燃え盛るグローバル金融危機を前に、EUは消火作業に懸命だ。金融市場は事態が切迫し、緊急な対応が要求されているが、労働市場もながらく問題が山積している。そのひとつが移民問題だ。高齢化と出生率の低下を前に、EU諸国の多くで労働力不足は避けがたい。しかし、これまでの歴史的経緯が示すように、移民は単なる労働力受け入れではすまない。いずれの国でも移民の国民的統合は難しく、国民の反移民感情も高まっている。失業率上昇は、そうした感情を増長する。金融危機は実体経済に深刻な影響をもたらしつつある。
ドイツ、フランス、イギリス、オーストリア、アイルランド、スペインなど、EUの主要国では人口に占める外国人の比率は、すでに臨界点ともいわれる10%を越え、さまざまな摩擦・対立が顕在化している。
他方、ヨーロッパの豊かさを求めて、不法越境者は途切れることなく、ボートで地中海、大西洋を渡ってくる。こちらは命をかけての渡航だ。上陸しさえすれば後はなんとかなると、ブローカーに多額の金を支払い、荒波にすべてをゆだねる。これらの動きについても、これまでいくつかのトピックスを記してきた。
移民・難民についてのEUの政策は、なかなか足並みがそろわなかったが、ようやく具体化の方向性が見えてきた。EU域内での人の移動の自由を前提とすると、国ごとに移民政策を実施することは、協定国間でパスポートを廃止したシェンゲン協定をみても、意味を成さなくなっている。
EUとしての共通移民政策が方向づけられたのは、1999年の「タンペレ・プログラム」だが、5年後「ハーグ・プログラム」(2005-2010年)に引き継がれ、合法、非合法移民の双方について、共通政策の確定が進められてきた。2002年2月には、「不法移民と人身売買の阻止に関する包括的計画」を採択した。この計画では、査証、加盟国間協力、国境管理、警察協力、送還、罰則強化などの政策分野と実施措置が明記された。2004年6月には、加盟国間で査証データを共有できる「査証情報システム」(Visa Information system:VIS)の構築に関する理事会決定が採択された。さらに加盟国間の国境管理体制の統一を図るため「欧州対外国境管理協力庁」(FRONTEX)が創設(本部ワルシャワ)されたことは、措置の具体的の上で意義が大きい。
この間、EU域内の移民の移動は自由化されたが、国ごとによって移民の流入数はかなり顕著な差があった。2003年時点でみると、受け入れの多かったのは、スペイン、イギリス、、ドイツ、イタリアなどで、この4カ国で受け入れ数約217千人の4分の3近くを占めた。移民の在住数では、2005年時点で、ドイツ、スペイン、フランス、イタリア、イギリスなどが上位を占める。
現在共通移民政策策定の過程で、主導権を握っているのは、フランスのサルコジ大統領であり、移民・難民をEU政策の中心に据えようとしている。彼は内務大臣の頃、移民に厳しい対応を見せ、その強い姿勢が人気を得て、2007年大統領選挙に勝利した。
EU加盟27カ国は今年9月25日に司法・内相理事会を開き、移民政策の共通ルールを定めた「移民協定」を承認したが、フランスの方針はかなり色濃く反映されている。合法的な移民の受け入れを進めながら、不法滞在の移民については摘発や強制送還を強化する内容である。
EUの新プラン(協定)は、加盟国が移民をもっと「選択的」に受け入れるという方向の強化を目指している。アメリカのグリーンカードをモデルとする「EUブルーカード」の導入である。高度な熟練を有する人材を積極的に誘引するが、反面で不法入国者には厳しく当たる。国境管理は厳しくなり、強制送還も増える。こうした方向はそれぞれ差異はあるとはいえ、EU諸国を含め、アメリカ、日本など最近の世界の主要国が採用する方向である。しかし、EUはアメリカ型の入国者についての大量の生体(バイオメトリックス)情報収集などについては、今のところ熱心ではない。
