時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

フェンスでも断ち切れない移民の流れ

2006年11月26日 | 移民政策を追って
  アメリカ中間選挙で、イラクに次ぐ決定的な政治問題といわれていた移民問題だが、一部の州を除いて争点としては表面に浮上しなかった。増えすぎてしまったヒスパニック系移民を敵にまわすことは政治的に不利と、共和、民主両党ともに考えたからであろう。すでにアメリカ市民となっているヒスパニック系の中には、ヒスパニックがこれ以上増えるのを好まないグループも生まれている。エスニシティの壁は複雑である。ヒスパニック系住民は移民政策の対応が遅れている間に急増し、政治的にも大きな存在となった。
  
  「さわらぬ神にたたりなし」と両党とも選挙戦に入ると、移民問題を主たる争点としなかった。現実に争点として明暗を決したのは、イラク戦争と下院のスキャンダルであった。しかし、アリゾナ州のように不法移民増加の最前線では、この問題を避けては通れない。しかし、選挙前には不法移民へ強い対応を提示する共和党候補が優勢を伝えられたが、蓋を開けてみると、「移民」は票につながらなかった。

アメリカ:我々は誰なのか
  しかし、不法移民問題が自然に解決するわけではない。対応が遅れるほど、困難さは増すばかりである。このまま経過すると、アメリカの人口に占めるヒスパニック系の比率は、2003年の14%から2050年には25%近くに達すると予想されている。黒人の比率は現状の13%からほとんど変化しないとみられるから、ヒスパニック系人口の重みと発言力は大きく増加する。そして10%近くまで増えるとされるアジア系と併せると、アメリカのエスニックな構成比は、大きく変わる。白人(非ヒスパニック系)の比率は、2050年には約半数にまで減少する。アメリカはいまや「サラダボウル」「モザイク社会」ともいわれているが、その図柄も大きく変わる。

  これまで、ブッシュ政権、そして保守党の移民政策を批判し続けてきた民主党だが、上下院ともに多数を制することで、自分たちに批判の矢が向いてくること回り合わせになった。このブログで「定点観測」してきたように、ブッシュ大統領の移民政策(「総合的移民政策」)は、共和党議員(特に下院)の間では支持者が少なく、むしろ民主党議員の間で支持者が多い状況だった。そして、大統領候補にも挙げられている保守党マッケイン上院議員と民主党ケネディ上院議員の連携という他の領域では考えられない結びつきを生んでいた。

「総合移民政策」の3本の柱
  ブッシュ大統領の移民政策は簡約すると、3本の柱から成っている。第一は、アメリカの産業界が必要とする農業、サービスなどの分野で、合法移民のビザ発行数を増やすことである。第二は、南部の国境を越えて来る不法移民に対する政策を厳しくし、効果的な対応をとることである。そして、第三は、すでにアメリカ国内に居住している1200万人ともいわれる不法移民と家族に自らの力で、合法的な次元へ移行できる措置を導入することである。このすべてが実現して機能すれば、論理的には一応まともな政策体系となりうる。

  これまでブッシュ大統領が実現しえたのは、第二の国境のフェンス(壁)を高く、長く張り巡らし、パトロールを強化する部分のみである。いわば、物理的・地理的次元での対応である。現在は75マイルのフェンスを延長・拡大し、約700マイル(1100キロ)のフェンスを新たに築くことになっている。しかし、議会での政治勢力バランスも変わり、実際にいかなる結果になるか不明な部分も多い。

  そして残された政策も、実現は決して容易ではない。「移民の国アメリカ」では、移民政策に関する国民の合意形成が難しい。ブッシュ大統領に残された任期2年の間に、実現しうるか。共和党員の間には、民主党のお手並み拝見という気分が生まれている。民主党の支持基盤の一角を形成する労働組合も、移民増加には批判的であり、ボールを投げ返された民主党は当惑気味でもある。

  民主党は公約のひとつである連邦最低賃金率の引き上げに取り組むだろう。アメリカの賃金が上がると、国境を越えようとする人の流れの圧力も高まる。フェンスはいかなる役割を果たすだろうか。その背後には、グローバル化する労働市場が急速に浮かび上がっている。フェンスで断っても断ち切れない関係が両国間に展開している。

References
Tamar Jacoby. "Immigration Nation." Foreign Affairs. November/December 2006.
中間選挙以前に書かれており、観念的、楽観的だが問題の整理には役立つ。
コメント
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