時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ひたすら北を目指す人々

2021年03月24日 | 移民政策を追って



人の移動とそれがもたらす影響についての研究は、筆者が関心を抱き、調査に着手し始めた1960年代においては、地味で研究者も少ないテーマだった。

COVID-19のパンデミックが収まらない現在、世界の人の移動には未だかつてない形の変化が起きている。とりわけ移民の動きをみると、世界的に減少が顕著だ。新型コロナウイルスを媒介する人の動きにブレーキがかけられている。その衝撃は想像以上に大きい。世界一の移民受け入れ大国アメリカ、移民政策は政権の座を揺るがす重要問題となっている。

日本では緊急事態宣言の解除をした途端に感染者数が増加し、早くもリバウンドの徴候が顕著になっている。東京都知事は人流の制限を強調している。

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N.B.
パンデミックは移民の流れ、フローに多大な衝撃を与えた。2019年には世界の移民の流れ、フローは約200万人減少したとみられる。
他方、国連レポートなどで、2000年と比較して2020年の統計をみると、自国の外に居住している人たちの数はこの20年間に1億人近く増えた。2000年には約1億7300万人が自分の生まれた国の外に住んていた。その20年後には2億8100万人に増加している。
パンデミックは移民による本国送金を減少させた。世界銀行によると、2020年には低所得、中所得国への外貨送金は780億ドル、総計の14%近く減少したと推計されている。
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バイデン大統領が直面する試練
移民、難民が生み出す影響は、地域によって大きく異なっている。移民・難民はしばしば政権を揺るがすほどの難題を作り出す。近年大きな政治的問題になっているのが、アメリカである。トランプ前大統領は、国境に物理的な壁を建設することを政策の目玉の一つとしてきた。この政策は分かりやすいが、多くの議論を生み出した。壁建設への反対はきわめて大きくなった。トランプは、covit-19も越境者受け入れ拒否の理由とした。

新しい大統領バイデンはもっと上手く対処してくれるのではないかとの期待が高まった。しかし、案に反して、バイデン大統領は思わぬ人道的、政治的問題に直面することになる。

国境を越える子供たち
2020年10月1日、親や保護者に伴われることなく越境した9200人の子供たちが、HHS(Health and Human Servies)のシェルターに保護されていることが明らかになった。2019年以来の記録的数である。収容されているのはティーンエイジャーが多いが、12歳以下の子供も数百人は含まれているという。その多くはテキサスのリオ・グランデ渓谷を渡渉し、アメリカ側に不法入国してきた。子供のみならず不法入国者の数自体も増加している。

こうした不法入国者の多くは、アメリカにすでに入国している家族や本国での貧困や暴力を逃れて、越境してきた。特に中米のグアテマラ、ホンデュラス、エルサルバドルからメキシコを経由してアメリカへ入国を企てる者が急増している。2019年には25万人以上のグアテマラ人が越境を試み、国境警察に拘束された。彼らはバスやトラック、そして徒歩ではるばるメキシコ国境へと北上してくる。

子供たちの場合は、誘拐、ブローカー、年上の親戚、祖父母などに伴われ、越境を企て、連邦機関によって収容される前に、ひとりになっていると推定されている。子供たちは拘束後、72時間以内にHHSのシェルターに移送、収容さるが、最近は収容能力が限度を越えてしまい、国境付近の勾留施設に収容される場合が増加している。しかし、これも満員の施設が増え、covit-19に感染するリスクも急増している。

アメリカ側は2014年から2019年にかけて越境した約29万人と推定されるこれら保護者不在の子供たちの約4%に就いて、送還などの措置を取り得ただけといわれる。ほとんど何もできていないことになる。

こうした変化はバイデン大統領にとっては予期しなかった大きな政治的脅威となった。共和党支持者の中には、バイデン大統領が甘い政策を採用したからだと批判する者もいる。バイデン大統領はアメリカの政策評価以前に、越境者の本国の政治的・経済的状態が最悪であることが原因としている。政治、経済、社会のあらゆる面で、本国にいられないほど貧困、恐怖、荒廃が進んでいるのだ。しかし、当面、成人の単身者と家族は本国への送還手続きをとらざるを得ない。受け入れるにはあまりに数が多い。アメリカはもはや寛容ではいられなくなっている。

バイデン大統領はどうするか
トランプ大統領の政策に反対して大統領の座に就いたバイデン大統領としては、こうした不法な越境者をむげに送り返すこともできない。仕方なく、「我々は来ないでくれといっているのではない。今は来ないでくれ」と言っているのだとでも表現するしかない。

就任して日が浅いバイデン大統領はかなり対応に苦慮している。できることから迅速に着手してゆくしかない。国境管理、移民手続き・税関などの体制をさらに充実・整備しなければならない。さらに、世界的にも注目を集める難民への対応システムを構想し直す必要に迫られている。自由の女神を奉じる国として、譲れない一線だ。

未来に向けて持続可能な移民政策を目指すならば、アメリカへ合法的に入国できる経路を再検討、再設定し、導入すべきだろう。

移民は国を去る者だけでなく、残る者にも影響を与える。グアテマラの報告書によると、この地域の移民の半数が子供を置き去りにしてアメリカなどへ行く。残された子供の多くはギャング組織に家庭の代わりを見出さざるを得ない。ギャングはもはや単なる犯罪組織ではなく、社会的組織と化している。グアテマラシティで2019年に起きた3578件の殺人のうち、約8割にギャングが絡んでいた。暴力の蔓延が住民が他国へ移住を決意する主な理由の一つになっている。殺人事件で犯人が捕まるのは5件に一件もない。殺人、誘拐ばかりか麻薬貿易など、ギャングの活動は人々や社会の組織に深く入り込んでいる。

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N.B.
バイデン大統領は、中央アメリカ諸国との間で、長期的視野で一定数の難民を受け入れるプログラムを導入することを検討しているようだ。さらに根本的にはこれらの国々の貧困や犯罪などの苦難を軽減するために何ができるか、政策協議を行いたいようだ。すでに、中央アメリカ諸国へ貧困や犯罪などに耐えきれず国外脱出する者を減少させる対応策に40億ドルを拠出する努力をすることを約したようだ。
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Sources:
'The cost of migration', NEWSWEEK 2021.3.9
'Joe Biden faces a humanitarian crisis at the southern border ' The Economist March 20 2021
”Biden’s border crisis” & “Biden’s border bind” The Economist March 20th-26th 2021
‘KEEP GOING NORTH: At the border with William T. Vollmann’, HARPER, July 2019

カリフォルニア生まれのレポーター William T. Vollmann は現地に赴きその実態をHARPER誌に寄稿した。コスタリカ、ニカラグア、ホンデュラスなどの中米諸国からメキシコ経由、アメリカ入国を目指す人々に密着取材し、彼らが旅への途上で、いかなる問題、困難に直面したかを克明にレポートしている。
下掲の図は、彼らがたどった長く危険な経路を示している。



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