時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

再び厳しさを増す国境の実態

2006年08月16日 | 移民の情景

  イギリス政府がまさに土壇場で発動した措置で、あの9.11の惨劇は辛うじて回避された。ほっと胸をなで下ろす。イギリスという国がその表向きの顔とは異なり、かなり厳しい管理社会であるということは、しばらく住んでみて気づいてはいたが、その効用が発揮された?といえるだろうか。しかし、未来につながる不安がなくなったわけではない。むしろ、執拗に忍び寄るテロイズムへの脅威は増大した。

厳しくなる国境管理
  この事件によって、少し緩みかけた国境の管理が再び厳しさを増すことは疑いない。アメリカ議会で調整の過程にある移民法改正案には、大きな圧力が加わるだろう。国境管理を厳しくせよという保守派の声は一段と強まるだろう。ABC放送などを聞くともなしに聞いていると、このブログでも継続的に追っているように、移民問題が国論を二分しかねない大きな政治問題となっていることが伝わってくる。
  
  テロリズムが直接の相手とみなしているのは、アメリカとその同盟国だが、被害は無差別に発生する。テロリストがどこに潜んでいるのか、一般市民には分からない。今回のイギリスの出来事も前回の地下鉄事件と同様に、逮捕された容疑者にはイギリスの市民権保有者が含まれているといわれている。国境を越えるに際してのチェックは再び強化された。

  しかし、国境の存在が感じられるのは空港や港湾ばかりではない。アメリカ・メキシコ国境のような場合は、日本人には想像できないような怪奇な状況さえ展開している。テロリストが紛れ込もうとすれば、抜け穴はいたるところにある。ABC やThe Economist July 15th 2006が伝える場合を紹介してみよう。

入りやすい地点を求めて
  メキシコ側からアメリカへの不法入国者が多い地点は、アメリカ側の国境警備の重点の置き所が変化することで、従来のカリフォルニアからアリゾナ、テキサスなどへ移動している。アリゾナ州の国境からメキシコ国内へ96キロほど入った所にアルター Altarという小さな町がある。かつては人気もないような寂れた場所であったが、今やアメリカへ不法入国しようとする人にとって最大の待機場所になった。毎月数千人の不法入国希望者がこの町へ流れ込む。

  通常は文明社会から遠く離れた灼熱の砂漠地帯をひかえた所だが、比較的涼しい季節には一日1000人から3000人が流れ込み、14,000人もの人口にふくれあがる。

横行するトラフィッキング
  予想もしなかった変化のひとつはこうした不法入国希望者を相手とするビジネスの繁盛ぶりであり、とりわけコヨーテの名で知られる人身不法取引ブローカーが横行している。一台のヴァンに25-30人を載せ、国境を越えてアメリカ国内に送り込むだけで、一人15ドルをとる。そこから、どれだけアメリカ国内深く送り込むかで値段が大きく変わるという。増強された国境パトロールやナショナル・ガードの目を避けて、「安全地帯」まで行くには4000ドルもかかる。
  
  幸運にもパトロールなどに見つかることなく、カリフォルニアでぶとう採取やフロリダで屋根葺きの仕事にありつける場合もあるが、多くはコヨーテなどに所持品を強奪され、この町へと強制送還されてくる。すでに28回も送還されたなどの例もある。しかし、国境を越えるだけで時間賃率1ドル以下から7ドル以上の世界へ入り込めるかも知れないのだ。

  送還者の多くは砂漠を越える途上で足にけがをしたり、脱水症状となり、町に来る赤十字のお世話になる。その数は月1000人近くとなる。厳しさを増す国境管理の下で、最後のチャンスと家族でこの町へとやってくる人の数は増加している。

移民なしにはなりたたない農場
  アリゾナ州ユマの農場では合法・不法の労働者が多数働いている。レタス、カリフラワーなどの野菜や、果実の栽培、採取を行っている。労働者の9割以上は、ヒスパニック系の労働者である。英語もほとんど分からない人が多い。

  現行移民法でも外国人労働者を雇用する使用者は、身分証明書をチェックする義務があるが、どれだけ実行されているか、実態は分からない。使用者は偽造書類も多く、素人が見ても分からないと答える。現実には不法就労者を雇わないとビジネスがなりたたない。

  他方、逆の対応をしている地域もある。同じアリゾナ州ダグラスでは、国境の障壁強化を州政府に要請している。その背後には、不法移民が増加すると、その分だけ州民が負担する教育費や社会保障費が増えるから阻止しなければという論理が働いている。

多大な公共コスト
  地域の病院側は多大な医療費を負担し、小さな病院に医療費を払わない不法入国者や家族が多数押し寄せる。学校もヒスパニック系で一杯だ。不法入国者が農場内を通過するので、農作物が踏み倒され、廃棄物で溢れる。フェンスも壊され、農場が荒れてしまう。しかたなく農場経営者などが自衛して、不法入国者を捕まえるという動きに出ざるをえない。

  国境管理は抜け穴だらけで機能していない。そのため、地元の農場関係者などが自主的な活動を始め、逆探知カメラで探知し、国境パトロールに連絡するなどの対応を行っている。
  
  幸か不幸か日本は島国であり、隣国と地続きで国境を接していない。国境の持つ重みについても認識が浅い。そのためもあってか、この国は近隣つき合いがはなはだ下手である。

  数年前に中国のある著名な大学を訪ねた折、副学長氏から本学は台灣海峡にトンネルを掘削できる土木工学技術を持っていると居丈高に言われ、唖然としたことがあった。英仏海峡トンネルに日本の技術が大きな貢献をしていることはあまり知られていない。日本と中国がトンネルでつながる日は来るのだろうか。

References
'Waiting to cross', The Economist August 12th 2006
'A plot, and chaos', -do-.

コメント
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