時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

それでも国境を越える

2006年11月09日 | 移民の情景

  アメリカの中間選挙で民主党が躍進したことが判明した11月8日、BS1「世界のドキュメンタリー」が、「それでもアメリカに行きたい」Crossing Arizona という番組を放映していた。2005年に作成されたものである。

  その内容は、このブログで継続して追ってきたテーマである。新しいことはほとんど含まれていないが、日本人があまり真剣に考えているとは思われない移民問題の実態について、映像を介してひとつの迫真力を持ったケースを見せてくれた。

注目を集めるアリゾナ州
  アメリカ・メキシコ両国国境に1120キロに及ぶフェンスを構築する法案がすでに成立している。カリフォルニア州サンディエゴからエルパソにわたって封鎖が強まった反動として、越境者がアリゾナ州境へと移動してきた。そのため、アリゾナ州が越境者の多い州として、最近はさまざまな問題が生まれている*。国境地帯では、毎年50万人近くの越境者が逮捕されている。その背後には100万人を越えるといわれる越境者が存在する。さらに、過酷な国境越えで数千人が命を落とす。

  番組ではNAFTAが越境者増大の契機となったと伝えていたが、必ずしも正確な認識ではない。それ以前から越境者の流れはさまざまに存在した。「ブラセロ・プラン」と呼ばれた農業労働者の「ガストアルバイター」型の合法的労働者受け入れ時代から、アメリカ人がやりたがらなくなった仕事を引き受けているのは、メキシコ人を中心としたヒスパニック系労働者である。

さまざまな関係者
  国境では越境者や国境パトロールばかりでなく、さまざまな組織や団体が活動している。越境者を商売にしているコヨーテといわれる越境あっせん業者もいる。国境は密輸業者などが暗躍する場でもある。他方、テレビが伝えたHumane Bordersなどの人権団体も、越境者擁護のために砂漠地帯での給水などの活動を人道的観点から実施している。

  他方、不法入国者によって牧場が壊されたり、家畜が被害を受けたり、ごみの捨て場となるなどの被害を受ける牧場主も多い。アリゾナ州では2004年に不法移民取締り強化をする法案の是非を問う世論調査が行われ、56%が取締り強化を行う法案に賛成した。反移民感情がかなり高まっている。「メルティング・ポット」とも呼ばれてきた多文化主義が失敗し、アメリカを分裂させているとの批判も強い。

  2005年アリゾナ州ツームストンでは、自警団ミニュットマンが組織された。国境にメディアの関心をひきつけようとする意図もある。

必要な超党派の協力
  問題の根源は深く、単なるグローバリズムのひとつの結果と片づけるには重い、多くの課題がある。問題を整理し、破綻した移民システムを建て直すのはかなり大変である。その中で、ブッシュ大統領が掲げてきた「総合的移民政策」は、民主党のケネディ上院議員などが考える案とも重なる部分が多く、政策の方向としてはかなり良く考えられた内容になっている。しかし、その実現のためには皮肉なことに民主党の力を借りないかぎり難しい情勢になっていた。ブッシュの「総合的移民政策」の中身は共和党よりは民主党議員の考えに近いところが多いからだ。

  今回の民主党の議院支配で、「総合的移民政策」が実現できる可能性は従来よりも高まったといえる。守勢にまわったブッシュ大統領にとってはイラク問題とともに、「これは君たちの問題でもある」とボールを投げ返すことができるからである。しかし、これまでの対立の経緯もあり、どんなことになるか。しばらく、成り行きを見守りたい。

* 今回の中間選挙でアリゾナ州は反移民的な4法案を投票にかけ、すべて成立した。

References:

 「それでもアメリカに行きたい」Crossing Arizona, 2005年、レインレイク・プロダクション
「世界のドキュメンタリー」 2006年11月8日 BS1放映

Tamar Jacoby. 'Immigration Nation.' Foreign Affairs. November/December 2006.
やや右よりで観念的ではあるが、中間選挙前の問題状況を伝えている。

コメント
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