時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

アメリカ内戦化への懸念と移民政策(2)

2024年02月21日 | 移民政策を追って


トランプ、バイデン政権下の不法越境者の推移

バイデン政権下、2022年に220万人の記録的水準に達した。
2020年3月、Title 42の導入、2023年3月失効

今年11月に予定されるアメリカ大統領選は、バイデン大統領、トランプ前大統領の対決になりそうだが、両者共に思想、言動、健康、訴訟など大きな問題を抱え、どちらが当選しても波乱含みとなることは避け難い。とりわけ、トランプ政権が実現しない場合、不満分子の間に暴動などの発生が不可避ともいわれ、南北戦争の再来とまでは行かないまでも国民の間に大きな分裂が生まれる可能性が高い。

鍵を握る移民政策の成否
すでに対決は始まっている。政策面でそれが最も顕著に表れているのは、移民政策の次元で見られる。当事者の利害はしばしば錯綜し、解決の糸口を見出すことが難しい。日本では詳しく報じられなかったが、今年になって民主・共和両党間のウクライナ支援と併せての妥協案も失敗に終わったようだ。

新型コロナウイルスがもたらしたパンデミックは世界の人流を大きく変えた。その概略は最近も記したことがある。感染防止のための様々な政策措置によって、コロナウイルスの感染拡大は、世界中で移民の増加にブレーキをかけた。

世界中で人流が制限されると、少しでも入国が可能な開口部があると、その地域へと人の流れは転換し混乱が起きる。世界を見渡すと、入口が広い地域としてはアメリカ・メキシコ国境、エーゲ海地域、英仏海峡、地中海などがそれに当たる。

今回はアメリカ・メキシコ国境の状況に目を向けたい。このブログが定点観測点としてきた地域のひとつである。まず、今日に至るまでの経緯を簡単に記しておく:

トランプ政権下では、壁の構築、増強、不法越境者の強制送還など、強圧的ともとれる制限的政策が実施された。トランプ前大統領が選挙活動を始めた2015 年、アメリカ・メキシコ国境などで違法な越境を試みた者(遭遇)encounters(N.B.)の数は1971年以来の低さだった。しかし、政権が交代し、2019年に入るとその数は激増した。

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N.B.
国土安全保障省の税関国境警備局 (Custom and Border Protection: CBP)のパトロールが、違法に越境入国 を試みた非アメリカ人に遭遇すること。この後、「拘束」・ 「入国不許可」・「追放」などの対応が採られることに なる。この内、「拘束」「入国不許可」は Title 817という移民関 連の法典に、「追放」は Title 4218という公共衛生に係る法典 に基づいて、CBP が違法移民を取り扱うことを指す。親に連れられた年少者(Accompanied Minors :AM)、家族の構成員(Individuals in a Family Unit : FMUA)、単身の成人(Single Adults)、親などに随伴していない子ども(Unaccompanied Children :UC)を含む。違法な越境者の代理指標として使われている。
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トランプ前大統領は、在任中から不法移民の受け入れに関する取り締まりの強化を主張し、アメリカ・メキシコ国境の壁を構築、強化することを主張してきた。

具体的には、Covid-19のパンデミックが拡大し始めた2020年3月、Title 42として知られる強硬な政策を実施に移した。国境で拘束された庇護申請者を含む違法移民を即時に追放するという政策が含まれていた。この措置でおよそ40万人がトランプ大統領が退任した2021年1月までに、何ら法律的対応もなく追放された。この過程で、およそ7万人はアメリカでの審査を待つため、メキシコへ追い戻された。彼らの中にはそこでみぐるみ剥奪されたり、暴行されるなどの被害を受けた者もいた。

寛容を掲げたバイデン政権の苦難
他方、バイデン大統領は当初、移民への強固な入国制限に反対し、国内に居住する不法移民を審査の上、適格とみなしうる移民を段階を追って最終的に国民に繰入れ、不適格者を本国へ強制送還するなどの措置を進めてきた。

バイデン政権は、コロナ危機に終止符を打ち、Title 42が失効した2023年3月までに、妥当な条項は維持しながら、2百万人強の違法移民を追放した。

トランプ、バイデン両政権の間で激しい議論の対決があった点として、子供を伴った家族の越境者への対応があった。トランプ政権は「ゼロ不寛容 zero-tolerance」政策と称された違法越境者を即座に送還する措置をとった。時には子供を親などの保護者から引き離して、本人だけを本国へ強制送還した。子供はアメリカ政府の保護下に置かれた。2017年から2021年の間に少なくも3900人の子供がこの措置で保護者から引き離された。

