今日も地球は周ってる

管理人の趣味や日々のことを徒然に。宇宙戦艦ヤマト好きーが現在進行形。時々、六神合体ゴッドマーズ。ALの右オタも兼務

2013-04-06 11:09:27 | GM_SS
南極のクレバスの底で、タケルは両の拳をグッと握り締めた。

「地球に害を及ぼす以上、止むを得ない。…殺す」

強く目を閉じ、息を飲む。



地球防衛軍の上層部は、

「彼は君を懐柔し、ギシン星側に付かせる為の存在で、受け継いだ記憶も偽りの記憶では無いのか?」

と、彼の存在を訝しむ者がほとんどであった。
クラッシャー隊のメンバーのように、彼に会ったことがある者は判断がつきかねていた。

彼を信じているのはタケルしかいないのだった。
その彼が地球を滅ぼそうと、自分を殺そうと襲ってくる。
「目を覚ましてくれ!」「思い出してくれ!」
タケルの願いは彼に届くことは無かった。

土星で記憶を受け継いだ時のあの温もり、干からびて今にも割れてしまいそうだった心に与えられた慈愛。
あの時のことは全て事実であり、本当の事なのだ。
だが、それが真実であることを証明できる者はタケル以外にはいなかった。

養母・静子の愛情が不足している訳では無い。
ただ、タケルは肉親の情と言う物を心底欲していただけだったのだ。
異星にたった独りで生きる者として。

なのに、運命は残酷だった。

この世にたった一人、血を分けた双子の兄を、己の手で殺さなくてはいけないのだと。
そう、運命がタケルに強いていた。



タケルの目の前に横たわっている兄・マーグは、落下した際の衝撃で意識を失っている。
目を開けば、再びタケルに戦いを挑んでくるであろうことは解りきっている。

「(殺すなら今しかない。意識を失っている間なら、マーグも苦しまずに逝ける筈だ…。
 お父さん、お母さん。地球の為、引いてはズールを倒す為とは言え、兄さんを…マーグをこの手にかけることを…赦して下さい)」

赦しを請うても赦されないのだと、タケルには解っていた。
己の手で命を奪われる兄は父母の許に行けるだろう。
だが、兄を手にかけた自分は死しても両親の許に行くことは絶対に無い。
自分が行き着くのは地獄しか無いのだ。と。
両親の許から奪い去られた時に、このように運命付けられてしまった。
生きていても独り、そして死した後も独りなのだ、自分は。

「(それでも構わない。地球を守る道を選んだのは俺なのだから。地球を守る為ならば、鬼にでも死神にでもなる!)」

まだ目を閉じたままのタケルの右手の拳の中に冷たい炎が湧き上がって来る。
その炎は青白い剣の形を取り始めた。

すうっと一つ深呼吸したタケルは目を開き、右手に宿る青白い炎の剣を振り上げようとした。

「うっ…」

それまで眠るように意識を失っていたマーグが眉根を寄せた。
意識が戻ってきたようだった。

「(不味い、マーグが意識を取り戻す前に…殺さなくては)」

タケルが焦り、目を閉じ、炎の剣を振り下ろそうとしたその刹那。

「…マーズ、マーズだな?」

聞き覚えのある、優しく澄んだ兄の声が自分を呼んだ。
タケルの右手の炎の剣は瞬時に消え去り、目を開いたタケルの前にいるのは、あの儚げで穏やかな表情の兄だった。

「…マーグ、俺が、俺が判るのか?」

恐る恐るタケルが声をかける。だが、身体は凍りついたように身動きが取れない。
マーグが後頭部に手を当て、痛みに顔を歪ませながら上体を起こす。
そして。

「ああ、俺の…たった一人の…大事な弟だ」

マーグが声を潤ませながら呟く。
その声にタケルの瞳が大きく見開かれた。
一体、どれだけこの時を待ち望んでいたことだろう。
タケルの瞳から溢れた涙が、凍りついた身体を溶かし始めた。

