時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

EU拡大とポーランド出稼ぎ労働者

2007年07月18日 | 移民の情景

    このブログでも定点ウオッチの対象としてきたが、EU拡大に伴いポーランドなど東欧諸国から旧加盟国のイギリスなどへの出稼ぎ移民が急増している。たまたま見たBS1でも取り上げていた。移民問題は海外紹介番組のテーマとしてなじみやすいのだろう、比較的良く取り上げられる。

  ポーランドは、2004年5月EU加盟が認められ、労働ビザなしに働くチャンスが生まれた。しかし、ドイツ、フランスなど大陸諸国は国民感情、雇用機会の得やすさなどの点で、出稼ぎ先として限界があり、最近では経済好調なイギリスが選択肢として有望視されてきた。ポーランドからは3年間で100万人近くが流出している。国内での労働者の平均賃金はEUでも最低の部類で、海外
出稼ぎが急増している。イギリスとは4倍近い差がある。いまやイギリスは移民希望者にとって「新しいアメリカ」となり、英仏海峡はリオグランデになったいう誇張さえある。

  海外への労働力流出は高い専門性や技能を持つ医師や看護士にまで及んでいる。医師の月給はポーランドでは10万円くらいだが、イギリスでは10倍近くとなる。とりわけ、需要の多い麻酔科の医師は4分の1が流出してしまった。そのために手術ができない状況も生まれている。待遇改善を求めて、5月末には医師、看護士の無期限ストが行われた。しかし、政府は手立てがない。こうした「頭脳流出」の問題は、アジアでもフィリピン看護士、医師などのケースとしてブログで取り上げたこともある。

  例に挙げられたのは、バルト海に面するポーランドのコヴォブジェという人口5万人くらいの漁業と観光で生きる小さな町である。ここからイギリスへ出稼ぎに出る夫婦の話だ。小学生の二人の子供は祖母の下に預けて、3年間は戻らない決意で出稼ぎへ行く。

  夫クシシュトフと妻ゴーシャの二人併せての月給は、日本円で月16万円。これまで貯金した40万円のうち、20万円を持ってイギリス、スコットランドの首都エジンバラまで30時間以上のバスの旅である(ちなみに空路を利用すれば、はるかに短時間で樂であることはいうまでもない)。

   エジンバラで思いがけない障壁となったのは、英語の能力だった。 ロンドンは好景気に支えられて、建築ラッシュが続いている。よく働くという評判のポーランド人の働き場所は数の上では多数ある。残業をいとわなければ、月給は30万円近く本国の5倍近くになる。ロンドン西部には、ポーランド人街まで生まれている。しかし、ポーランド人の間の競争も激しく、路上生活者も増えている。ロンドンのホームレスの実に3割はポーランド人といわれる。

  エジンバラに到着した夫妻は安い部屋へ引越し、 3日分の食材費用は2千円で暮らす。大学院卒の資格を持っている妻ゴーシャは大衆レストランで皿洗いと掃除をして働く。賃金は時間賃率1300円の最低賃金である。1週間働いても26000円、家賃分しか稼げない。妻は時間帯が異なる別のレストランでも働くようになる。いわゆるダブルジョッブである。大型自動車免許を持つ 夫はもっと苦しく、草刈りで日給5千円である。

  この事例は、ケースとしては良くあるもので、それ自体珍しいものではない。出稼ぎ先の国の言語能力が十分でないと苦労するというのは、外国人労働者に共通の問題だ。

  今回のTV番組もそうだが、実態を報じるだけで解決への示唆がない。重要な教訓は送り出し国にどうすれば産業・雇用の機会を創出し、貴重な労働力の流出を抑制することができるかという視点である。出稼ぎ労働者の海外送金で、送り出し国が活性化、発展して行くというシナリオは、途中での漏出、無駄が多い。出稼ぎに頼って経済発展に成功した国はそれほど多くない。

  医師や看護士の流出のように、自国の医療・厚生水準も劣化してしまう。送り出し国における産業・雇用振興のプログラムを関係国の協力で地道に創り出して行く視点が必要だ。EUレベルではかつてイタリア政府などが提案したことがあったが、その後真剣に検討された様子がない。他方、このたびのイギリスでの同時多発テロ未遂事件で、イギリス政府は医師などの高度な専門家などの受け入れに慎重な対応をすることを迫られ**、思わぬ要因で国境の壁は再び高まろうとしている。


BS17月14日 「ポーランド発 イギリス行き」 EU拡大で
増える出稼ぎ労働者

**ブラウン首相は事件後の対応について議会で、イギリスに入国してくる高い熟練を持った労働者の背景についてチェックを拡大すると言明、NHSへの医師のリクルートについても適切な対応を検討するよう指示したと述べている。

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