今日も地球は周ってる

管理人の趣味や日々のことを徒然に。宇宙戦艦ヤマト好きーが現在進行形。時々、六神合体ゴッドマーズ。ALの右オタも兼務

「僕のいた時間」 いろいろまとめ 01_機械編

2014-03-22 20:09:00 | TV
「僕のいた時間」の最終回が終わり、なんだかロスっぽい状態に陥っておりまする。
てな訳で、「僕いた」のストーリーから離れて、私が気になったいろいろなまとめを順次お話していきたいと思います。

今回は機械編。

私が一番気になったのは…

ジャッジャーン!!



何て言う名前の機械なのだろう。機械と言うか、ソフトなんだけどw
つまりは音声を自在に組み合わせて喋らせるものだよね?
実際にはボカロがあったりして、こちら方面はかなり発達してきている感があるけれど、
医療用機材となると、色々と制限があったりするのかな?

ひらがな一文字ごとに音が付けられるのは理解。



そして、予め録音しておけば、単語登録もOK



「まじで?」
の時は、ちゃんと語尾が上がってましたね。


えーっと、もう時効かな?
一時期、業務で合成音声に少しだけ関わった事があります。
もう10年以上昔の事。
その頃はまだ"いかにも"って言う感じの合成音声で、アクセントも不自然。
それが改良され始めた頃の事ですね。
単語一つ一つにアクセントをつけていくのです。
アクセントをつけたり、語尾を上げたり、逆に下げたり。
今はかなり滑らかになるようにソフトで調節できるみたいですね。
そんな事もちびっとばかり齧っていたので、ドラマに登場したこのソフトには俄然興味が湧きました(苦笑)

パッと見た感じは、MicrosoftのAccessをベースにデータベースを構築しているのかな?って感じ。
表示させる文字と、単語のデータベースをAccessで管理して、音声DBをそこにリンクさせる。
データベース編集はそんな感じがします。

実際の使用方法としては



50音とアイコン。
良く使う単語は文字でなくアイコンにしておけば、一文字分のスペースで済みます。
アイコンを選択すると、文字列がウィンドウ上部に表示され、その音声が流れる。
こうすると、選択したアイコンに間違いが無いかが解りますよね。
なかなか面白いシステムだと思いました。



文字列選択は、保さんと同じように、顔の筋肉でやってましたね。



もう少し未来になったら、眼鏡のようにアイ・ウェアで操作が可能になるかもしれませんね。
不要な時はオフにしておいて、必要になったらオン。
眼球の動きで文字を選択していく。
軍事用では、スコープに色々と情報が表示される物がありますので、いずれそれが民製品になって、
医療用補助器具として使われる可能性も考えられます。

ただ、医療用に用いる際は、汎用性よりも個別のカスタマイズを必要とする事が多そうなので、その面でコストがかかりそうなのがネックかな?

今回、このシステムで笑ったのが「わっはっはっはっは」と、笑い声まで登録していたこと



拓人は、人工呼吸器を着けるにあたって、悲観的な事は考えていなかったんだな。って。
笑ったり怒ったり、普通に生きる事を考えていたんだなって思えて嬉しかったし、希望が見えました。

会社を辞めて何年も経つのに、こういう所が気になってしまう辺り、やっぱりあの仕事が好きだったんだな。と、思えてしまいます(苦笑)
どんな仕事かは書けませんけど(笑)
こういうのも業務の一環にあったとだけ。
もっと色々と広く携わってましたから。
(傍から見たら私の仕事って訳判らないだろうなあww)

