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人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

トランプの壁は何を変えるのか: 後退するグローバリズム

2020年01月19日 | 移民政策を追って


トランプ大統領のこれまでの政権運営を見ていると、日本で言う「マッチポンプ」という行動様式が目に浮かぶ。さまざまなことで、メディアを賑わす大騒ぎをするが、任期を終わってみると、この大統領は何をアメリカあるいは世界にプラスしたのかという思いがするのではないか。最近時の弾劾裁判などは、一線を踏み外し、自分の衣に火がついたような感じさえする。

和製語。マッチで火を付ける一方、ポンプてで消火する意。意図的に自分で問題を起こしておいて自分でもみ消すこと。またそうして利益を得る人。(広辞苑第7版)

こうした状況で、トランプ大統領が就任前から公約として強く主張していた政策が、アメリカ・メキシコ国境の壁を強化するというものだった。ブッシュ大統領以来のこの物理的壁を増大・強化するという政策は、一部の賛成者には分かりやすいが、他方で多大な反対を引き起こしてきた。国境で越境を試み、拘留される者の数はオバマ政権下では減少し、トランプ政権下では2019年に入り増加している。メキシコからの越境者の間では、国家的に破綻状態のグアテマラへ送られることへの恐れも高まっているという。トランプ政権下の変化を少し整理しておこう。

アメリカ・メキシコ国境で拘束された不法越境者数推移





[これまでの経緯]
2017年1月、トランプ大統領は 大統領令13767 に署名した。これをもって、既存の連邦資金を使用してメキシコ国境に沿って壁の建設を開始するよう米国政府に正式に指示したことになる。 2019年2月、トランプ は国家緊急事態宣言に署名し、  米国とメキシコの国境の状況は、壁を構築するために他の目的に割り当てられた資金を必要とする危機であると述べた。 議会は緊急命令を覆すために共同決議を可決したが、トランプは決議を拒否した。 2019年7月、最高裁判所は、  他の法的手続きが継続して いる間に壁を構築するために、国防総省の抗薬物(麻薬)資金から25億ドルの再配分を承認した。 2019年9月には、さらに36億ドルが流用された。今回は、アメリカ兵の子供のための学校を含む、世界中の米軍建設プロジェクトから流用された。2019年9月、トランプは2020年の終わりまでに450〜500マイルの新しい壁を建設する予定であると述べた。

トランプ大統領以外にこれまで移民に対する壁、あるいは敵対的政策を政治的プラットフォームに据えた大統領はいない。大統領就任以来2019年10月まで議会はこのために$3.1bnを拠出している。トランプは防衛予算から多額の転用を行ってきた。そのため本来の目的に支障をきたしかねないため、連邦最高裁は10月こうした転用を禁止した。壁はメンテナンスを含まず、建造費用だけで1マイルあたり$25mを要する。

壁の費用は当初のトランプ大統領の主張のようなメキシコ側負担ではなく、アメリカの納税者の税金でまかなわれている。これはトランプの任期中に少なくも障壁を構築しようとのトランプの意志の現れと考えられる。  

メキシコと米国の障壁は、現実にはひとつの連続した構造ではなく、「フェンス」または「壁」としてさまざまに分類される物理的な障害物のシリーズからなっている。地域によっても、その実態はさまざまなものがあることはこのブログでも記してきた。

さらに、物理的な障壁の間で、国境のセキュリティ確保のため、 国境警備隊のエージェントを(不法)移民などの疑いのある場所に派遣するために使用されるセンサー、カメラ、ドローンなどの探査機を含む。この 大陸境界線の全長は1,954マイル(3,145 km)とされている。

トランプは「壁」の構築法にも自分のイメージを主張してきた。アメリカの新しい境界壁は、コンクリートで満たされた高さ30フィート(約9メーター、場所によっては18フィート)の鋼鉄製支柱で作られる。コンクリートの基礎に6フィートの深さまで埋められ、さらによじ登ることを防止するよう5フィートの鋼鉄製防御障害物で覆われている。場所や建設コストによって、いくつかのヴァリエーションがある。

トランプ大統領のイメージする国境壁のプロトタイプ

地域的には、エルパソからサンディエゴにかけての変化がとりわけ顕著であり、単に従来存在した低い不完全な障壁を入れ替えるというだけではなく、動植物の移動をも許さないような容易には進入し難い頑丈で高い壁が続き、以前の光景とは一変したものになっている。

エルパソの「壁」の実態
最近注目を集めているのは、アメリカ、ニューメキシコ州のエルパソ El Pasosとメキシコ側のシウダ・フアレス Ciudad juarezで構築されている壁の実態である。この二つは現実には一つの都市と見た方が良いと思われる状態にある。例えば、フアレスの教育熱心で豊かな家の両親は、毎日子供をアメリカ側の私立学校へ送り迎えする。他方、フアレスでさまざまな専門家としての仕事をする人の多くは、エルパソ側に住みたがる。毎日平均すると約8万人がファレスからエルパソ側へ車や徒歩で移動している。

アメリカ・メキシコ国境の壁の設置状況

2019年12月時点でエルパソには、27.5マイル(44km)の壁が作られ、さらに24マイル(38km)の壁建設の契約が締結される予定になっている。民主党議員の中には、トランプの壁は、従来あった低い壁を取り換え(replace)ただけと評する人もいる。しかし、現実には取り換えただけではない。新たに作られた壁を抜けたという不法入国者もいるが、コヨーテといわれるブローカーの手を借りたとしても、厚い壁を電気鋸などで切り抜くには最低でも4時間近くを要するとされ、以前の低い壁のように簡単には乗り越えられない。しかし、時間をかければ抜けられないわけではない。

変化する壁の役割
この事実は、移民という人間の移動に壁が立ちはだかったばかりでなく、国境地帯に生存する動物や植物の移動に障害となるという自然な生態系環境の破壊につながる事態が生まれる危険性が指摘されるようになった。

専門家の分析によると、国境の残りの1,300マイル(2,100 km)に沿って壁を建設する実際のコストは、1マイルあたり2,000万ドル(1250万ドル/ km)に達する可能性があり、総費用は最大450億ドル、私有地の取得とフェンスのメンテナンスのコストが合計コストをさらに押し上げている。  

アメリカへ働くために不法越境する人の数は減少しており、増加しているのは、難民申請の条件を充足していると思われる家族、随行者のいない子供などが拘束されるケースである。彼らにとっては壁は取り立てて障害となっていない。拘束されても、救済される可能性が高いと思われる体。この点は下院のナンシー・ペロシあるいは民主党の反トランプの人たちが壁を「不道徳的」と呼ぶ理由だ。壁の建設自体は本来不道徳ではないが、こうした目的のために使用することは問題ではある。物理的に強固で建設費の高い壁よりも、電子的な探査装置のネットワーク整備などの方が経済的だが、トランプは政治的に「壁の建設者」という評判を確保したいのだろう。

BREXIT以降のヨーロッパと併せて、アメリカ大陸でもグローバリズムの後退が進んでいる。

Reference
‘Borderline disorder’ The Economist December 21st 2019 and others

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