係も広がった。
フェイスブックなどで友達はたくさんできたし、実生活の中でも、仲間は多い。
定跡を覚える、プロの実戦棋譜を並べる、詰将棋や必至問題を解く、など、いろいろな勉強法をとっている。
週に何回かは、棋友と実戦を指し、楽しむ。
月に1回は、4人のスタッフと一緒に、老人ホームで将棋を指すボランティアをしている。10名ほどの参加者があり、楽しみにしていただいている。
道場で年代も仕事も違う人と共通の話題ができるのも楽しい。
子ども、学生、社会人、主婦、引退後の人、と、仲間は多様である。
道場の1級から始め、今は3段で指している。
先だって、総務省の調査で、日本の将棋人口は670万人、と発表された。
子どもも含めれば、1000万人くらい、ということになる。
集中力がつく、考える訓練になる、実戦を通じた交友ができる、など、メリットは多い。
筆者の専門は、教育哲学、教育法学であるが、最近よく感じるのは、
将棋の考え方は、哲学、法学に似ているということである。
実際、竜王のタイトルを保持していた糸谷哲郎8段も、哲学の専門家である。
将棋は、今は大学等でも正式な講座として認められている。
東大では勝又先生、堀口先生、矢内理絵子先生などが、客員教授、客員准教授として講座を持たれている。
首都大学東京では、法学部の正式科目として開設されている。
小学校、中学校、高校でも、クラブ活動などで教育活動の一環としてたしなまれる。
将棋は、日本の文化の一ジャンルとして認められたといってよいだろう。
老若男女を問わず、質の高い文化に触れられる日本人は、幸せだ。
また、海外への普及活動も盛んで、国際的な支持を得つつあるといってよいだろう。
1000万人の将棋。将来の楽しみな文化領域だ。

7年目のヨガ

2015-01-18 06:13:29 | 日記
ヨガを始めて7年になる。
藤沢の朝日カルチュアセンターで行っている。
1週間に1回、1時間半の実習である。
先生は、佐保田ヨーガの巨頭、奥山愛子氏。
各種のポーズ、呼吸法を中心におこなう。
効果はてきめんで、いろいろな精神的、肉体的改善がみられた。
最初の実習の日は、不眠が治って、爆睡した。
ヨガだけの効果ではないかもしれないが、1年間で10キロ体重が減った。
精神的には、以前より悩みが少なくなったように思う。
練習中は、爽やかな気分になり、時々寝てしまうこともある。
生徒のいびきが聞こえてくるときもある。
今の生徒は5人。
他の教室では、希望者が多すぎて、参加を断っているそうだ。
実習が始まるまでの空き時間、生徒同士の交流も楽しみのひとつである。
仲の良いグループになった。
1回実習を休むと、体がむずむずして仕方がなくなる。
毎日自宅で練習するのはなかなか大変だが、その効果を思うと、力が入る。
体が柔らかくなる、余分なガスが抜ける、ほのぼのとした気分になる。
ある小学校の運動会を見たとき、準備体操は、明らかにヨガを取り入れていた。
整形外科のリハビリに使っている病院もあるそうである。
毎日練習して、健康に過ごそうと思う。
ちなみに、「身近な佐保田ヨーガ」のパンフレットから、内容の概要を書いておく。

 「佐保田ヨーガ」は大阪大学名誉教授、佐保田鶴治博士がインドのヨーガを正統に伝えるため、
 日本に根付かせた心身一如の健康法です。実習の四原則(ゆっくり、呼吸とともに、集中を深
 め、リラックス)を守って行うので、無理なくどなたでも自然に潜在する可能性を高めていけ
 ます。佐保田ヨーガはあなたを健康にするだけでなく、周りの人に安らぎと喜びを与えられる
 ような心の持ち主にさせるでしょう。そして個人に幸福をもたらすにとどまらず、明るい未来
 をひらくカギになるでしょう。


「されどわれらが日々--」を43年ぶりに読んで

2015-01-17 10:00:19 | 日記
「されどわれらが日々--」(柴田翔著)を43年ぶりに読んだ。1964年出版、芥川賞をとった作品である。
当時は大ベストセラーとなり、話題をさらった。
特に、学生には、必読の書となった。
私自身も、学生時代、興味を持って何度も読んだ、座右書のであった。
20歳のときである。
ふとしたきっかけから、この書の再読を思い立ち、昨日読み終えた。
筋は、平凡である。
すでに就職の決まった大学院生文夫が、婚約する。
相手は、小さな頃から仲の良かったいとこ、節子。
時は政治の時代で、ある政党が地下活動に走り、多くの学生が地下に潜伏する。
主人公や節子の友人、知人の幾人かも地下活動へといざなわれる。
そんな時代、二人は結婚を控えて、静かな時を送る。
それはそれで幸福だったのであろうが、何か、ぎこちない間柄である。
性行為もし、互いの家を行き来し、定期的に節子が主人公の下宿を訪れ、食事をつくる。
しかし、節子は、ときに
「わたしは、こうして一生あなたのために食事をつくるのかしら・・・」
とつぶやくのであった。
いったい、どんなことをおもっていたのか、文夫はわかりかねていた。
ある日、節子から、長い手紙がくる。
それには、ふたりの関係の話、主人公への思いが綴られている。
そして、節子が婚約を解消すること、地方の学校の英語教師として赴任することが綴られている。

 さようなら、文夫さん。また、いつお会いできるかと思うと、悲しみが私を打ちひしぎます。
 けれども、心の願いに従う他、私にどんな道がありましょう。
 文夫さん。この手紙を、私の別れを、私を、判ってください。
 今こそよく判ります。あなたは私の青春でした。
 どんなに苦しくとざされた日々であっても、あなたが私の青春でした。
 私が今あなたを離れて行くのは、他の何のためでもない、ただあなたと会うためなのです。
 そうでないとしたら、何故この手紙を書く必要があったでしょう。
 判って頂きたいと思います。私のことを判って頂けるのは、あなただけなのです。・・・

青春の真っただ中で、そして、人生とは何か、若者らしい疑問を持ちながら、この作品を読んだ自分を、懐かしく思う。
節子は、自己実現のために教師になることを決めたのであり、今の時代には、ありふれた決断である。
当時は、多くの女性には、学校を終えれば、結婚を控えて家事手伝いをしたり、職場の花として会社でお茶くみをしたり、というのが普通であった。
43年たって、時代は変わったものである。
今回、43年ぶりに当時の愛読書を読む、ということをしてみて、大変良い経験になった。
色々な意味で、良かったと思う。
次は、「徒然草」にかかろうと思っている。