「僕のいた時間」 #11 再生

2014-03-21 16:01:05 | 春馬さん

「恵へ
  私のとなりには誰がいますか?
             恵より」
「拓人へ
  今を生きていますか?
            拓人より」


このメッセージが入ったシャンパンの瓶を膝に乗せ、拓人は冷たい雨が降る街を行く宛てもなく彷徨っていた。

「死にたい訳じゃない。生きるのが怖いんだ」

死にたくない、でも、自分の意思を表示できずに生きるとはどういう意味を持つのか。
拓人は自問自答を繰り返してるうちに、自分の存在が判らなくなってしまったのだと思う。
無意識のうちに、「自分の居場所」である自宅を出てしまった。
(着替えは誰がさせたとか、瓶を持たせたのは誰なのかと言う野暮な突っ込みはこの際ナシでw)

「今」を生きる事に一生懸命だった拓人だが、「今の先にあるもの」と直面してしまい自暴自棄になってしまったのかもしれない。

雨に打たれながら、心ここに非ずの拓人が工事現場にさしかかる。
出てきたトラックを辛うじて避けたものの、電動車椅子が道端の段差に乗り上げ転倒してしまう。
車椅子から投げ出され、倒れて身動きが出来なくなる拓人。
その傍らにはメッセージの入った瓶が…。

救急車の中で拓人は保温毛布と毛布をかけられている。
冷たい雨に打たれ、低体温状態になってしまったのだろう。
そして酸素マスク。
救急隊員の呼びかけに、薄らと目を開いた拓人は
「助けて…死にたくない…」
と、呟いてまた意識が遠のいてしまった。

「澤田さん」
の声に目を開けた拓人の視界に映ったのは、主治医だった。
目を動かすと、反対側には家族と、親友の守、そしてメグ。
拓人は救急車に乗せられていたのは覚えていたが、それ以前は何をしていたのか覚えていないと言う。
主治医は
「大事には至りませんでした」
と、告げる。

家族達が帰りメグと2人になってから、拓人の食事が運ばれてきた。
茶碗一杯分の粥。
「食べられる?今は無理しなくても、後で…」
と、言うメグの言葉に拓人はしばし逡巡し…ぐぅとお腹が鳴る。
「食べる」
と言う。
メグがレンゲにすくった粥を一口で食べる拓人。


ここまでのシーンは、前話(10話)で、人工呼吸器をつけるかどうか、決断できないでいた拓人が意を決するまでを描いていると思います。
救急車の中でうわ言のように「助けて…死にたくない…」と言ったのは、拓人の本心だったのでしょう。
車椅子から転げ落ち、冷え切った身体、苦しくなる呼吸。
拓人にはそれが非常に恐ろしかったのだと思う。
救急車に乗る以前の事を覚えていないのは、どちらの覚悟も出来なかった自分はもういなくなった。
と、言う演出だと思います。

そして粥を食べるのは「生きる」と言う拓人の決意の表れだと。
自分の身体が生きたがっていると、拓人は思ったのでしょう。
あの時の拓人は、怯えも何もなく毅然とした表情をしていると思いました。


見舞にきた守と陽菜。
守は拓人が右腕をある程度自由に使える補助器具をセットしながら話す。
「こだわりのカフェを作りたいんだ。コーヒーカフェイン抜きとか、コーヒーぬるめストロー付きとか」
その言葉にハッとする拓人。
守の未来に自分の存在が関わっている。
マンションの隣の中学生のスミレもそうだった。
工学部に行って、自由に歩く為の歩行器具を作るのだと言っていた。
そこにも自分が関わっている。
拓人は、以前スミレから受けた学校の講演会の依頼を受けることに決める。


陸人はバイト先で同じ趣味の人と出会う。
嬉しさのあまり、赤飯を買ってくるが、自分の分しか買ってきていない事には気がつかない。
それでも、そんな陸人を微笑ましげに見守る拓人とメグ。
ゆっくりと、拓人も成長しているのだ。

メグはALSに必要とされる食事の栄養学を独力で学ぼうとしている。
弟は恐竜研究の為に入り直す大学の受験勉強に励む。
院長の父は、自分の病院を起点に、難病患者の診療などを地域連携で補助する試みを始めた。
守は自分の店を持つ為に勉強を始める。
陽菜のお腹には新しい命が宿る。
向井(シゲ先輩)は、子供達にサッカーを教えるようになっていた。