「兄さん!!」

タケルは矢も盾もたまらず、マーグに抱きつき、思い切り抱きしめた。
マーグの手も呼応するようにタケルの背に回される。

「土星で別れてから、もう、10年も20年も経った気がするよ。ようやく…思い出してくれたんだね」

マーグに語る言葉が涙に滲む。
敵となったマーグが現れてからの時間は、時計の針が止まり、まるで時間の無い世界のようだった。
そしてそれは、タケルの心を奈落の底に突き落とすには充分過ぎる程であった。
暗く、虚無にも似た時を過ごしてきたタケルにとって、兄の記憶が戻った事は、この世に自分の存在が赦されたかのように嬉しいことであった。

「マーグ、もう絶対に離さない」

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「止めるんだ!!!」

叫び声と共にマーグは、タケルが操るガイヤーとロゼのバトルマシンの間に飛び込んできた。

「!!」

タケルが声を上げる間も無く、ロゼのバトルマシンから光芒が走り、マーグを貫いた。

「マーグ!!!!」

ガイヤーが、力を失い落下していくマーグをその体内に取り込む。
コックピット内では、タケルの操縦席の後ろに、傷ついたマーグを座らせた椅子がせり上がって来た。

「(マーグを、兄さんを撃ったあいつを赦す訳にはいかない!!)」
「もう誰にも渡さない!兄さんは俺のものだ!地球のものだ!!」

即座にゴッドマーズへと合体し、その大きな剣を振り下ろす。

戦いが終わり、タケルが荒く息をついている時に後ろから声がした。

「マーズ…悪いのはズールだ。ギシン星の全てがズールと同じではない。俺は、そう信じている…」

弱々しい声で呟いた直後、椅子のアームレストからマーグの手が滑り落ちる。
そして、頭がゆらりと傾いだ後、マーグの身体は時が止まったように動かなくなってしまった。
マーグの声に振り返り、立ち上がりかけたタケルは大きく目を見開いた。

「…兄さん… 兄さーーーん!!!!!」

タケルの悲痛な叫びが南極の白い大地に響き渡った。

*******************************************************************************************************

ゴッドマーズの合体を解いて、ガイヤーから降りて来たタケルの腕にはマーグが抱かれていた。
クラッシャー隊のメンバーもタケルにかける言葉が無い。
ガイヤー内でのやり取りを通信で聞いていたからだ。
マーグを抱いたまま南極基地の建物に向かおうとするタケルを悲痛な眼差しで見守るしかなかった。
そのタケルの前に、防護服を着用した地球防衛軍の兵士達が現れた。
行く先を塞がれ、タケルの目に怒りのような光が浮かぶ。
だが彼らはそのタケルの様子にもまったくたじろぐことがなかった。

