小豆の種蒔きをしていると、とても珍しいお客様が訪ねてきました。
様子を見に来てくれたんだろうと思いますが、お茶を飲みながらの話はあまり噛み合っていないかなあ?
というか、価値観が相当ずれているように感じるので、話していてもワクワク感がありません。
いつ頃からでしょうか?はっきり意識するようになったのは議員を辞めてからなんですが、今の教育システムは完全に制度疲労を起こし、行き詰っていると思うようになりました。
それは、行政システムについても同じだろうなあ、敷衍すると議会のシステムも同じ、いや、最も重症?
これって、天に唾するようなものですから、あまり大きな声で喋ったことはありませんけどね。
金になるか、ならないかだけが基準 先日、途中まで読みながらそのままにしていた「日本の覚醒のために~内田樹講演集」を引っ張り出し、栞がないうえどこまで読んだか忘れたので、最後の付箋の後の章を開いて読み始めました。
2015年に沖縄で行われた講演録なんですが、とても面白い。
特に、沖縄での講演故の広がりと深みがあるように思います。
内田樹は、神戸女学院大学の教授として長らく大学教育を中から眺めてきて、「金になるか、ならないか」だけを基準に教育資源を傾斜配分してきた結果、この15年間で日本の学術的生産力は劇的に低下してきた、と書いています。
ひょっとしたら、義務教育も、行政も、政治も、構造は一緒かもしれませんね。
内田氏は、大学はもう腐臭を発している、大学に限らず、日本社会の様々な仕組みが同時多発的に壊れ始めている、と続けています。
先日、日本政府が韓国への半導体材料の輸出規制強化を発表し、大きな波紋が広がっています。
内田氏は、日本の仕組みが壊れ始めると、韓国も中国もその他の国も同様の現象が起こってくるとしていますが、徴用工問題や輸出規制は、象徴的な出来事かなあと思いました。
新しい仕組みを作り出す20代
ただ、内田氏は落として終わっているわけじゃなく、もう古い仕組みに変わって新しい仕組みがあちこちに生まれ始めていると思うとし、新しい仕組みを作り出しているのは20代の人たちですと。
現職時代、度し難い!この星は壊れるところまで壊れないと再生できないのではと感じていましたが、学生と一緒に活動するなかで、いや、この国の若者は捨てたもんじゃない、大丈夫!と思えるようになりました。
確たる根拠があるわけではなく、単なる僕の直感ですが(^^;;
若者による新しいムーブメントがあちこちで生まれています。
若者を支えていきたいものです。
何やらすごい今日のイベントのタイトル「究極の解答検証会」、新庄の地で開催されましたが、今日の今日まで何が何やら?????って感じ。
自己・自我とは、人間とは、生・命とはという問いに古今誰も答えていないという、どこを調べても普遍妥当な回答ってないらしい。
そんなことがテーマの今日のイベント、実に面白い。
こういうイシューって、誰もが一見わかってるような面持ちでいるんだけど、突っ込んで見ると全く分かっていない、へえ!がてんこ盛りなんですよね。
例えば自己、「おのれ」って誰もがわかっているようで全く分かっていなくて、自分の名前に生死も含めてとことん規定されているらしい。
神聖ローマ帝国のフリードリッヒ2世は、え~~!という数の新生児に一切呼びかけをしないという凄い実験をしたところ、皆1年以内に死んでいったのだとか。
命名と言いますが、ナを付けることで命づける、だから命が働かないと死に至る、それは人間にだけ持たされた機能だっていうんだよね。
何かわかる気がするけど、、、
一通りのベースの話を聞いていて、自我があるって、ある人たちにとっては実にありがたいことなのかもなあ、だって、自我があるゆえに経済は成り立っているんだから。
今日は、自我を乗り越えていく術?書道をやるってそういう意味かもと思っていたことへの大きなヒントを頂いたように思いますが、さて、、、
イベントの始まるまでの時間、収穫したラッキョウや紫エシャロットの片付け、これもまた楽しい時間です。
9cmポットの土だけでトマトやナスがちゃんと収穫できる!!