自分と関わり、色々な思いをした人達が新しい道に向かって歩き始めている。
それを知った拓人は嬉しくて、そして満たされた気持ちになったに違いない。
夜、眠っている筈の拓人の小さな声に起きたメグの見たのは…
眠りながら微笑んでいる拓人だった。

公園で拓人は一人佇んでいた。
池から飛び立つ水鳥が水を蹴る音。
芝生に咲く水仙の花。
鮮やかな黄色の菜の花に寄ってくる蜂の羽音。
咲きほころぶ梅の花の香り。
羽ばたく鳥達の鳴き声や羽音。
木々の葉ずれの音。
そして、陽射しの温もり。
身体が動かなくなっても、声が出せなくなっても、自分はこういうものに囲まれて生きて、生かされる。
そして、周囲の人達の温もりや助け、前を向いていく気持ちにも。

拓人は講演会で、自分の本心を曝け出した。
それは中学生達に聞かせると言うよりも、まるで、自分の過去を再確認するようでもあった。
少しずつ奪われる身体の自由。
失う度に増える目標。
自分は何のために生まれてきたのか。
これから自分に何が出来るのか。
そして、拓人は覚悟を決めた。
「生きる」覚悟を。
それは「僕のいた時間」の全てが、これからの自分の生きる道を支えてくれると。


人工呼吸器をつけた拓人はもう、顔の一部しか動かすことが出来なかった。
医師に紹介された機械を通し、呼吸器を装着する前に予め録音しておいた自分の声でメグと会話をする。
それは、人工呼吸器を付ける前と大して変わらない日常だった。

人工呼吸器を装着する前に新たなメッセージを入れたシャンパンボトルを埋めてから三年。
拓人とメグは、あの海岸に再度来ていた。
瓶を掘りだすメグ。
2人が書いたメッセージは…

「拓人へ
  私のとなりにいてくれてありがとう
               恵より」
「メグへ
  オレのとなりにいてくれてありがとう
               拓人より」

*******************************************************

最終回は最初っから涙腺崩壊してました。

「ほら泣け、泣けるだろww」
と言われてるような気がするぐらいに(苦笑)

細かな台詞や仕草の全てが拓人の最後の覚悟に繋がってるんですもん。
もう気が抜けないったらありゃしない。
でも、入院時に拓人がお粥を食べたシーンで
「拓人は人工呼吸器を装着するな」
と、はっきり判りました。
保さんはミキサー食を拒否し、人工呼吸器を装着しない生き方を選びました。
拓人はお粥を食べた。それは保さんと違う道を選んだ事を示していると思ったんです。
今までのストーリーの全てがこの最終回への伏線だったのだと思うと、本当にすごく緻密に練られたドラマだと再確認しました。

陸ちゃんも良いキャラに育ちましたねー(笑)
でも、人のスマホをいきなり取り上げちゃダメでしょーがww
講演会の「あと15秒」とかw
もう、本当に良いキャラだわー(笑)
でも身近にいたら蹴り入れると思うけど(苦笑)

兄弟のお父さんも、最初はすっごく冷たそうで、世間体しか考えていなかったのに、
難病患者の地域連携や補助の提案をするなど、拓人がいたからこそ本来の医師と言う目的を見いだしたのかも。

お母さんは拓人の頭や頬をワシャワシャと子供のように撫でまくって褒めてあげて。
ずっと忘れていた母親としての気持ちを素直に表してたなあって。

マモちゃんと陽菜ちゃんは「こだわり」の店を持つ為に頑張ってる。
赤ちゃんも授かるし。

シゲ先輩も、すっかり吹っ切っていて、まさか子供達のサッカーのコーチするなんて。

家具屋のバイト先輩は社員になっていて、障がい者雇用のチームリーダーしてるし。

スミレちゃんも、目標を見つけた。

一見普通に見えてたけど、それぞれ問題を色々抱えていた。
それが、拓人がALSを発症した事がきっかけで、自分達を見詰め直す事になり、ひいては将来を考える事に。
拓人のALSは話の軸として大切。
それを踏まえた上で、拓人の周囲の人達が新しく出発するきっかけとなった。