「明神タケル。君が今抱いているのはギシン星人か?」

一人がタケルに問う。

「それがどうした。」

タケルは低く搾り出すような声で答える。

「ギシン星人の死体をそのまま基地内に入れることは出来ん。
 君とそのギシン星人の検疫を行い、害が無い事を確認しなければ無理だ。」
「…なんだって…!!」

マーグの亡骸を、事もあろうに"異星人の死体"扱いされ、タケルは身体中の血が一気に逆流するのを感じた。

「タケルっ!」

それを察したケンジが慌ててタケルに駆け寄ろうとするのを、別の防護服の男が止める。

「今、彼らに触れるならば、貴方も検疫を受けねばなりません」

その声にケンジは立ち止まり、声を失った。

「タケルとマーグは兄弟だぞ!」
「兄を失ったばかりのタケルになんて事を言うんだ!」

アキラとナオトが防護服の男達に怒りの声を上げる。

「…酷い…」

ミカがそっと視線を下に落とした。

そんなクラッシャー隊の様子も意に介さず、防護服の男たちはタケルに近づき、マーグをタケルから引き離そうとした。

「!何をするんだ!!離せ!!」

一人の男がタケルを後ろから羽交い絞めにし、その隙に別の男がマーグをタケルから引き離し、移動寝台車に乗せた。

「マーグを何処へ連れて行くんだ!!やめろ!!離せ!離せ! …兄さん!!!」

タケルを羽交い絞めにしている男の力は強く、タケルは男を振りほどくことが出来ないでいた。
その間にもマーグは南極基地の外れの小さな小屋の方へと運ばれる。

「兄さん!!兄さん!!」

タケルが狂ったように暴れ、マーグの方へと手を伸ばす。

「兄さんを連れて行かないでくれ!!」
「明神タケル、君はこっちへ」
「嫌だ!!兄さん!兄さーん!!」

溢れる涙を拭おうともせず、タケルはマーグの運ばれていく方へ行こうとして必死に男を振りほどこうとしていた。

「あ゛…」

だが、もう一人の防護服の男がタケルに近づいたかと思うと、瞬時にタケルは崩折れてしまった。
そして、その男がクラッシャー隊のメンバーの方を振り向き

「異星人の死体と触れた後は検疫を受けなくてはいけない。
 これは規則で決まっていることだ。
 明神タケルはその規則に従わない為、薬品で一時的に眠らせた。
 これから、別棟で明神タケルの検疫を行う。
 それまで君たちクラッシャー隊の諸君も、明神タケルとの接触を控えて頂きたい」

慇懃無礼に言い放った。
ナオトにアキラ、ミカ達も抗議の声を上げようとしたが、規則という言葉には従うしかなかった。
強引に眠らされて連れて行かれるタケルの姿を悲しげに見つめるだけだった。

「やっとアニキの洗脳が解けて再会できたってのに…。しゃらくせぃ!」
「軍規だから仕方ないけどさ、亡くなったマーグの事をあんな風に言うなんて酷いぜ」
「タケルもマーグも可哀相過ぎるわ」

メンバー達のやり場の無い怒りの声を耳にしたケンジも同じ気持ちだった。
だが、隊長の立場にあるケンジは、彼等と同じことを口にする訳にはいかない。

「…軍規で決まっている以上仕方が無い。タケルには本当に気の毒だが…。検疫が終わればタケルはマーグの傍に行けるんだ。」

そう言うのがやっとだった。



「…うっ」

タケルは鈍い頭痛で目を覚ました。
真っ白な部屋の白いベッド。
そして白い患者服を着せられている。

「!!」

タケルは飛び起きて、扉の脇にあるインターフォンに飛びついた。

「マーグはどうしたんだ!!俺をここから出せ!!」

扉を壊しかねない勢いでタケルが叫ぶ。

『君と、君が抱いていたギシン星人の検疫は終わった。
 ベッドサイドに置いてある制服を着用後再度インターフォンで連絡するように。
 ギシン星人の所へ案内する。』

インターフォン越しの声が事務的に且つ一方的に告げ、会話は途切れた。
タケルはゆっくりと扉から離れ、緩慢な動きでベッドへと戻る。
記憶が混乱している。
自分は兄をその腕に擁いていたはずだ。
なのに何故、自分だけがこの部屋にいるのか。
そして、検疫という言葉。
マーグと共にガイヤーを降りてから、一体何があったというのか。

確かにベッドサイドには丁寧に折りたたまれた真新しい制服が置かれている。
のろのろと制服を身につけ、タケルは再度、インターフォンに話しかけた。

「着替え終わりました。お願いします。」

すっと扉が開き、銃を持った警備員が数人現れた。

「兄さんの…マーグの所へ連れて行って下さい。」

先ほどと打って変わって大人しくなったタケルに、警備員は少し戸惑ったようだったが、

「では、こちらへ。君が途中で暴れたり、我々の指示に逆らうようなことがあれば、その場で拘束する。
 それだけは忘れないように。」

と、タケルを囲むように歩き始めた。
どのように歩いたのかタケルは記憶することは無かった。
南極基地の別棟の一番端の小さな部屋に通された。
床も天井も壁もコンクリート剥き出しの、薄暗い部屋。
その部屋の最奥に、白い布をかけられた移動寝台車が置かれていた。

