観察 Observation

研究室メンバーによる自然についてのエッセー

枝のような蛾 高槻

2013-03-13 18:07:06 | 13.3
教授 高槻成紀

 毎年のことながら年末からこちらは次から次へと大学の用事が波のようにおしよせてきて、余裕がない。健康診断は6月くらいにあるが、あれは意図的ではないか、3月に実施すれば胃潰瘍などの率が上がるのではないかなどと思う。
 年度末にあたり、この一年に自分が「オブザベーション」に書いたものを読み直してみると、本来の目的である「自然を観察したこと」はあまり書いていないことに気づいた。東日本大震災が衝撃だったために、原稿がそれに偏りがちになっているのはしかたないとして、やはり観察に基づいたものがあるべきということに変わりはない。
 そこで一年を振り返って一番印象的だった観察は何かと考えたときに、自分の研究のことでないのは残念だが、下の写真である。
 アファンの調査に行ったとき、学生が宿泊するゲストハウスでお昼を食べて出掛けようとして、先に出て玄関で待っていたときのことだ。玄関の昇りのステップの両側にレンガがあり、その上に枝が乗っていたのだが、その枝は妙なことに半分以上がレンガからはみ出している。おかしいと思ってみるが、別におかしいことはない、確かに枝だ。ところがもっとよくみると、なんと枝に脚がある。それはまちがいなく鱗翅目の脚だ。私は目を丸くしていたに違いない。どう見ても枝としか見えない樹皮の部分は蛾の翅であり、枝の折れ口は頭なのだ。枝の色つやはサクラとかカンバに似ている。私は道に落ちているサクラの枝を拾って同じくらいに折ってその蛾の横に並べてみた(写真左)。並べてみてさらに驚いたことは、「本物を並べてみたら、やっぱり違いはあきらかであった」というよくあることにはならず、ますますよく似ていることに改めて驚くことになったのだ。



 この枝をつついたら、確かに蛾に「なった」。むしろがっかりするほどありふれた感じの蛾になった。



 私はこの蛾の名前をまだ知らない。それはいずれ詳しい人に聞けばわかることだが、この蛾が枝にそっくりであるあという事実にかわりがあるわけではない。
 これは鳥などの補色に対する隠蔽なのだろうが、なんとよくできていることか。ほとんど冗談のような事実に笑いが込み上げてきて、半ばあきれたような気持ちだった。

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