このドラマは一人のALSという難病に侵された青年を描きつつ、その周囲の人々の再生を描いた
群像劇であり
ヒューマンドラマでもある
ものだと思っています。

基本的にTVドラマって嘘丸出しの綺麗事や、過激な言動などでつまらない物ばかりでした。私にとって。
だから、ドラマはろくに見た事がありません。時代劇や大河ドラマなどを気が向くとかいつまんで見ていた程度。
そんな私が1話から最終話まで、常にリアルタイムで視聴してなお且つ録画までしたドラマ。
リアルを描いたフィクションとして、非常に素晴らしい出来栄えだったと思います。

三浦春馬さんは、去年のラスシン辺りで何故か突然ハマってファンになってしまったのです(苦笑)
ハマった理由はここではちょっと書きかねますけど(苦笑)←ヲタ過ぎて書けないww
ラスシンでも「芝居が上手いなあ」と思っていましたけど、「僕いた」では彼の役者根性をガッツリ見させて貰いました。
10話から最終話でその辺りが本当によく判ります。
例えば、声。
10話の前半はまだ普通に話しているのですが、それが次第に力無い声になっていき、やがて抑揚もなくなります。
講演会の頃には声のトーンも落ちています。
再び瓶を埋めに行く頃には抑揚も無くなって、もう呼吸筋も声帯を動かす筋力さえも落ちていることが判ります。

撮影はバラバラなのに、計算して演技しているのだから凄い。
前後の繋がりを細かくチェックして、きちんと合わせているんですよね。
舞台のように一気に数時間で演じるのならば、気持ちのテンションや力の入れ具合抜き具合も調節しやすいですが、
ドラマのように、放映順でなくバラバラに撮影していく中でそのテンションや演技の調節をつじつまが合うようにしている。
プロだから当たり前とは言え、最近はプロの俳優と呼べる若手が少なくなってきているので、尚更、彼のプロ根性がハッキリと見て取れます。
(ジャニがドラマに出てても、彼らの事は私は俳優と看做してないですから。岡田准一氏を除いて)

マモちゃんの風間さんはジャニーズでありながら、俳優一本でやってきている稀有な人。
17歳の時には「遊☆戯☆王」で武藤遊戯を演じていました。
私は彼の事を新人の声優だと、つい先日まで疑っていませんでしたw
と、いうかマモちゃんの中の人が遊戯の中の人だと知ったのがつい先日だったと言うww

陸ちゃんの野村くん。陸人を演じた事できっと彼の存在感は、俳優界の中で増したと思います。
視聴者が「本当に嫌な奴」と言うぐらい、嫌な陸人を演じてましたもの。
私も最初の頃の陸人は本当に嫌いでしたw

斎藤工さんは、実写版ヤマトに出演してらしたので名前は知っていました。
「あ、山本の人だ!」てのがキャストを見て最初に思った事w
あの時は芝居らしい芝居もあまり無くて、敬礼して散っていきました…
惜しい。
しかしまあ、この方もいい役者になってらして♪
嫌味な感じも、最終話の爽やかさもピッタリハマる。自分を出さないと仰ってるだけに、上手いです。

多部ちゃんは、もう言わずもがな(笑)
CMでも一緒だし、この2人がいるのはごく自然な雰囲気。
見ていて違和感が全くないカップルでしたね♪

主治医の先生は、今の大河で天皇をやってらしたと言うww
そのギャップに大爆笑。
飄々としていても、常に冷静な医師を何とも上手く演じていらっしゃった。
「はい」の一言。足をポンと叩く仕草一つ。
どれを取っても無駄が無く、効果的。

