時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

波の彼方に見えるものは:イタリア海難事故の悲劇

2013年10月07日 | 移民の情景

 


ランペドゥーサ島の位置
拡大はクリック


  10月4日、久しぶりにCNNを開いたところ、耳を疑うような事件を報じていた。イタリアのシチリア島に近いランペドゥーサ島沖合で、アフリカからの移民・庇護申請者 nugrants and asylum seekers 500人近くを乗せた船舶が沈没、155人は救助されたが、すでに死者が100人を越え、残りは行方不明で捜索中との報道であった。整備不良のエンジンが発火、救助を求めて燃やした毛布から船内へ延焼、バランスを失い転覆したことが原因のようだ。日本では小さな記事にとどまり、関心も低い。あの豪華客船の座礁とはまったく異なったジャーナリズムの取り上げ方だ。同様な事故があまりに日常的に起きているからだろうか。実態があまりに悲惨で、前回記した
Schadenfreude を感じる人が少ないのだろうか。
 
 実は7月にもイタリアの沿岸警備隊が、398人のシリア難民をランペドゥーサ島で救出した。天候の比較的安定している夏には6000人近い不法移民などが1-2日をかけて海を渡る。今回沈没した船も全長20mくらいの小さな船であったようだ。地図が示すように、アフリカからヨーロッパ大陸に渡る最短の場所であり、チュニジアの海岸からランペドゥーサ島は、航路で110キロ程度の近さだ。

ヨーロッパを目指す海路
 この地域では20年ほど前からアフリカからEU諸国を目指す人たちの船が、天候異変、定員過剰、海賊との遭遇などで、沈没などの事故を頻発してきた。今回事故を起こした船舶にはエリトリア、ソマリア、ガーナ人などが乗っており、リビアの沿岸から出港したようだ。折からリビアとソマリアでは、アメリカが対テロ作戦を展開している。こちらは、大きく報じられている。

 ランペドゥーサ島は日本ではほとんど名前さえ知られていない。しかし、ヨーロッパ、アフリカの両大陸では大変よく知られた存在だ。アフリカからヨーロッパ、とりわけEU諸国へ不法に入り込みたい、あるいは難民として庇護申請をしたいと考える人々が、最初に考える、いわば両大陸間の踏み石のような存在になっている。彼らはなんとかこの小さな島にたどり着き、その次のステップで、ヨーロッパ大陸を目指す。結果として移民・難民問題の発生する前線基地のようになり、人口も6000人くらいに増加した。今回に類似した事故は過去にも頻発し、このブログにも何度か記したことがある。関連して、この地の移民を主題とした映画についてもコメントした。海岸線が長く、沿岸警備が難しいという意味では、日本も同じ問題を抱えている。かつて台湾が中国本土に動乱が起きるような事態について、真剣に検討していた時期もあった。

肌を焦がす太陽

 彼らの多くはイタリア入国に必要な書類を保持していない。沿岸警備隊などによって発見され、拘束されると、イタリアで庇護申請を求める。そして、ランペドゥーサで1日から一週間を過ごし、アフリカへ送り戻されたり、ヨーロッパ大陸へ渡る。ランペドゥーサには250人定員の拘留施設があるが、この頃では常時1200人を越え、収容能力を越える。彼らの多くは航海中に脱水症状、過度な日焼け、小さな船のためエンジンの排気ガスなどで体調を崩し、医療施設に収容される者も多い。地中海上の太陽光線は、日本の穏やかな日光とは異なり、瞬く間に目を痛め、皮膚を焼いてしまうような厳しさだ。携行する水や食料の量も限られ、しばしば重大な脱水症状を起こす。

 ボートで移動、相手先国に入国を目指すのは、今日の越境者にとって有力な手段・経路になっている。アフリカとヨーロッパなど、大陸間移動も航空機では入国審査が厳しく、生存のために移動を考える人たちは、人身売買業者などにわずかな所持金も奪われながら生命を賭して小舟などで海を渡るしかない。受け入れ国側はかつてなく受け入れに厳しい制限策をとるようになった。これまでは難民や庇護申請者に、比較的寛容な政策をとってきたオーストラリアなども、近年のボートピープルの増加に手を焼き、強硬な政策に転じている。


 イタリアの沿岸警備隊は最近でも3万人近い違法な渡航者を発見、保護し。必要に応じ、病院などへ搬送してきた。イタリアの沿岸警備隊は、アフリカ側と共同して、できうるかぎり人身売買、密輸などの犯罪行為取り締まりにも当たっている。しかし、経済停滞でイメージの暗いヨーロッパだが、あえて危険な海を越えようとする人たちの流れは絶えない。

 アフリカからヨーロッパ大陸への主な密航の場所は、7年ほど前はカナリア諸島であった。その後、地中海の中央部からギリシャへと移り、「アラブの春」とともに、イタリアへ舞い戻ってきた。イタリアはEU加盟国の中で、最も海岸線が長く、不法に入国しやすい。逆にイタリア側とすれば、不法な越境者の阻止、そして今回のような問題の対応に大変なコストをかけてきた。これまで再三にわたり、EU本部と協議を重ねてきたが、有効な解決策にいたっていない。

アンダークラスは覚悟の上だが、
 
国連の移民・難民調査では、すでに今年前半だけでおよそ8,400人がイタリアとマルタの海岸に上陸したが、イタリアに残っているのは600人程度と推定されている。イタリア、スペイン、ポルトガルなど南欧諸国は、経済に復活の兆しが見えない。そのため仕事を求めて、経済情勢が少しでもよいとみられるドイツやオランダなどのEU諸国内に移動したと思われる。しかし、これらの国々でも、雇用市場の実態はきわめて悪化している。たとえば、しばらく前までポーランド、ポルトガルなどを中心に5万人近い移民労働者を受け入れていたオランダも失業率は7%を越え、外国人労働者への風当たりは厳しくなっている。2005年以降、同化テストが課され、300ユーロを支払い、受験する。これまでに25000人以上が国外退去となった。デンマークでは難民認定申請者が10年も一時拘留施設に10年も拘留されているなどの例が報告されている。EU各国がさまざまな形で移民の受け入れを拒んでいる。幸いに受け入れられたとしても、アンダークラスの生活が待ち受けている。

 EU市民は加盟国内の移動は自由だが、経済停滞で仕事の機会は限られている。広く世界を見渡しても、移民受け入れに寛容な国は見当たらなくなった。

 民主・共和党間の対立で、政府機関などの閉鎖などが行われているアメリカでは、上院は移民改革法案がなんとか通過しているが、下院では紛糾しており、今回の出来事で議決される見通しはさらに遠ざかった。アメリカの政治の劣化は著しい。オバマ大統領もレイムダック化が取りざたされるまでになった。なんとか逆転のヒットが打てるだろうか。

 海上の波ばかりか、国際政治の波も激化している。天候は荒れ模様だ。

 



  

CNN, BBC 2013/10/04

 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 他の人に良くないことが起き... | トップ | 秋のない年に »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

移民の情景」カテゴリの最新記事