タケルが部屋に入ると、警備員達は部屋の外に出た。
恐る恐るタケルが部屋の奥へと向かう。
そして白い布をそっと持ち上げた。

「…っ!!」

緑の髪に縁取られた、穏やかな顔がそこにあった。
薄暗い部屋でも、そこだけ光が当たっているように。

「…兄さん…兄さん…」

タケルは寝台に手を掛けたまま、床に膝を付き動かなくなってしまった。



南極基地の別室に、大塚と、急遽バトルキャンプから呼ばれたタケルの養母・静子、そしてケンジが居た。
室内に重い沈黙が澱んでいる。
養父である明神正を失った時にさえ冷静であったタケルが、マーグの死に際して激しく取り乱している。
そう、富士山麓で洗脳されたマーグと戦い、敗れた後のように。いや、それ以上に。

「…土星では詳しい検査をする余裕も無いまま、マーグが連れ去られてしまったが、今回の検疫と同時に、
 タケルとマーグの間に本当に血の繋がりがあるのかどうか、DNAレベルで検査をしてもらったんじゃ。」

大塚が重い口を開いた。
すかさずケンジが問う。

「その結果は…」
「血液型は勿論のこと、DNAレベルでも血の繋がりがある…いや、全く同じと言っていい結果が出た。」
「やはり、タケルとマーグが双子と言うのは…事実だったんですね。」

ケンジの言葉に大塚が深く頷いた。

「私はタケルとマーグが双子だというのは信じていました。」

静子が口を開いた。

「洗脳されたマーグにタケルが身も心も傷つけられた時、あの子が私を激しく責めました。
 あんな事は17年あの子を育ててきて初めてでした。」

大塚とケンジが静子を見遣る。

「土星であの子とマーグの間に何があったのかは知りません。
 でも、あれほどに誰かを求めているあの子を見た事は今まで…。
 だから、タケルとマーグの間には何かの強い絆があることを確信したんです。」

静子の言葉に大塚とケンジは、数ヶ月前の富士山麓での戦いの事を思い起こした。
豹変したマーグの姿に激しく動揺し、思うように戦えないタケル。
対して、容赦無くタケルを攻撃するマーグ。
そのマーグの姿は追い縋るタケルを、まるで小動物を甚振るかのようにあしらっているようでもあった。
両膝の上に握った拳を置いた静子が穏やかな口調で語る。

「土星と、南極のクレバスの底、2人が過ごした時間は1日にも満たなかったでしょう。
 それでもあの子にとっては、地球で育った17年を上回るほどに大切な時間だったと思うんです。
 自分が何者なのかを教えられ、そして、進むべき道を教えてくれたマーグは、タケルにとっては兄をも越えた存在に違いありません。」

大塚が髭を撫で付けながら深く頷いた。

「マーグから受け継いだ記憶が父親の物であるとも言っていたからな。
 タケルにとってマーグとは兄であり、父にも等しい存在だったのだろう。」

ケンジがそれを受けるように呟く。

「地球に育ててくれた親がいて、共に戦う仲間がいても、地球にたった独りの異星人であるという孤独感は、
 タケルにとっては耐え難い物だったのでしょうね。」

静子がそっと頷いた。

「私などには想像もつかない程の孤独を抱えていたのだと思います。
 ズール皇帝の息子と言われ、それがいつしかギシン星の裏切り者と呼ばれ…。
 タケルは、本当の自分を知りたいと渇望していたのでしょう。
 マーグと出会い、本当の自分を知ったからこそ、ギシン星ではなく、ズールを倒すという意思が固まったのでしょう。」
「実の父親がズールに逆らい処刑されておるからのう。
 そして、タケルを取り戻そうとしていた実の母もズールの城で殺されておるという。
 タケルにしてみれば、血の繋がった家族が全員ズールに殺されたようなものじゃからなあ。」

髭を捻りながら大塚がぽつりとこぼす。
そこへ、警備隊からタケルがマーグの遺体を安置した部屋に通されたとの連絡が入った。
同時にもたらされた報せは、そこにいる3人に衝撃を与えずには居られない物であった。


ケンジが南極基地の通路を一人歩いている。
先程もたらされた報せは、あまりにも非情なものだった。
更に重い沈黙が室内を覆い、堪りかねたケンジがその報せを伝える役目を引き受けたのだった。