小市さん。実は私とあまり年齢が変わらないそうでビックリしました(苦笑)
良い感じで老け役をやられましたねえ。
講演会で一筋涙を流した演技が印象に残りました。

原田美枝子さんと浅田美代子さんは言うに及ばず。
同年代のお二人が本当に対照的な、でも、それぞれらしい母親を演じていらっしゃいました。

陽菜ちゃんは、モデルさんなんだそうですね。
でもサラリとした自然な演技には無理感がなくて好感が持てました。
これから頑張ってくれるかな?
エドが好きというのはご本人の趣味だとか(笑)


脚本の橋部敦子さん。
実は同い年だと判りました(苦笑)
だから、台詞や色々な点で何もかもがストンと腑に落ちるわけだ。と。
同じ時代に育ち、同じような音楽を聴き、番組を見てきたから判る、同世代の見えない繋がり。
そんなものを感じました。
橋部さんの脚本は無駄が無く、台詞の一つ一つが思わぬ伏線だったりするのが、
私達世代が子供の頃に良く観たドラマやアニメの脚本を手掛けた藤川桂介氏に似ていると感じました。
藤川脚本、好き世代なんです、私。

そして制作スタッフの皆様、
日本ALS協会の皆様、
素晴らしい作品をありがとうございました。

TV嫌いだった私をここまで夢中にさせた初めてのドラマです。

本当にありがとうございました。

メモ 春馬さん、雑誌登場時はダーーーーッと出るので、困る♡

2014-03-19 15:30:26 | 春馬さん
ああ、金欠が 4/7
CREA 4/9
週刊女性  4/9
女性自身  4/12
FRAU   4/15
YOU RARER フリーペーパー 4/16
週刊朝日 4/19
BARFOUT! 4/20
non-no  4/24
月刊ザテレビジョン 4/16
BARFOUT! 4/20
+act mini 5/1
Audition 5/8
anan 5/10
Gainer  5/21

まったく個人的な趣味による 「僕のいた時間」 と 「六神合体ゴッドマーズ地球編」 の相似についての解釈

2014-03-15 20:47:07 | GM
はい。突拍子もないタイトルですね。
そんなのはいつもの事(?)なので、余り気にしないで下さい。


何故に「僕のいた時間」と「六神合体ゴッドマーズ地球編(以下GM)」なのかと言いますと。

そもそも。
春馬さんのオフィシャルサイトのトップページの写真が、「タケルが三次元に実在したらこんな感じになる!」
って感じの写真だったからです(笑)
はい、それだけで春馬さんファンになりました。
あああああ。すいません、殴らないで下さいね。30年以上ずっと好きだった二次元キャラが、
突然目の前に三次元になって現れた衝撃を、どう表現すれば良いのやら。
と、本人も言葉に出来ないような状況で春馬さんにハマってしまい、ラスシンから見始めました。
過去作品を見て行くと更に好き度がアップして、最新の情報で更に深みに嵌まり…。

「僕のいた時間」に至っては、春馬さんが拓人なのか、拓人が春馬さんなのか。
ってくらい、入れ込んでドラマを見ております。


で、やっと本題。

「僕いた」と「GM」なのか。

それは、両方の主人公に命のリミットが科せられた事です。

拓人はそれまでごく普通に特に将来とか深く考えずに日々を過ごしている就活生。
たまたま出会ったメグとなんとなく恋仲になるも、突然病魔に襲われ…。
自分の未来を見失った拓人は、病気の事を隠してメグを別れ、一人、病魔と闘い始める。

マルメロ星のギロンを倒し、再び平和を取り戻せたかと思った矢先、タケルの両手首には悪魔の枷が嵌められる。
超能力を使う度、戦うたびにその悪魔の枷がタケルの生命を縮めていく。
そして、命が尽きるのはいつなのか、タケル自身にも判らない。

