時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

不法移民を理解するために:映画とグラフィック・ノヴェル

2019年07月02日 | 移民の情景

Illegal: A graphic novel telling one boy’s epic journey to Europe, cover


「基軸」を失った世界
このたび、日本が主催した「G20」大阪サミットは、何を残したのだろう。今後世界がどの方向に進むのか判然としないほど、参加各国の利害が、分裂・錯綜しており、明確な政策的方向づけがなされた領域はきわめて少ない。気候、貿易、技術、政治など、言葉の上では多くのことが語られているが、各国利害の衝突もあり、政策の方向性として何が合意されたのか、茫漠としている。大国に都合の悪い問題は、ほとんど文字にされることもない。現代世界は依るべき「基軸」を失っている。

本来、議題となるべきテーマの中で、浮上しなかった問題の一つは「移民・難民」問題だった。主催国の日本自体が、範となるような確たる政策を提示できるほどの経験も政策論拠も持ちあわせていないので、ほとんど議論の俎上に上らなかったようだ。

壁に固執するトランプ大統領
「大阪G20」の前後にも、アメリカ・メキシコ国境の川を泳いで渡ろうとして果たせず、命を落とした移民の父親と幼い女の子が相並んで溺死している悲惨な写真が世界中に報道され、人々の悲しみと憤りを誘った。エルサルバドルのブケレナ大統領は、国家が何もできない無力さを嘆きながらも、国家の責任を問うている(BBC: BS1, 2019/07/02)。こうした痛ましい事件が起きるごとに、人々は嘆き、現状を憂うが、ほとんど有効な政策が提示されたことはない。人間はどれだけ無駄な時を過ごしただろうか。

トランプ大統領の国境壁の拡大政策は、かえって危険な地域を経由する不法な流入を増やすことになっている。メキシコ人のアメリカ流入は減少したが、グアテマラ、ホンデュラスなど中米諸国からの越境者が増えているようだ。こうした人々は、アメリカあるいは経由するメキシコへ入国するに必要な旅券、査証などの必要書類などを保持していない。そのため、運よく国境を通り抜け、アメリカに入国したとしても、アメリカ国内には、アメリカ市民権を保持しない人がきわめて多く居住している。しばしば「不法移民」Illegals と呼ばれる人たちだ。トランプ大統領は、間もなく実施される国勢調査の項目に、「市民権保有の有無」を含めるよう要求しているが、これまでの経緯からして困難だろう。トランプ大統領は、国境に「容易に通れないような高くて頑丈な壁」を造営すれば、移民・難民は大方阻止できるという一見「分かりやすい」(しかし誤った)内容で、実態に詳しくない市民を説得しようとしている。。

変化の激しい実態
移民と難民の違いも時代の流れとともに、大きく変わってきた。移民・難民に関わる関係国の利害も一様ではなく、実態はしばしば人命を脅かし、深刻化している。その実態を一般に広く知らしめる努力もさまざになされてきた。概して戯画化やマンガの対象にはなり難い過酷な実態だ。しかし、最近では問題の重要化に伴い、数は少ないが、世の中の流れに呼応して、戯画化やグラフィック化などの試みが見られるようになった。このブログでも、そうした数少ないブログや新たな試みも折に触れ紹介してきた。

今回取り上げる例は、地中海をアフリカ側からイタリア、スペインなど、ヨーロッパ側へゴムボートなどで渡る難民・移民のケースのグラフィック化だ

手にとって読んでみると、マンガに近い手法をとりながら、より正確にはグラフィック・ノヴェルという範疇に含めた方が適当なように思われる。日本語にしたら「劇画」と云ったところなのだろうが、なんとなくしっくりしない。個々の描写は実際の事実に準拠しているとはいえ、なんとなく現実離れした印象も受けてしまう。しかし、論点が単純化され分かりやすいというためか、出版界の受け取り方は良いようだ。

今年に入って5月までにヨーロッパへすでに25,000 人近くが地中海を越える難民・移民が上陸している。その内18,000人近くが地中海を渡っている。さらに、ギリシャ、スペインを経てヨーロッパへ入国した者の数は6,043人になった。これから天候の良い夏に向けて、ヨーロッパを目指す難民・移民の数は大きく増加すると推定されている。海上での遭難、病死などの犠牲者は今年に入って2019年5月までに推定で507人に達している。残酷な状況がほとんどなので、多くは「見たくない写真」で片づけられてしまい、人々の目には触れる機会は少なくなる。

グラフィック・ストーリーとしての「不法移民」
こうした実態を背景に、ひとつの啓蒙的な試みとして描かれたのがエボ(仮名)という一人の少年がアフリカのガーナからヨーロッパを目指し旅する物語である。ガーナからヨーロッパを目指す難民・移民はアフリカ出身者の中では比較的少ない。サワラ砂漠という厳しい地帯がリビヤやモロッコなどの地中海沿岸にたどり着く前に横たわっているからだ。1ヶ月前に兄クワメが出稼ぎのために突如としていなくなり、続いて姉もいなくなった。飢えや貧困、恐怖からの脱出のためには、家族は離れ離れに働き場所を求め、生きてゆかねばならない。その道は危険と苦難に満ちている。しかし、エボはかくなる上は自分もヨーロッパへ行くしかないと心を決める。具体的にはサワラ砂漠を越えてトリポリ(リビアの首都)へ向かい、イタリアへ向けて地中海を渡ることになる。そこに到るまでは人身売買のブローカー、天候が変わりやすく恐ろしい地中海を越えねばならない。そして、上陸に成功したとしても、強制送還、虐待、迫害などの別の恐怖が待ち受けている。

地中海をゴムボートなどで渡る危険は、冬から春にかけて最も高まる。そのため、渡航を企図する者は気候が安定する夏から秋にかけてピークとなるようだ。そうした知識は、散発的に次の世代へ伝達されているようだが、現実には国境を命をかけて渡ろうとする人々の流れは絶えない。

大阪「G20]の後、北朝鮮の38度線をトランプ大統領が越えたことが、アメリカ大統領史上、初の快挙と、本人やメディアが喧伝することは、少なくも今の段階では「マンガ」的光景でしかない。当事者双方が都合の良いように政治的に利用しているにすぎない可能性が高いからだ。当事者のどちらかでも、いなくなれば、事態がどう変化するか、明らかだ。その意味でも、状況は流動的でもある。朝鮮半島の統一の実現、そして世界で非核化に向けての歯車が正常に作動し始めるのはいつのことか。すでにいたる所に現れている「ディープ・フェイク」(巧妙に作られた虚報)の濃霧の中から、真相を見出し、その行方を見通すことは、きわめて困難だ。少なくもブログ筆者の生きている間の視界には見えていない。


本書(Illegal: A graphic novel telling one boy’s epic journey to Europe
Hardcover Oct 2017)は、2017年アイルランド児童書の部門で特別賞を授与された。さらに”THE TIMES”, “Financial Times” , “New York Times”などでも激賞された。

上掲書籍と# 映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』を併せてご覧になることをお勧めしたい。「グラフィック・ストーリー」と「動画」の長短を比較して考えることができる。

監督・製作:アイ・ウェイウェイ
後援:国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、認定NPO法人 難民支援協会
配給:キノフィルムズ/木下グループ
原題:HUMAN FLOW/2017年/ドイツ/2時間20分
[映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』公式サイト](http://www.humanflow-movie.jp)

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