「(あの時のようだ。タケルがギシン星人だと判り、地球から追放しようとした…あの時…)」

ケンジはあの時のタケルの瞳を忘れられずにいた。
一生懸命平静を装い微笑んでいるように見えて、その奥では寂しい光が揺らめいていた。
またあの時と同じ事を、地球はタケルに強いようとしているのか。

マーグの遺体が安置されている部屋の扉の前にケンジは立った。
扉の前に、2人の警備員が銃を携えて立ちはだかっている。
ケンジが来ることは連絡されていないらしく、身分を咎められた。

「クラッシャー隊、隊長・飛鳥ケンジ。明神タケルとの面会に来た」

その声に、警備員がすっとドアの前を離れ、ドアを開けた。
音も立てずにドアが両横へと開く。
警備員の敬礼を受けながら、ケンジは部屋へと足を踏み入れた。
後ろでドアが静かに閉まる。
陽の光に溢れた廊下から、薄暗い部屋に入ったケンジは思わず両目を細める。
その部屋の奥に、白い布で覆われた寝台と、寝台の前で跪くタケルが居た。
寝台に取り縋ったまま、微動だにしないタケル。

「(一体、タケルはどんな思いでいるのだろうか。最後の肉親、双子の兄の命も失われてしまって。
 タケルはまた、この地球(ほし)にただ独りの存在になってしまった…)」

ゆっくりとケンジはタケルへ近づいて行った。
靴の音が室内に響く。
それでもタケルは振り向いたりはしない。
ひたすら、マーグの黄泉返りでも願うように、マーグに取り縋ったままだ。

ケンジはタケルの、左斜め後方で立ち止まった。
目を閉じ、首を垂れ、マーグに祈りを捧げる。
再び目を開いた時に、ケンジは生命が失われたマーグの姿を見た。
髪の色が違えど、目を閉じて横たわっている姿は、今まで何度も見てきたタケルの意識を失った時と全く違わぬ相似を見せており、ケンジの心が戸惑いに揺れた。

「…隊長…」

マーグの方を向いたまま、身じろぎ一つせず、タケルがケンジに声をかけた。

「…」

ケンジは無言のまま、其処に立ち尽くしていた。
まるで、自分の心を読まれているような、そんな寒気にも似た感覚が身体を、胸の中を通り抜けていく。
タケルの足元には、幾つかの水の溜りが出来ている。
誰の目にも触れないこの薄暗い部屋で、既に物言わぬ兄・マーグに色々と語り掛け、そして涙を流していたのだろう。
そう思うと、今から自分がタケルに告げようとしている事が言葉として形にならずに霧散していきそうになる。

「タケル」

ようやくケンジが口を開いた。
重く錆びついた閂を渾身の力でこじ開けたように、その一言だけでとてつもない疲労感に襲われる。
呼びかけても振り向きはしないだろうとは思っていた。
涙にくれた顔など、人には見せないタケルである。

タケルからの応答も無く、2人の間に沈黙が流れる。
この部屋の重い空気が更に重たく感じる。
その雰囲気に居た堪れなくなったケンジが、ゴクリと生唾を飲んだ後に口を開いた。

「タケル。地球防衛軍最高会議と地球連邦政府の決定を伝える。」

ケンジは自然と命令を告げる時の、いつもの体勢を取っていた。
タケルは変わらず、マーグに向いたままだったが、ケンジにはタケルの体勢などどうでも良かった。
そんな事は、今からタケルに伝える内容に比べれば、ほんの些細なことに過ぎぬ事であったからだ。

「ギシン星地球攻撃隊隊長であるマーグの遺体は、今後、地球防衛軍の管理下に置かれ、ギシン星人の身体サンプルとして処置が行われる」

マーグの寝台に身体を預けるように跪いて座っていたタケルの背がピンと伸びる。

「よって、只今を持って、明神タケルはこの部屋から退出。今後、この部屋に入る事、近寄る事を禁じる。」

タケルの反応をケンジは静かに待った。
激高するのか、それとも静かに反抗するのか。
ケンジが一番恐れているのは、タケルがマーグの遺体と共に地球を立ち去ってしまうことだった。
タケルが地球を立ち去れば、ギシン星に対抗する武力を持たない地球は、あっという間に侵略、殲滅されてしまう。
今まで地球が守られて来たのは、タケルの地球に対する愛というあまりにも細い一本の心の糸によるものだから。