その後の物語の構成が何だか似ているんですよね。

始めは周囲にひた隠しに隠して、何気ない感じを装って日々を過ごす。
しかし、ある時に一部の人間に事情を知られてしまう。
その人等には「他の人(若しくは一番知られたくない誰か)には黙っててくれ」と、頼む。
そうやって日々を過ごすが、どうにも出来なくなり、真実が明かされる。

周囲の人間は「死ぬな」と言うが、主人公は「死にたいわけじゃない」と葛藤する。
(タケルの場合は、「もう、戦うのは疲れた」とか言ってましたけどねww)

つまり、死を目前にした状態で「生と死」について否応なく現実を見せつけられるのです。
拓人は確実に進行していく病魔に。
タケルは日に日に弱っていく自分の身体に。

生きて行くのも辛いけど、でも、死にたいわけじゃない。

なんて 「デ・ジャ・ビュ」!

GMは、まあアニメ的なご都合展開があって、タケルは悪魔の枷から解放され、
真の敵を打ち破り、宇宙へと旅立つ訳です(ここら辺り、色々と書いてみたいんですけどねw)
拓人は…それは次の水曜日。11話、つまり最終回を見ない事には判りません。
アニメじゃないですし、実際にある病気を軸にしているだけにご都合展開は無いでしょう。
なので、かなり覚悟して最終回を見るつもりでいます。

最後はどうなるか判りませんが、「命のリミット」「自分に起こっている事を隠す」「事実を受け入れ葛藤する」
そういった心理描写が、「僕いた」と「GM」がよく似ていたんです。

「僕いた」の脚本の橋部さん、実は私と同い年だそうです。
驚きました。
もう少しお歳を召した方だと思っていたのです。
でも、それで逆に納得した部分もありました。
「同い年なら、同じ番組を見たりした可能性もある。もしそれが同じ作品で、同じように共感していたら…」
と。

「僕いた」で説明的台詞がほぼ無い事、詳しい背景描写が無い事、それでも物語は現実性を持って進んで行く事。
この要素は、70年代後半から80年代にかけてのアニメの脚本などの特徴と似ているんですよね。
要所要所で必要最小限の台詞。少ない登場人物のきっちりした役割と性格、時間の流れを意識せずに進むドラマ。
特に、アニメでは藤川桂介氏が得意としていた手法です。
GMを最後に脚本家を引退され、その後は小説を書かれたり、大学で講師をされたりしていらっしゃいます。

そういった物を橋部脚本に感じたのです。
それが「僕いた」と「GM」の相似。と、なりました。

どちらかしか知らない方、もしくは両方とも知らない方、ごめんなさい。
両方知っていても理解できない方もごめんなさい。
これは飽くまでも個人的な解釈なだけで、考察にまで至っていない物ですので。

って、自分のブログだからこんな事も書けるわけです(笑)

あー、書けてすっきりした。
これね、ずっと思ってて、いつ書こうか迷ってたんです。
でも、「僕いた」9話のいつものレポが完全にSTOPしてしまった事で、
「(この解釈を書かない限り、私は「僕いた」の最終回が見られない)」
と、思ってしまった訳なのです。
自分が先に進む為にも、この解釈の記事は必要だったんです。

ただ、拓人とタケルが唯一違ったのは。
拓人はメグに(と、言うかメグの存在を意識していなかったかもだけど)生きる恐怖をぶつける事が出来た。
でも、タケルは誰にもそれを話せないままだった。(心の中の兄さんにだけは語ってたけど)
と、言うところ。

そんな訳で、ドラマとアニメの奇妙な相似についての、個人的な解釈は終わりです!

「助けて」

2014-03-12 23:17:38 | 春馬さん
9話の感想が書けてないままですが。


最終回の予告の最後。
拓人がつぶやく
「たすけて」
は、

"死にたくない"
と、言う思いからなのか
"生きることから解放されたい"
と、言う思いからなのか。

とても、重い一言。


来週もしっかり見ます。