時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ポール・ジャモ:ラ・トゥールを再発見した人々

2006年11月20日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの書棚

    ラ・トゥールという画家とその作品が、17世紀以来長らく歴史の闇に埋もれていたことは、この画家に関心を持つ人々の間では良く知られている。当時はフランス王室の画家にまでなった有名な画家だったが、その後さまざまな理由で、人々の視野から消えてしまった。ところが、20世紀に入って、次々と作品が再発見され、画家の生涯にも少しずつ光が当たってきた。

  その「発見の歴史」では多くの興味ある出来事が起きているが、1934年パリのオランジュリー美術館で開催された展覧会がラ・トゥール発見のひとつの契機となったようだ。「17世紀フランスの現実の画家たち」と題されたこの展覧会は、大変よく企画、検討されたものであったようだ。さすがに私も生まれる前のことであり、詳細を知るよしもないが、画期的な展覧会として今日に伝わっている。

  折しも、明日11月21日から新年3月5日までの会期で、今年5月新装なったオランジュリー美術館のお披露目として開催される特別展がまさに、この1934年の再現、「オランジュリー、1934:現実の画家たち」les Peintres de la réalité なのである。ラ・トゥールの発見と評価に多大な貢献をしてきたオランジュリーとして、満を持したともいえる大変素晴らしい企画であり、この希有な画家についてさらに新たな知見を付け加えることだろう。今回はいかなる評価が与えられるか、大変楽しみである。忙しい日程だが、ラ・トゥール・ファンの一人として、なんとか見てみたい(上記のサイトには、あのあやしげな目つきの女性たちが出ていますよ。)

  1934年の展覧会には、イタリアで活躍していたカラバッジョ派の画家やロレーヌなどの地方画家の作品150点近くが展示され、パリの画家になじんでいた人たちを驚かせた。この中には、ル・ナン兄弟の作品17点やラ・トゥールの作品も含まれていた。
  
  
 この展覧会では、「聖ヒエロニムス」(グルノーブル)、「聖セバスティアヌス」(ルーアン、カタログを作ったステルランはラ・トゥールの作品と考えず、リストに入れていない)、「女性の横顔」(1930年にラ・トゥールの作品とされた。断片が現在ヴィック=シュル=セイユ)の3点を除く、当時ラ・トゥールの作品とされたものが、すべて展示された。さらに、それまで公開されたことのなかった「辻音楽師のけんか」など5点が出品されていた。

  展覧会を企画したのは、当時ルーブルの絵画美術部門の学芸員であったポール・ジャモ Paul Jamot であり、展覧会のカタログは学芸員のシャルル・ステルランが書いた。ポール・ジャモが残したラ・トゥールに関する一冊*が手元にある。

  ポール・ジャモはル・ナン兄弟に関する論文を多数残しているが、ラ・トゥールについても論文を書いていた。それを死後、姪のテレーゼ・ベルタン=ムロが、まとめて1942年に刊行したものがここで紹介する書籍である。その多くは、ジャモの生前に美術評論誌などに掲載されたものを、編集しなおしたものである。カタログ調ではなく、ジャモの考えに沿って編まれたユニークなラ・トゥール紹介である。

  この60ページ程度の小冊子に収録されたラ・トゥールの作品の中で「手紙を読む聖ヒエロニスムス」(Saint Jérôme etudiant dans sa cellule. Au Musée du Louvre, Paris.) と「灯火の前のマグダラのマリア」(La Madeleine à la veilleuse. A Mr.Camille Terff, Paris. ) の2枚だけがカラーであり、残りはモノクロ印刷である。表紙もモノクロである。しかし、このモノクロが感動的に美しい。高い印刷技術の水準を感じさせる。すでに65年近い年月が経過しているにもかかわらず、それを感じさせない。後年の出版物でもこの水準に到達していないものも多く、実際の作品を見られなかった当時の人々にとっても大きな感動を与えたものと思われる。

  実際、1934年の展覧会は2度にわたって延長されたといわれ、この画家の評価に大きな影響を与えたものとなった。こうして、ラ・トゥールは急速にプッサンやクロード・ロランなどと肩を並べる17世紀フランスの大画家として認められるようになって行く。画家の発見は、小さなことの着実な積み重ねであることを実感する。
 

 George de La Tour par Paul Jamot, Avec un Avant-Propos et des Notes par THÉRÈSE BERTIN-MOUROT. Paris: LIBRAIRIE FlOURY, 1942. pp.59.

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