耳を疑う話ですが、もちろん化学肥料や農薬を使わずにできるようなんですね。
右の写真は、その方がお土産に下さった、ガラスコップにその土を入れ、アブラナ科の種を蒔いて育ちつつあるベビーリーフですが、排水がなくても元気に育つって、、、
大分恐るべし
今日は、お願いしたのですからこちらから出向くのが当たり前なのに、大分から超耳寄りなお話を携えてわざわざ来てくださったのですが、一番肝心な話もそこそこ、その周りの話で驚かされちゃいました。
この土を作っている方は、大分の十時農園さんなのですが、たまたま数日前に読み始めた本の著者赤嶺勝人さんも、自然のサイクルにある土の役割を知り尽くす大分の土づくりの達人、土の達人二人、大分恐るべし。
島根にもスゴイ篤農家が多々いらっしゃいますが、このお二人のような方には出会ったことがありません。
十時農園さんのお話で特に感銘を受けたのは、意識共有できる方には銭金に関係なく、あらゆることを包み隠さず伝えている方だということ。
ここって、ビリビリ感電するような感じ、琴線に触れましたね。
一緒に話を聞かせていただいた方と、夏には訪ねよう!って。
ご縁花
もう一方一緒に来られたのは、わざわざ大分から玉造病院にリハビリ入院している紙折りの達人でした。
写真左の「ご縁花」、中には磨き抜かれた5円玉が入っているのですが、折るのに1時間かかるとのこと。
この「ご縁花」は、基本的に無償、この花をご縁に、全国の工芸家とこの花を飾る台を様々な手法を組み合わせながら作っていらっしゃるとか、そのために、訪ねてくださったお2人は下道を走り、車中泊をしながら全国の工芸家、北は稚内から南は沖縄まで訪ね歩いている。
ちなみに、折られた和紙は出雲民芸紙(人間国宝・故安部栄四郎氏)で、「ご縁花」のプロジェクトは、孫の信一郎さんとのコラボだとか。
https://www.cmo-ai.com/2017/10/25/%E3%81%94%E7%B8%81%E8%8A%B1project/
職人の技の継承が困難になるばかりの今、伝統の技を囲い込むだけでは継承できないとの危機感からなんですが、すごく変な人たちがいるものです。
十時さんは書いた通り“意識を共有できる”がキーワードですが、そこと縁するこのお2人もやはり同じ空気感の中で活動していらっしゃいます。
本当に貴重な伝統の技のようなものは、徒弟制度で伝えられていたように、形こそ違ってもある意味銭金ではない世界で伝えていくものなのかもしれませんね。
明日は豪雨らしい、、、
降らないとなるととんと降らないし、降るとなるとドバっと!加減して降って欲しいものだけど、、、
まあ、そう人間様の都合よくばかりは行かないですよね。
1年くらいかかるよ~~
それは置くとして、犬歯が折れて3週間余り、今日は予約が取れて歯医者に行ってきました。
よくよく考えてみると、虫歯で歯が折れるくらいですから、覚悟しておかなきゃいけなかったのですが、聞いてビックリ、見てビックリ(@@
寿命が終わるより早く歯がダメになるかも、などと脅かされ、でも、120まで生きるらしいのですがとかなんとか強がりを言って、、、
真理先生からは、全部の歯を治療するには1年くらいかかるよ~!と宣告されました(^^;;
聞くところによると、昔ながらの生活を守る先住民族の虫歯率はほんの数%と聞いっており、結構まともな食生活をしているからと、ある意味高をくくっていましたが、ここ6,7年でド~ンと来たような。
ジュースは飲まないし、甘いものも少ないけどなあ、でも、今の時代の食生活は相当気を付けていても取り込むんだろうし、これまで蓄積してきたダメージもあるんでしょうからね。
「ニンジンから宇宙へ」 そんな今日読み始めたのが「ニンジンから宇宙へ」、何年か前、著者赤嶺勝人氏の広島の講演会に行って買い求めていて、今頃になってやっと開きました。
序文とプロローグを読み終え、本文に入ったばかりですが、あの衝撃的とも思える話がよみがえってきます。
自分の中では、冒頭のお天気の話とも虫歯の話とも深くリンクするよなあ、と思えるんですよね。
「このまま行けば、人間も地球も滅んでしまう」
人間は、宇宙の循環から大きくはみ出してしまいました。自然の力をもってしても、浄化できないものを作り過ぎました。
今、人間がツケを払う番がきています。
食うことは、生きること。
大地を耕し、人が口にする作物を作り続けている百姓こそが、伝えなければいけないことだったかもしれません。
年々痛めつけられている地球や、崩壊されつつある自然や、病んでいる人たちを前にして自分一人が満足しているわけにはいきません。
それに、自分一人で幸せでいても楽しくないことに気づいたのです。
全く同感です。
まず自分が最大に楽しむ、これが前提ですが、回りの人が一人でも楽しんで喜んでくれる、そんな生き方がしたいものだと。
令和の幕開け、甥も来ていますが、最初の仕事は今の僕らしく畑仕事。
アナスタシア流でオクラの種まきと、ちょっと早いかもですが、里芋の植え付けをちょろっと。
里芋の植え付けをしている前を、タヌ公があぜ道を堂々と歩いて行かれます。
令和の最初に出会った野生動物は、最もポピュラーなタヌ公でしたが、悠然としたもので、警戒する様子はもちろん遠慮も何もありません(^^;;
令和で最初にとても嬉しかったこと、それは、井上さんから鉄鍋を頂いたこと。
径が43センチ、蓋はありませんので木蓋を作る必要がありますが、いけずご王国に相応しい大鍋かも。
4日は、この大鍋でお汁を作るつもりですが、アルミでもなくステンレスでもない、体にもいいと聞いていますので、楽しみ楽しみ!いったいどんな味になりますやら。
令和最初の本は、、やはり意味がありそう 昨日、この分野チャレンジしなきゃと思っていて、ある意味垂涎するような本を頂きました。
読み進めている本はありますが、待ちきれずに今朝開きました。
1993年刊とかなり古いのですが、中身は全く古さを感じさせない、むしろ、令和の時代にこそ必要だと思えます。
植物やキノコの世界は「競争」よりもむしろ「共生」の原理で動いているように見える。
事実、植物が主役の森林には、小さな共生現象がモザイクのようにはめ込まれており、それが積み重なって、複雑な厚い共生の世界が成り立っている。
なんと!令和の時代の人社会の在り方、人と自然とのかかわり方を示唆しているようではありませんか。
モザイクは、ある意味簡単に壊せるし、事実、人は傲慢なほどに壊してきました。
いけずご王国は、そんな人の暮らし方、生き方を考えてみるきっかけになって欲しいと思っています。
令和の幕開けに、改めて素晴らしいサジェスチョンを与えてくれる本に出合える何て、令和の時代、やはりただ事ではないかも(*^^*)
そういえば、タヌ公もそういうことを伝えに来たのかな~~。