「…じゃ足りないんですか…?」

聞こえるか聞こえないかの小さなタケルの呟きが重い空気の中、怒りの波動を伴ってケンジの耳に届く。

『俺のデータだけじゃ足りないんですか…?』

ケンジにはタケルがそう呟いたのが判っていた。
タケルがギシン星人であることが判明してすぐに、タケルは地球に帰順する意思を表す為に、自分自身の身体でギシン星人の身体サンプルを出したのだ。
それはタケルの自発的な物であったことは、ケンジも覚えている。
どのような検査を受けたのか、ケンジは知らなかったが、セントラルキャンプから来た医師団達による検査は、微に入り細に入り、非常に詳細に行われたらしい。
バトルキャンプの医療部門のトップであるDr敷島が眉を顰める姿も見た。
当のタケルが、"身体検査”でぐったりと疲れ果ててしまう様子も見かけていた。
心配するケンジに、タケルは『危害を加えられるわけでないですし、大丈夫です』と、小さく答えたこともあった。
タケルの地球への忠誠心を試すような内容であったことは間違い無いとケンジは確信していた。
それほどまでにタケルへの検査は、キツイ物であったのだろう。
だが、反陽子爆弾の起爆装置そのものであるタケルに出来得る検査には限りがある。
どのような刺激でタケルの脳波が止まり、反陽子爆弾が爆発するか判らないからである。

そして、今。
タケルの双子の兄という、絶好のサンプルが手に入った。
既に死した者。そして、反陽子爆弾への影響が無いギシン星人。
軍上層部と地球連邦政府が躍起になったことは火を見るよりも明らかであった。
『今度こそギシン星人の肉体的・身体的弱点を掴むことが出来る』と。

ケンジが皆まで言わなくともタケルには全て理解できた。

「反陽子爆弾の起爆装置の俺に手が出せない部分でも、死んだマーグになら…って言うことですね?隊長。」

言葉を返せないまま、ケンジは立ち竦んでいた。
今までに無いほどの怒りと悔恨のオーラをタケルは放っていた。

「軍や政府がそう考えるのも無理はありません。俺だってその立場ならそう考えるでしょう。そして隊長のように命令するでしょう。」

冷静なタケルの言葉が、より一層その怒りを激しくしつつある事を伺わせる。
激高するよりも、静かになっていく方が、タケルの怒りは激しくなっていくのだ。

「でも!マーグは!兄さんは!俺にたった独り残された、血を分けた肉親なんです!他のギシン星人とは違う!」

ケンジの方を振り向いたタケルは滂沱と流れる涙を拭おうとしていなかった。

「俺のように、兄さんも地球に受け入れて貰うことは出来ないのですか?
 ギシン星の攻撃隊長だったからですか?
 兄さんは俺のせいで洗脳されて戦わされていたのに?
 あの時長官が言って下さった『地球はともに暮らせる人を拒否することはせん』と言う言葉は嘘だったのですか?
 …だったら…俺も…俺も地球には居られないのですか?」

涙を流しながらケンジを見つめて言葉を紡ぐタケルの背後に淡い黄色の光が揺れる。
その光がタケルの放つ衝撃波と同じ色であることを、ケンジはすぐに思い出すべきであった。



「うあっ!!!」

タケルの肩に触れようとしたケンジが、タケルに弾き飛ばされる。
タケルはケンジに対して指一つ動かしてはいない。
正しくは、タケルの身体を包んでいる淡い光、衝撃波がケンジを撥ね退けたのだ。

「タケル…」

ケンジは衝撃波を受けた痛みを堪えながら立ち上がり、再びタケルに近づいた。
自分の意思に反して、ケンジに衝撃波で攻撃してしまったことに戸惑うタケルは、ケンジを見つめ、言葉を継ぐ事が出来ずにいた。