バイデン政権に移行すると、この措置は改められたが、2023年3月時点で、約1000人の子供が親などから引き離されたままにあるとされている。

政権がバイデン大統領に代わり、2021年に入るや、越境者数は急増した。南西部国境での越境者は2021年会計年度には大きくリバウンドして、2000年度の水準を上回った。さらに、2023年12月には249,000人とほとんど25万人という記録的な高水準に達した。アメリカへの流入圧力は極めて強く、再選を目指すバイデン大統領にとっては政治生命がかかる重要課題となった。

バイデン政権は予算を浪費すると批判された勾留を減らし、入国のための面接審査を受けるため、メキシコ側で待機する数も削減した。そして出入国、税関などの審査事務手続きが実施される正式の入国審査所 ports of entruyに入国希望者を誘導し、スマートフォンなどでの予約、面接手続きを経て、可能性のある者は可否が定まるまで1~2年のアメリカ滞在を認める政策をとった。さらに指定されない他の地域から不法に越境を試みた者は、庇護申請者 assylum seekerの資格なしとされ、例外なく即時送還されることになった。


ports of entry 正式の入国審査地点の例

しかし、現実には不法越境者は発見されても、送還されずにアメリカ国内に放置され、公式の越境認可を得た者をはるかに上回った。バイデン政権の抑留者削減策の不徹底と庇護申請の判定にあたる裁判官の著しい不足が、こうした事態を生んだ。バイデン政権は、アメリカ国内に家族がある越境者のおよそ10万人が入国を認められたとしているが、統計上の裏付けは十分ではない。

結果として、激流の如き人の流れがアメリカ・メキシコに国境に押し寄せている。

後手に回ったバイデン政権
こうした追い詰められた状況で、バイデン政権はトランプ時代に進められた国境の物理的障壁を構築することを静かに進めてきた。トランプ前大統領から自分の政策を模倣したに過ぎないではないかとの批判をなんとか回避するためである。2023年10 月にはバリアー(壁)建設 の計画を公表している。移民問題は党派を越える共通課題であるとの認識を形成したいのだろう。

共和党が主張している内容には、国内に滞在する難民認定の 条件強化・拘留施設の能力拡大、Title 42 の様な国境での追放の復活等が含まれる。これにも、バイデン政権が静かに歩み寄っているのが実態と言える。大統領選活動中は「自分の目の黒いうちは 1 フィートの壁も建設させない」としていたバイデン大統領だけに、その変貌には驚かされる。

グローバル・マイグラントの増加
バイデン政権下での違法越境者の記録的な増大の背景として、政策上の対応の甘さ、遅れなどが指摘されているが、そればかりではない。違法越境者の出身国が拡大したことで数が潜在的にも非常に多くなり、結果として国境に押し寄せる人流の圧力が、きわめて増大していることを指摘できる。

長らく隣国メキシコ人が圧倒的であったが、近年は北方トライアングルといわれるエルサルヴァドル、グアテマラ、ホンデュラスなどの出身者が増加している。その後ヴェトナムが増加し、さらにインド、ロシア、中国からの庇護申請者が目立つようになっている。越境の可能性があれば、地球上の距離をものともせず、苦難の旅をしてくる。グローバル・マイグレーションの時代の本格的到来といえる。

次回では、この新しい動きを掘り下げてみたい。

続く

2024年2月21日、説明不足な点を補足。



N.B. ブログ筆者は、1996〜2000年、日本の研究者と協力して、カリフォルニア大学サンディエゴ校「アメリカ・メキシコ研究センター」と共同で、アメリカ、サンディエゴ(メキシコ・ティファナを含む)地域と日本の浜松市地域における外国人(移民)労働者の大規模な比較調査を組織・実施した。今日に至るまで質量共にこの調査を上回る国際比較調査は行われていない。ちなみに当時のアメリカ大統領はビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュであった。
桑原靖夫編『グローバル時代の外国人労働者:どこから来てどこへ』東洋経済新報社、2000年

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