新協定の内容は、これまでの議論とさほど変わりはないが、新たなポイントが含まれていないわけではない。なかでも、2005年にスペインが経験したような、すでに国内で働いている不法移民を合法化することは大量難民を生むことにつながるとして、厳しく対応し、排除する方針である。1997年のアムステルダム協定以来、移民と難民は、EUの管理がなんとか可能な範囲に入りつつある。それを受けた今回のEU協定案には、不法移民に厳しいフランスの不満のしるしが含まれていといえるかもしれない。
他方、グローバルな人材タレントを求める競争の場では、ほとんどのEU諸国は、言語面で不利な立場にある。そうした中で今回の「ブルーカード」は、必ずしも受け入れに寛容ではない。たとえば、アメリカのグリーンカードより短い滞在しか認めていない。
さらに新協定は、移民が送り出し国と受入国の間で「循環」circulateすることを目指している。持続可能かつ効果的な帰還政策を目指すという。単なる従来のゲストワーカー・プランではなく、技術を身につけた労働者が帰国して母国のために働くことが想定されている。しかし、果たしてこの方向が根付くか、定かではない。使用者がいずれは帰国してしまう労働者を訓練するのは効率的ではないという見方もある。
不法滞在者を雇用する使用者に対する罰則も議論が多い。経営者は、現在の外国人労働者を雇用するために要求されている手続きは、大変煩雑だとしている。さらに、自分たちは不法移民の探し手ではないとも言っている。
EU加盟国が合意した新協定は、子供を含めて不法移民を最長1年半まで拘束できる共通ルールや再入国を5年間禁止できる措置などを盛り込んだ。EU域内の800万人に上る不法移民を効率的に本国などに送還するのが狙いだ。さらにスペインが実施したような、加盟国が大量の不法移民に一括で滞在許可を与える救済措置も原則的に禁止される。EUは国境を越えた自由な移動を認めているため、特定の国が滞在を認めると、ほかの加盟国に大量流入する恐れがあるからだ。
しかし、外国人労働者を母国へ送り戻すのは時間もコストもかかる
受入国内に滞在する不法滞在者に帰国を促す措置は、時間もコストもかかり、実施が難しいことが、これまでの経験からかなり明らかになっている。
今年になってからは地中海を渡ってくる不法越境者は、およそ2万人が入国を阻止された。しかし、これは単に越境地点を変化させるにすぎないとの見方もある。EUは拡大したが、南と東の国境地帯は抜け穴が多く、不法越境者を十分に阻止することには多大な努力を要する。2005年に入国を拒否した外国人の数は、スペイン約60万人、ポーランド41000人、フランス35000人、スロヴェニア28000人など、EU東西の国境で多い。
合法化の道を拡大することは、不法移民を減らすことにはつながらない。EU周辺国の急速な人口増加、高い失業率、送り出し国と受け入れ国の間に存在する大きな所得ギャップの存在は、潜在的な越境者を増やすことになっている。
細部については、差異があるが、EUとアメリカ合衆国の移民政策はかなり近づいているといえる。ヨーロッパの基軸国がかつてのように、移民送り出し国ではなくなり、反転して受入国になって久しい。EUは巨大な地域共同体として、内部では労働移動の自由を認めながらも、外壁は強固に守るという方向性が見えている。障壁の《補修》は、ここでも進んでいる。
移民と経済発展を結ぶには、国境をもっと開放すべきだという考えは、一般的にはその通りだろう。しかし、現実の場に移すと、先住者の国民との摩擦・対立など、統合の問題が大きくのしかかっている。今は移民コントロールを厳しく実施することが、政治的にも得策と政治家たちは考えているようだ。グローバル化は国境の存在感を薄めているが、国民国家にとっては最後の砦なのだ。
Reference
'Letting some of them in' The Economist October 4th 2008.