『俺も地球には居られないのですか?』

自分で言った言葉に自分が囚われてしまったと、タケルは気が付いた。

「(俺もマーグも、やはり地球に居てはいけない存在なのか…)」

そう思うと身体が震えだす。
兄の亡骸を搔き抱き、漆黒の宇宙を彷徨わなければならないのか。
あの時と同じように。
いや、あの時とは違う。
『地球へ戻れ』
と、自分に呼びかけてくれる人は、もうこの宇宙には居ないのだ。
このまま自分と兄が地球を離れてしまえば、それは…

タケルが絶望の淵を覗こうとしたその時。

「もういい、タケル! お前を苦しめるような決議が間違っているんだ!
 だからタケル、お前は…お前もマーグもこのまま地球に居るんだ。
 マーグの遺体を防衛軍の管轄に置かせることなど間違っている!
 タケル、お前はマーグの為に存分に泣いて悲しんでやるんだ。
 お前がマーグのたった一人の肉親なのだから。」

ケンジが、タケルが無意識に身に纏っている衝撃波の痛みを堪え、タケルの両肩を掴んで揺さぶる。

「あ…」

暗く澱んでいたタケルの瞳に微かに光が戻る。
そして、身に纏っていた淡黄色の光が消えた。

「た…隊長!!」

タケルはケンジの胸に縋り付いて我知らずうちに泣き崩れていた。
己がギシン星人であり、地球の運命を握っている事を知らされてから、どれだけ辛い時でも絶対に涙を見せることは無かった。
そのタケルが縋り付いて泣き崩れている。

「(一体、どれほどの深い孤独を抱えていたんだ。洗脳されたマーグと戦っていても、俺達には涙一つ見せなかった。
 そこまでして、地球と共にあろうとして、自分がギシン星人だという事実を必死に抑え込んでいたと言うのか?
 肉親と命を削る戦いをしていても尚…。
 なんと惨い運命を背負っているんだ。まだ17歳になったばかりだと言うのに。)」

ケンジは壊れ物に触れるかのように、その両手でタケルの肩をそっと抱き寄せた。
タケルの嗚咽は止まらない。
更にケンジに縋りついた。
そうだ、今のタケルに必要なのは、地球側がタケルがマーズである事を受け入れる事なのだ。

「タケル。今はマーグの傍についててやるんだ。
 マーグの弟のマーズとしてな。
 防衛軍と連邦政府の決議には俺が直談判をする。
 何があっても、お前たち兄弟を引き裂いたりはしないと約束する。
 だから、タケル、今は"お前自身"として此処に居るんだ。」

タケルがケンジの胸からそっと離れ、ケンジの顔を仰ぎ見る。
其処には穏やかに微笑むケンジの顔があった。

「隊長、俺は…」

ケンジはタケルの髪をそっと撫でてやった。

「お前はお前だ。何処の誰であろうとお前だ。マーグの双子の弟。そして、明神博士夫妻の一人息子だ。
 それ以外の何者でもないんだ、お前は。」

そう言うと、ケンジはタケルの肩に手を置いて立ち上がり、薄暗い部屋の出口へと向かった。
その出口からは、白い氷に反射した眩しい光が部屋一面を照らし、タケルの姿も光の中へと溶け込んでいった。

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兄さん命日に向けて書いていて、ようやくアップできました。(遅っ)
19話と20話の間のお話と言うことで。
どーしてか、ケン&タケ風味になってしまう…。
年齢的にもケンジさんが色々と最適なポジションだからでしょうか。

自分GMワールドでは、ケンジは幼少期からのタケルと面識がある設定になっています。
普通の子供と何かが違うと、ケンジの勘が感じているのですが、それが明らかになるまでに数年を要します。
そう言ったことも踏まえての話なので、どうしてもケンジはタケルに甘くなってしまうところがあります。

5話でしたっけ? ケンジがタケルの地球追放を言い渡しに来た時、タケルが「長い間お世話になりました」と言っていますよね。
15歳でクラッシャー隊に入っていたら、"長い"と言う程でもないと思うんですよ。
なので、幼少期からタケルはケンジの事を知っていたにすると、しっくり来るんです。

しかし、やっぱりタケルを苛め抜くことはできませんでしたww
最後にケンジさんという救済を発動させてしまいましたです。